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06. 荘園視察

 屋敷から一番近くの村は、馬を走らせればあっという間に着くほどの距離だけど、どんな土地か確認したかったから、ゆっくりと歩かせて景色を眺めながら行く。昨日、通った道とはいえ馬車の中からは、あまりよく見られなかったのだ。


 ディートハルトの怪我は全て剣によるものだが浅く、傷口を洗い薬を塗れば、馬を乗るのに支障はでなかった。倒れていたのは疲労と空腹が主な原因で、食事を摂り一晩寝たらあっという間に元気になった。


「畑を見る限り、悪くない土地みたいですね」

「ええ、麦の生育は悪くなさそう。とはいえ青麦の時期だから実際にはどうなるかわからないけれどね」


 二人の目の前には、生い茂ったという表現に相応しい麦が風に揺られている。

 大人の背丈を越える麦の畑は中々壮観で、近くで見ると迫力は一入(ひとしお)だった。


「ご領主様は女性だと聞いてましたが、間違いだったみたいですね。そうだと思ったんですよ、女が領主とか聞いたことないんで」

 馬を見た村長がニコニコと満面の笑みで駆け寄ってきて、ディートハルトに挨拶する。


「間違いではありませんよ。私は補佐官で、アウレリアが荘園主でございます」

 にこやかな笑みで慇懃に伝えるのを横で見ていれば、「えっ」と言ったまま固まった。口が声を上げたままの形で開いている。


「私が荘園主のアウレリア・クラルヴァインです。王城勤めをしていますから、自分の給金だけで土地を買えるくらいには稼いでいます」


 女性的な笑みを浮かべながら威圧感を出すという、王城勤めの必須技術で圧力をかければ、村長の横に立つ村の男まで一斉に動きが止まった。


 まさか男装して腰に剣を佩く女が荘園主だと思わなかったのだろう。

 乗馬用だとしてもドレス姿では機動力に欠けるから、男装でもおかしくないと思うのだが。


 もっともおかしいと言われたところで、ここ数年ドレスに袖を通したのはデビュッタントの一度きり。ずっと男装で過ごしているから、ドレスの一枚も持っていない。


「し、し、し、し、失礼しましたーっ!!」

 一斉に頭を下げられる。


 予測したことだから、そこまで盛大な謝罪は必要ないと言っても、何度もコメツキバッタのように頭を下げた。


 もし私だけだったら、貴族とはいえ女が一人でと莫迦にしていた態度を崩さなかっただろう。駆け寄った直後、私の方を一瞥して嘲笑のような表情をしたのだから。


 まったくもってえらい態度の変わりようだ。

 拾ったのは純粋な親切心からだったけど、もしかしたら私にとっても良い結果なのかもしれない。


「ディートハルトもクラルヴァイン伯爵家の一員なので、そのつもりでいるように」

 実際にはどこの家の出身かも判らないけど嘘も方便だ。


 私たち二人は同じ一族の出身であり対等な関係だと言えば、不正に引き込むのは無理だと思わせることができるだろう。何も考えずに徴収した年貢を誤魔化したり、ディートハルトを抱き込もうとしたらがっつり監視するけど、そうでなければ村人たちの、少々の無礼に目くじらをたてる気はない。


 ちらりと横を確認すれば、紹介された本人も笑みを浮かべつつ、貴族の男らしい尊大さを滲ませながら村長を威圧していた。


 昨日、話した限りでは貴族の中でも相当しっかりと教育を受けているようだった。

 多分、高位貴族出身ではないだろうか。


 次に訪れた村でも同じ対応をされ、その次も……というように、最後まで変わらなかった。


「……妙に疲れたわ」

「まあ、収入がある女性は少数だし、仕事を持ち自立している女性は稀有な存在ですからね」

 溜息混じりに愚痴を言えば、苦笑したようにディートハルトからフォローが入る。


「激務だけど、その分きっちり給金を貰っているんだけどね。それに使う時間もなかったし、身の回りの物は実家がすべて揃えてくれてたから、ほぼ全額、貯蓄に回したかな」


 着る機会のないドレスでさえ、年頃なのだからと誂えようとした親たちには感謝しかない。

 私が自分の給金を使うのは、毎年送る家族へのプレゼントくらいだ。


「良い家族だね」

「一緒に暮らしたことは殆どないけど、良い家族よ」

 フリッツとの暮らしも悪くないけど、家族との時間も大切にしたかったなと思う。


「ところで……ディートハルト殿の目から見て差配人はどうだった?」

 代官に相当し、荘園主と村人を介在する人物は年貢の徴収したり陳情を受けたりする窓口でもあり、信用が重要になってくる。


「不正ができない小心者かな。こちらが口を出して彼の縄張りを引っ掻き回して面子を潰さない限り、今まで通り大過なくやっていくと思う」

 大よそ私の感想と同じだ。


「では私たちは都の喧騒に疲れた貴族として、のんびりと休暇を楽しみつつ、何か突発的なことがあったときに対応すれば良いだけね」

 荘園を買ったときに考えていた通り、特に問題がなくて良かった。


 為さぬ仲どころか、一緒に暮らしたことが一度もない義父だけど、再婚相手である母同様、義娘の私のことも大切にしてくれている。

 だから問題ないだろうとは思っていても、人生初の大きな買い物は、想像以上に緊張をもたらしていたらしい。


「最近、休みらしい休みはなかったから、思いっきり羽を伸ばすわ」

 優良物件の荘園で、少し長い休暇を満喫しようと決めた瞬間だった。

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