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05. 腹ペコ青年

 屋敷までは半刻ほどで到着した。

 手前の村で通いの使用人を手配済みだったから、そのまま拾い上げて御者台に乗せる。


「綺麗な顔をしている……」

 閉じられた瞼は長い睫に彩られ、貴族にしては少し日焼けしているけど、庶民ほど焼けてはいない。鼻梁はすっと通っている。


「良い家の出身ね、きっと」

 細い指は労働者ほど皮が硬くなかった。


 目覚めたときに不安かもと思ってはいても、屋敷に到着直後だから荷解きだとかやることは多い。いつまでも寝顔を眺めていてはいられなかった。


「さてと、やらなきゃいけないことは山積だ」

 そう言いながら立ち上がった直後、睫が揺れる。

 小さく、呻き声にも似た声を漏らした直後、ゆっくりと瞼が開いた。

 透明感のある翡翠を思わせる翠が二つ。黄金色の髪とよく合う色だ。


 この国では金髪が多い。

 私もだし、母やフリッツも金髪だ。

 でもこんなに鮮やかな金は珍しかった。


「ここは――?」

「私の家よ、道端で倒れていたの」

 何故倒れていたかは、言わなくても判るだろう。


「ありがとう、助けてくれて」

 申し訳なさそうな顔で謝意を告げられるが、困ったときはお互い様だ。


「お腹は空いてる?」

「いや、それほどでも……」

 そういった直後にぐぅと腹の虫が鳴った。


「直ぐに用意させる。食べられないものは?」

「何でも美味しく食べられる」


 赤面しながら消え入りそうな声で好き嫌いはないと言う青年が、思いのほか可愛らしくて、ついクスリと笑ってしまった。

 最初に出した具無しのスープを勢いよく飲み干し、次に具沢山のスープとパンをあっと言う間に食べつくした。ソースのたっぷりかかった肉を三人前ぺろりと食べつくした後、青年は満足そうに笑った。


「ああ、生き返った……」

 少々呆気に取られる食事量だったけど、本当にお腹が空いていたのだなと思う。


「すまない、会話もせずに食べて行儀が悪かった」

「いいえ、気にしないで」


 行き倒れから目覚めたばかりで空腹だったのだから仕方がない。

 そんな風に言えば、少しほっとした様子だった。


 勢いよく食べたとはいえ、カトラリーの使い方は貴族のように丁寧で不必要に音を立てるでもない。作法が身についている証拠だ。


「まずはお名前を聞いても? それとどうして倒れていたのか。ご家族に連絡もしないといけない」

「そうか……。僕はまだ自己紹介もしていなかったのか、すまない」

 ようやく自分が目覚めて食事を摂った以外、何もしていないことに気付いたようだ。


「僕はディートハルト、家名は聞かないで欲しい」

「後ろ暗いことに手を染めていないなら、家名は言わなくて大丈夫」


 実家から勘当されたか、遺産相続の関係で追い出されたか、家名を名乗れないのは大抵家族絡みの問題があるときだ。すれた雰囲気はないから、身を持ち崩したのではないと思う。親の決めた婚約者を捨てて駆け落ちしてなんていう、お芝居みたいな場合を除いて。


 フリッツの王太子という身分が、誘蛾灯のように善人も悪党も吸い寄せる。お陰である程度、人を見る目は確かなつもりだ。目の前の青年は、隠し事はあるものの犯罪に手を染めるような悪人ではなさそうだった。


「帰る場所があるなら連絡しますが?」

「いや……帰る場所はないんだ。明日には出て行くから、朝まで置いてくれると助かる」

 申し訳なさそうに言っているあたり、私が何も言わなければ本当に出て行くだろう。


 でも――


「行く宛てがないなら、このまま居れば良い。ここを出ても行き倒れるか、野盗の類に襲われて死ぬ未来しか見えない」

 せっかく助けたのに、死ぬと判っていながら放り出すのは目覚めが悪い。


「しかし、これ以上迷惑をかける訳には……」

 居れば良いと言った直後、少しほっとした表情になったものの、すぐに表情を改めた。誘惑に流されないように気を引き締めたのかもしれない。


「人手が足りないから、手伝ってくれるとこちらも助かる」

 義父が貸してくれたのは、御者と侍女、料理人見習いの三人だけだ。掃除や洗濯は村からの通いで二人雇来てもらうことで話はついている。合計五人の使用人は私一人に十分過ぎるとはいえ、初めてのことばかりで不安が拭えない状況だから、手が増えるのは歓迎だ。


「……そういうことなら」

 ディートハルトが口元を綻ばせる。

 柔らかい微笑みは、衣食住が確保できた安堵からだろうか、安心が前面に出ていた。


「実はこの土地を買ったばかりで、来たのも初めてで……。だから何も判らない状況なんだ。明日から村を回るのを手伝ってくれると助かるかな」


 私も笑顔で歓迎の意を示す。

 領地経営を学んだ経験はあるけど、実際に領地を管理するのは初めてだ。

 だから手伝いができる人材を確保できるのは、私にとってもありがたかった。

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