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07. 2度目の王城舞踏会3

「姿が見えなかったようだが……?」

 ローレンツの言葉に曖昧な笑みを返した。

 襲われたと言わなくても態度で理解したのか、苦虫を潰した顔になる。


「フリッツ殿下の腰ぎんちゃくだと思われていますからね、殿下に怒りをぶつけられない八つ当たりは私にくるんですよ」

 何でもない、よくあることだと含ませれば、更に苦い顔になった。


「変なところで常識人ですね。側近たちの暴言は流していた癖に」

 面子を潰すどころではない差別発言の数々を気にしなかったのに、何を今更だと思う。危険ではなかったとはいえ尊厳は傷つくし、側近たちの態度から横柄にしても良いと思う王城の勤め人たちから、どういう扱いを受けるかを考えたら、単発の暴漢よりも側近たちの方こそ何とかすべきだっただろうに。


「ともかく王城警備は完璧で、人気のない場所に連れ出されても問題ないのが証明されたのだから良しとしましょう」

「しかし……」

「友人たちが気にしていると思いますから、声をかけてきます。あんまり心配し過ぎるとハゲますよ」


 ローレンツが面倒臭いことになりそうだったから、強引に話を終わらせた。軽く手を振って場を移動する。

 友人を探すというのは方便ではあったものの、気になっているのは事実だ。


 ――ローレンツは今まで何を見ていたのかしらね……。

 一人でどうとでも片付けられるのは、正式に側近として取り立てられてから十分に結果を出していた。


 男装のときも剣を腰に佩くだけでなく、今日のように短剣などを隠し持つのが普通だし、護身術も身に着けている。今までだって何度も危険な目にあっているのに、何を今更というのがアウレリアの言い分だ。


 これがディートハルトなら……と呟きかけて、言葉が止まる。

 彼の実父の意向で婚約は白紙になり、今では声をかけるのも憚られる間柄だ。アウレリアの気持ちを置き去りにして、遠いところに行ってしまった。


 ――今更、詮無い事を……。

 小さくため息を吐いた後、下がっていた目線を前に戻す。気付けば友人たちが目の前にいた。


「お騒がせしました」

「無事で良かったわ……」

 軽く頭を下げながら詫びを入れる。


「心配しましたわ、お一人になられなければ大丈夫だと思っていましたのに、まさか目の前で拐かすように連れ出されるとは……」

 助けられなかったことを悔やんでいるみたいだけど、令嬢が男に力で敵う訳もなく……。

 どうにかするのが無理だったのは誰の目にも明らかだ。


「心配だけでなく、動いてくださったでしょう? 警備に伝えてくださったのでなければ、もう少し助けは遅くなったと思います」


 お陰で間に合ったのだと暗に告げる。

 実際には自力でどうとでもなる状況だったが、騎士に助けられたとする方が、全方位丸く収まるのだ。何より腕力でどうとでもなる相手だと、敵から舐められている方が楽でいい。


「では、殿下に報告せねばいけないので……」

 雑魚が釣れたと言うだけのことではあるけれど、当事者である私から説明するのが筋だろう。この人が(ひしめ)く広間の中から探すのは少々、否、大変に面倒臭い作業だ。


 ――もう帰って寝たいな。

 昼間、入浴とマッサージの最中に爆睡したとはいえ、ここ最近の忙しさに疲れが溜まり過ぎていて、ちょっとやそっと寝たくらいでは解消できない。

 勿論、心の中の呟きを表に出したりはしないが。


 ――ディートハルトが一緒なら、どんなに疲れていても楽しめたのに。

 詮の無いと思いつつも、ほんの少し前まで婚約者だった男の顔を思い浮かべる。


 ――我ながら未練がましい……。

 もう二人の行く道が交わることはないだろう……アウレリアが本気で追いかけない限り。

 小さく溜息をつく。


 ――フリッツの元に辿り着く前に、気分転換を図った方が良いかもしれない。

 幼馴染だけあって変なところで勘の鋭いところがあるのだ。察してほしいところは気付かないというのに、まったく。


 王城のお仕着せを着た使用人から、酒の入った(グラス)を受け取ると一気に煽った。

 広間の中央――踊っている男女の中にフリッツはいない。両親と一緒に参加しているだろう義兄たちも。


 ――楽しそうに踊っているように見せかけて、実のところつまらなさそうにしているのは王兄派の残党が多いな。

 婚約者や妻と夜会を楽しめるような心境ではないのが、手に取るように判って、思わずニヤリとする。

 既に残党と言いきって良いほど、数を減らしている敵対派閥の貴族たちは一様に顔が暗い。


 ――自分たちの預かりしらぬ間に、追加で捕縛者が出たと知ったら、どういう顔をするのだろうな。

 黒い気持ちがじわりと溢れ出る。


 今まで何度も煮え湯を飲まされてきたのだから、多少意地の悪いことを考え、ついでに実行しても許されるだろう。

 再び使用人から杯を受け取って酒を煽る。


「アウラ、お酒は控えた方が良いと思うな、顔色が悪い」

「――!!」

 自分を気遣う声は、直近に思い浮かべた大切な人のものだった。


「ディート……」

「久しぶり」


 ――ああ、時間が経っても変わらない……。

 ふんわりとした柔らかい雰囲気も、相手を気遣う声も……。


「久しぶり、ディート。元気にしていた?」

「アウラのお蔭で出生が判ったし家族にも出会えたよ、ありがとう。でもその所為で別れる羽目になるとは思わなかった」

「私ではなく陛下のご尽力だよ。それにお父上は何度も家族を亡くした方なのだから、たった一人の息子を絶対に守り抜くつもりでいる。素敵なお父様だと思う」


 ディートハルトの実父であるギレスベルカー公爵は、まだ婚姻関係にはなかったとはいえ、子を為すまでの仲になった女性を亡くしている。

 その後息子が産まれたことを知らないままに、親の決めた令嬢と結婚した。政略結婚だったが、穏やかで愛情溢れる家庭を築いている。


 だがつい二年前に馬車の事故で、家族全員を亡くす悲劇に見舞われ、失意の中で領地に隠棲したのは有名な話だ。父親と違って温厚な人柄も相まって、同情は集まったが、だからといって心が慰められることはなかった。


 突然の国王からの呼び出しも、当初は反応がなかったというから、悲しみがどれほどのものか推し量れる。

 実は恋人との間に愛の結晶である息子が生まれていたと聞き、王宮だったにも関わらずその場で落涙したというから、よほど嬉しかったのだろう。


 そんな大切な息子を、暗殺者が入り混じる王兄派と王太子派の、激しい派閥争いの渦中にいる女と添わせたいとは、間違っても思うまい。


「踊ってくれますか」

 差し出された手を素直に取れない。

 ディートハルトの後ろに見えるギレスベルガー公爵は、眼光鋭く注視していた。


「でも――」

「僕が踊りたいんだ」

 躊躇うアウレリアの手を取り、彼にしては珍しく強引に広間の中央に向かう。


「最近、見かけなかったけど王都に戻るのが遅れてた?」

 そういえば地方に行ったときはまだ、クラルヴァイン伯爵家に住んでいた。


「ええ、思った以上に汚職が蔓延っていて、職員がほぼ全員入れ替わったわ。義兄上の伝手で人員を増やせて、本当に助かった」

「お疲れ様。本当はゆっくり身体を休めてって言いたいところだけど、まだ仕事が残ってるみたいだね」

 ディートハルトはアウレリアの仕事の、すべてを知っているかのような目をしながら微笑む。


「平気よ、大変だったのは地方赴任の方だから」

 やること自体は少ないが、これから王兄派からの報復が待っている。だから神経を使うという意味であれば、これからが本番だ。


 本当のことを言えば、きっとディートハルトは心配するだろう。

 心優しい元婚約者を、不必要に怖がらせたくなかった。


「上手くやれてるわ。知ってるでしょう? 私が陰謀渦巻く王宮育ちだって」

「知っていることと安心できることは違うよ。アウラは常に無理をし過ぎるから」

「大丈夫、お母様が目を光らせてるから、無茶はできない」


 一瞬、確かにという顔になる。

 アウレリアの母の厳しさを目の当たりにしているのだ。納得するしかない。


「じゃあ、心配しないで待ってる……ってこれだと塔に閉じ込められているお姫様みたいだ」

「悪漢に襲われた姫が敵を蹴散らして、塔に避難した王子様を迎えに行く話でいいじゃない」

「王子様、弱いな」

 苦笑するディートハルトが想像以上にかわいらしく、胸がきゅんとときめく。


「誰もがみんな強くなくていいと思うわ」

 優しくて包容力が恋人の良い所なのだ。強さは求めていない。


「でも弱すぎない?」

「その分、姫が強ければ辻褄が合う」

「辻褄か!」

「そう、辻褄」


 二人は顔を見合わせてにこりと笑う。

 曲が終わり、二人の手が離れる。


「だから待っていて、絶対に迎えにいくから」

「うん、待ってる」

 切なげに揺れる瞳を振り切り、アウレリアは王太子の方に足を向けた。

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