05. 2度目の王城舞踏会
「まさかローレンツと一緒に、入場することになろうとは……」
「私も想像だにしていませんでしたよ」
ほんの少し前まで、険悪と言っても良い仲だった二人だ。アウレリアは社交の場に顔を出すこと自体、デビュッタントを除けば今季が初めてだから、夜会の場で顔を合わせるとさえ思ってもみなかった。
「フリッツが出仕するように言うから何事かと思ってみれば……」
休暇予定だった今日、出仕するように言われて素直に王城にきてみれば、そのまま王妃陛下の所に連行された。裸に剥かれて風呂に入れられ、揉まれる羽目に……。他人に身体を洗われる経験なぞ、幼いころ以来だったから「一人で入れる!」と騒いだところ陛下の侍女に一喝されて、大人しくされるがままになったのだ。全身くまなく磨き上げられ、その後は香油を擦り込まれたりあちこち揉まれたり、まるで調理前の肉になった気分だった。もみくちゃにされ疲れ果てて、気付いたら寝入っていた。目覚めたら目の下のクマはキレイさっぱりと消え去り、心なしか肌のツヤハリも良くなった。
良いこと尽くめなのだが、何が何だか判らない状況でされるがままというのは、緊張しっぱなしで心臓に悪い。
「昨日の状況で夜会に参加させたら、間違いなくクラルヴァイン夫人に仕事を辞めさせられたでしょう。殿下も乳母殿には頭が上がらないようですし」
「確かに……お母様は厳しい人だから。甘やかすときはすごく甘いけど、フリッツは家庭教師より怖いと言っていたわ」
普通の乳母はすごく甘い存在らしいが、母に限ってそんなことはなかった。
家庭教師に悪戯をしかけては泣くまで叱られ、授業をサボっては叱られた。何故か連帯責任で何もしていないアウレリアまで一緒に。
幼い頃を反芻して溜息をつく。
「子供の頃からヤンチャでね、大きくなっても変わらないわ……」
一番に思い出されるのはフリッツと一緒に怒られたことばかりだ。ほかは「お姉様なのだから、弟を可愛がりなさい」という言葉。たった四ヶ月しか違わないのに姉も何もないだろう。
だけど当時は真剣に、年長者として弟を守り導かなくてはいけない使命感に燃えていた。お蔭でいつも傷だらけだった。弟分はイタズラ好きなヤンチャ坊主だったのだから。
「刷り込みって怖いわね……。物心ついたときから守らなきゃって思ってたもの」
後に残る傷を作らなくて幸いだった。
「見た目以上に熱血漢ですよね、暑苦しいくらい。フリッツの影響ですか?」
「想像以上にフリッツの所為よ」
少しばかり遠い目になった気がする。
そして……視線の向こうに懐かしい顔を見つけた。
――元気そうね。
盛装したディートハルトは少し緊張した面持ちだった。右腕に女性の手が絡んでいる。
――美人だわ。
真っ白な肌に赤味のある鮮やかな髪がとても華やかだ。父である公爵が見つけてきた新たな婚約者かもしれない。
もっと目で姿を追いかけたいところを我慢して目線を変える。
「取敢えず踊りましょうか?」
「そうですね、一曲くらい踊っておかないと不味いでしょうしね」
夜会を楽しんでいる素振りを見せる必要がある。本音を言えば「寝ていたい」の一言だが、余裕のある態度は敵に揺さぶりをかけるのに有効なのだ。
二人でゆっくりと広間の中央付近に移動し、楽しそうな顔をつくりながら優雅にステップを踏む。
「女性的なことは苦手かと思いましたが、ダンスは上手ですね」
「フリッツの相手役として、王城で教わりましたからね。令嬢教育をやり直したときも、ダンスだけは最初から合格点をいただきました。……ですから最高難易度のステップまでイケますよ」
「止めてください、私はそこまでできません」
少しだけニヤリと悪い顔をしながら挑発したが、あっさりと断れらた。
頑張って覚えたものの、披露する機会は訪れなかったらしい。
「情報収集ついでに餌を撒いてきましょう」
曲が終わるのと同時にローレンツと別れる。
前回の夜会以降、社交から離れていた、もっと言えば王都からも離れていたから最近の情報には疎い。最近の社交事情を知るためにも、友人を捕まえて話を聞きたかった。
「ご機嫌よう」
最初に顔を合わせたのは、フリッツの妃候補の一人であるイレーネとその友人だった。侯爵令嬢である彼女はキツそうな容姿ながら、話してみると面倒見の良い優しい性質だ。
三人は流行色である卵色のドレスに身を包みながらも、それぞれ自分の好きな色をレースや花飾りに取り入れて個性を出している。
アウレリアは相変わらず濃い色のドレスだが、前回よりも少し明るい色の布地が増えて、少しだけ若々しい装いにした程度で、目の前の令嬢たちほど華やかには装っていない。
ドレスを着ているだけで成長なのだから、満足してほしいと母に言いたいところだが、怖いから口にすることはできないでいる。
「仕事にかまけて社交を疎かにしておりましたが、前回から特筆すべきことがあれば教えて頂けますでしょうか」
挨拶を交わし、早速本題に入った。
「田舎娘が大人しくなりましたわ。招待状を出す方がめっきり減ったらしく、お名前を聞かない日が増えました。でも田舎には引き篭もらず、まだ王都にはいらっしゃるそうよ。それに招待状を出すと必ず参加なされるとか」
「結婚相手を見つけなければ、わざわざ季節外れに来られた意味がなくなると思っているのでしょう」
アウレリアはそう返しながら、意味のないことをと思う。
クラーラはまだ十六歳だから、嫁ぎ遅れと言われるのは何年も先だ。直ぐに結婚相手をみつける必要はない。
とはいえ王太子と交際していたという箔が有効なのは今季限り。もっとも本人たちの思惑とは裏腹に箔はまったく付いていない。勘違いしている愚かな令嬢を見世物にする、悪趣味な貴族に声をかけられているに過ぎなかった。
「元側近たちと田舎娘の関係はどうなっているでしょうか? 前回の夜会では虚言を知って驚いておりましたが」
長らく王都を空けていたし、帰参した後も忙しすぎて社交の場に出ていなかったから、その後の話はよく判っていなかった。
「上手く訂正できたようです。でも殿下に近づけたのは迂闊だったと、遠巻きにされておりましたけれど、自業自得ですね」
イレーネはなかなか手厳しい。
だがヨハンたちは上手くクラーラと縁を切ったみたいで、それだけは良かったと言える。周囲から遠巻きにされているのは痛い失態だけど、公私共に誠実であれば、そのうちに人は戻ってくるだろう。
「ところで私も伺いたいのですけれど、深夜に兵士が動いたのは殿下の采配かしら?」
「ええ、その通りです」
アウレリアは即答する。いずれ判る話だから隠す気はない。
今回、敢えて王城舞踏会の直前に捕縛したのは、見せしめにしたいからだ。拘束したまま証拠隠滅を図られると困るという理由で、身内や同僚との面会や問い合わせを一切拒絶している。ただ何年にも渡って不正に手を染めていたから、軽い罪にはならないとだけ家族には伝えられたのだ。衝撃がいかほどだったのかは、想像に難くない。
職場には上司から状況説明と、今後の話が伝えられたと報告を聞いている。
国に与えた損害をきっちり補填しなければ拘束が解かれないと、合わせて通告されたため、慌てて金策に走る家も少なくない。もっとも本人が働いて返せといって、家族からの金は一部の例外を除いて受け取っていないが。
「一件ずつ対処していては、複数の不正に手を出していた官吏を捕らえるのは煩雑になって難しいでしょう? 丁度良い機会だからまとめて膿を一掃しようという話になりましたの。流石に緊急性の高い件は即時対応いたしましたけれど、そうでないものはまとめました。お陰で牢が満員に……」
表向きの理由を説明すると、一様に納得した顔になった。
「随分と待遇が悪いと伺いましたが?」
「貴族牢が足りなさ過ぎまして。一般牢ですら不足する始末です。もっともあと数日で解消いたしますから、それほど長い間、悪い環境に留め置かれることにはなりません」
事実、明日以降は武官たちも牢から順次出される。下級兵士の多くは辺境の開拓村などに送られるが、早ければ半年で放免される予定だ。
「……いくつか縁談が壊れたようですけれど、そちらは? 随分と恨みを買ったようですから、お気をつけくださいませ」
「令嬢の立場からすると、嫁ぐ前に相手が失脚されて良かったとは思うのです。結婚してからでは実家に帰るのも簡単ではありませんし、妻にも傷がつきますから……。でもきっとそう簡単に割り切れないでしょうね。特に想い人が捕縛されて破局したのならば」
恋愛は理屈ではない。
家族や恋人を拘束された令嬢たちは、フリッツやローレンツよりアウレリアを恨むだろう。同性なのに苦しみを理解しないとして。
だが後悔はしていない。必要だから捕縛した、ただそれだけである。
そもそもの話、後ろ暗い真似をしなければ捕まらなかったのだ。
「必要だったとは思いますけれど、でも今夜はお一人にならないことをお勧めいたします」
「ご忠告、ありがたく受け取ります」
心配そうなイレーネにふわりと微笑む。
普段は勝ち気そうな態度を崩さないが、実は優しいし随分と甘い人なのだ。
笑顔を見せながらほかの方に挨拶をすると言って別れたが、ちらりと振り返ったら不安そうにこちらを見つめていた。
その後、少ない友人たちや仕事関係者に挨拶に向かう。
広間の中央を見れば、ディートハルトが先ほどエスコートしていた令嬢と楽し気に踊っていた。




