05. 現側近と元側近
元側近登場。
声の主を見ると、フリッツの元側近たちだった。
「久しぶりだな」
「久しぶりですね」
顔を合わせるのは三ヶ月ぶりだが、別に温めるような旧交はない。
彼らとは犬猿の仲と言っても良いほど不仲だった。まだ彼らがフリッツの側近だったとすれば、関係を改善する意味はあるが、既に彼らは職を外れている。今更、顔を突き合わせて会話を楽しむ関係ではない。
正直なところ、面倒臭い相手と顔を合わせてしまったという気持ちであり、思わず舌打ちしそうになっても、仕方がないというものだ。
「何か?」
挨拶をするほどの仲ではないと言外に滲ませる。
「謝罪を受け取ってくれるとありがたい」
思わず声の主――イザークの顔をマジマジと見た。あまりに意外な言葉過ぎて。
「一体何が? 変な物でも食べたとか、頭を打ったとかしましたか?」
「君が辞めてから色々思うところがあったのだ」
イザークの言葉をヨハンが引き取った。
色々というのは、フリッツの補佐官を解任されたことを指している気がする。
「何があったかは聞きませんが、謝罪なら受け取りましょう」
解任されて目が覚めたか……?
殊勝な言葉に別人が取って代わったのかとさえ思うけど、王太子の補佐官に推薦されるくらいだから、元の能力はそこまで低くはなかったのかもしれない。
「すまない、でも和解を受け入れてくれて感謝する」
「本当に、一体何が……と思うほどの変わりようですね。驚きました」
正直言って、あまりの変化に不気味ささえ感じている。
「君の仕事の成果と人事部の評価を知ったら考えさせられもする。そういうことだ」
決まり悪そうなヨハンの言葉に、ようやく納得した。
「私の穴埋めが出来なかったと、バックハウス殿から聞いています」
「会ったのか?」
「我が家の夜会に来られましたよ。それに一昨日から仕事に復帰しました」
内緒にしておいたところでいずれ知る話だ。
何より秘匿すべき理由もないから、黙っている必要性を感じない。
「ようやく復帰したのか。思っていたより遅かったな」
「領地生活を満喫していました。つい最近まで領地に足を踏み入れたことがなかったのですよ」
王城しか知らない生活が寂しかったのは事実だ。
それでもフリッツが常に一緒だから我慢できた。
「もし王太子妃になるのなら協力しよう。罪滅ぼしにもならないが」
「なりませんよ。別の殿方と婚約しています。殿下は弟としか見られませんから、そもそも結婚対象にはなりえません」
アウレリアがきっぱりと否定すると、三人は一様に絶句し固まった。
「領地にて相手が決まり、王都に戻ってから手続きを取りました。次の社交期辺りに式を挙げると思います」
具体的な式の日取りは決まっていない。挙式以前に婚約式も行っていないけれど。
「殿下はそれで良いと?」
「私を姉のようにしか見ていませんよ。もっとも姉離れできていませんから、少々我侭を言うかもしれませんね」
仕事復帰した一昨日、居を実家から王城に戻さないと言っただけで嫌がったのだ。
きっと結婚すると言ったら、今以上にフリッツのために使う時間が減ると思って嫌がるだろう。
だけど一生独身で過ごすという選択はアウレリアにはない。これでも一応、結婚願望は持っているのだ。
「しかし王太子の補佐官に復帰したとなれば、周囲が喧しいだろう。誰か良い相手を推薦しようとは思わないのか?」
「とっくに推薦済みよ。それに殿下に近寄れる位置にいる令嬢は全員、妃になっても問題ない方しかいないわ」
約十人ほどの令嬢は、フリッツに近づける立ち位置だ。家柄がギリギリの令嬢や、教養面で少し不安が残る令嬢もいるけれど、許容範囲内だ。
その中の六人は、現在進行形でフリッツと一緒に会話を楽しんでいる。
「何度かお茶会を開く手伝いをしているけれど、殿下が嫌がるから最近は開かれていない。でも相手を探したいと一言いえば、いつでも令嬢と会う準備はできている。それに現在、推されている令嬢よりも下の世代にも目を向けて探しているから、殿下次第で直ぐにでも婚約はまとまるでしょうね」
あまり若すぎるのは後継者問題もあって難しいけれど、十四歳くらいまでであれば問題ない。王族、しかも王太子の結婚ともなれば、準備に二年以上かかるのが普通だし、実際に結婚する頃には成人年齢に達している。何より六歳程度なら世間的には年齢が離れすぎているとは思われない。
「そうか……」
「今も殿下は広間の一角で令嬢たちと歓談中よ。もっとも結婚相手を探すというよりは、自身の招いた結果を挽回するためだけれど」
婚約の話もだけど令嬢たちと会話をしていると言ったら、三人とも驚いたように固まる。
「私を盾に使うのが楽だっただけですよ」
そういえばクリステン・アットリードとのお茶会を準備したのは、三人が着任する前の話だった。
「殿下は――それほど貴公のこと頼りにしていたのだな」
イザークの言葉は、残り二人の心の内までも代弁したものだった。
「生まれたときからずっと一緒でしたからね」
何より絶対にフリッツに害を及ぼさないという信念に基づいた行動しかしていない。フリッツがアウレリアを本気で害する気持ちがないのと同じで、二人の間には確かな絆で繋がっている。
「ところで――和解ついでに伺いたいのですが、クラーラ・バウマンのその後はご存知でしょうか?」
「なにやらアウレリア殿の悪口を吹聴して回っているとか。直接は聞いていないから、噂でしか知らないが」
顔を合わせていないなら、フリッツ以外の王城の知り合いとは連絡をとっていないのだろうか?
「側近から外れてからは殿下と接触していないからな。恋人とどうなっているかも知らない話だ」
「随分と引き際が良いですね」
クラーラのことをあれほど推していた割りに、あっさりと手を引くのに驚きを隠せない。
「我々が駄目だった理由の一つだ。彼女には夢を見させて掌を返すような真似をしたのだから、全員で頭を下げて詫びた。それで仕舞いになるとは思っていないが、区切りがついたとは思っている」
「しかし彼女は納得していないみたいです。皆様も噂が耳に入っているならご存知でしょう?」
噂話の中にはヨハンたちの進退に関わるものもある。放置していて良い筈がない。
「納得しなくても、負けた女という扱いでしかないだろう、可哀想な話だが。しかしクラーラを慰めるという名目で男が寄ってくるから、その中から結婚相手を探せる。弱みに付け込む不埒な連中も中にはいるだろうが、伯爵令嬢という身分が彼女を守るだろう。結果的にそう悪いことにはならない。令嬢には受けが悪いとは言え」
「ではご自分たちがネタにされているのは知らない?」
もしかして男性陣に広がっているクラーラの噂話は、恋愛関係だけなのだろうか?
「王太子の側近人事は私の一存で決まるという話は? 私が王妃陛下に泣きついて、あなた方を馘にしてもらったのだと吹聴して回っているのはご存知でしょうか?」
アウレリアが言葉を切ったのと同時に、三人が口々に否定する。
「何だソレは! 陛下を貶める発言だろう!!」
「妃でもないただの幼馴染が王妃陛下を操っているとでも言いたいのか!」
「そんなふざけた話があるか!」
アウレリアに対して思うところはあっても、両陛下に対して敬意を持って接している彼らにとって、息子の幼馴染の言いなりになるという言葉は納得できないものだった。
「私も少し前に知った話ですよ。クラーラ・バウマンは社交の度に自分がいかに苛められたかという話と一緒に、私が側近人事を牛耳っているという話を吹聴しています。勇気あるご令嬢が直接抗議をしたことから発覚しました。令嬢たちの間では随分と広まっているそうなので、王妃陛下の耳に入るのは時間の問題でしょう」
「冗談じゃない。そんな不敬な噂が広まったら、僕たちは破滅じゃないか!」
彼らの狼狽振りを見る限り、本当に初耳だったみたいだ。実際のところは破滅まではないけど、閑職に回されて二度と出世街道には戻れない程度でしかない。
それでも家を継げない次男、三男の彼らにとっては致命的な醜聞だった。
「もし人から噂を聞かれたら全力で否定するしかありませんね。クラーラ・バウマンに虚言壁があると周囲が思えば、皆様の噂も嘘だと思われるでしょう」
全てが嘘だと周知されれば、渦中の人間は救われる。
「流石に虚言のある令嬢というのは……」
「全部、彼女が言った言葉です。殿下との破局以外、全てが嘘で塗り固められたものなのだから、本人に責任を取らせれば良いのです。それとも彼女の言葉が認知され、汚名を着せられたまま失脚しますか? 虚言と断じて立場を守るか、言葉を真実のものとして失脚するか二者択一です」
保身のために、恋情ではないとはいえ好意を持っていた令嬢を貶めるのは、気が引けるのだと表情から丸判りだった。
社交の季節になって一か月も経ってないとはいえ、何月何日から一斉開始というものではない。単に王都滞在の貴族が少ないというだけの話だ。
そしてクラーラは年明け前、社交期の数ヶ月前から王都に滞在している。破局したのは多分、新年から2月目の銀華月のあたり。
別れからずっと怨嗟の混じった愚痴を吐き、悪意のある虚言を垂れ流し続けていたとすれば、社交に勤しむ未婚の令嬢たちのほぼ全員が知っていてもおかしくない。
「噂が広がり過ぎましたからね、もう収拾はつきません。クラーラ・バウマンか皆様か、どちらか一方しか助かりませんよ。もっとも殿方の中ではどうか知りませんが。」
「そうだな……」
難しい顔のまま、呟くように同意する。
「別に嘘を吐いて貶めとは言ってません。間違った情報を正すだけです。保身を考えれば、迷惑しているという言葉を付け加えておくだけで、自分たちが関与していないと、それとなく伝えられると思います」
「……判った」
ヨハンの口は重い。横のイザークやカイも一様に苦い顔だ。
当然だろう、自分たちが推し王城に招き入れたた令嬢を、自ら切り捨てろと言っているようなものなのだから。できれば静観してやり過ごしたいのがよく判る。関わることで手を汚すとでも思っているのかもしれない。
心情は判らないでもないが、だからといってアウレリアが慮る気はない。自分たちが蒔いた種なのだから、自分たちで刈り取るしかないのだ。
主人公が退職してから復職するまでの間に、元側近たちには色々あった模様。
そのうちちらりとその時の話を書くかもしれません。