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03. 恋の清算 ~フリッツとクラーラの別れの真相 2~

「ほかにバウマン様は何を言っていましたか?」


「殿下に泣きついた時と同じことを。嫌がらせのために居心地の悪い茶会に招待されたと。茶会の主催は殿下の名を騙った私だったらしいですよ。後は側近との不仲だとか、殿下を誑かしていたとか」

 ローレンツからの問いに、アウレリアは関係者なら判る程度に言葉を端折って説明する。


「ほかに何か言ってましたか?」

 言葉を区切った後、再びアグネスに質問を投げかける。まだクラーラの言葉の全ては聞いていないからだ。思ったよりも早くフリッツたちが到着したから。


「えっと、側近の方々はアウレリア様が王妃陛下に泣きついて、馘にしたのだとおっしゃっていました。これで二度目らしいとも。これも嘘なんですね?」

「リアに側近の人事権はないよ。能力不足だから父上が解任されたんだ」


 王城に勤めているなら裁量権がどれほどのものか、自分と関係ない部署でも大よそのところは判る。

 だからアグネス以外にとっては当たり前の話だ。

 きっとクラーラの話を真に受けた令嬢たちも、知らないからこそ信じたのだろう。


 宮仕えの経験のないディートハルトは屋敷でコルネリウスやバルトルトから教育を受けているお陰で、アウレリアが側近をどうこうできないと聞くまでもなく理解したようだ。出自さえしっかりしていれば、今すぐにでも王城で働けるだろう。義兄二人に見所があると言われているだけに働けないのは勿体無いと、今の話題には関係ないことを思う。


「バウマン様以前の恋人は、身分も教養も足りなかったの。爵位を持たない家のお嬢さんもいたりしてかなり酷かった。挨拶を交わした時点で、妃としてやっていけないのは一目瞭然だったから、私の裁量でお引取り願ったわ。適当に遊ぶなんて両陛下が絶対に許さないし、結婚相手にはならない女性を身近に置くなんて、不誠実な真似はできないでしょう? 当時の側近は不用意に女性を王太子に近付けた結果、能力が無いとして国王陛下から解任されたの。少し前までいた補佐官に関しては、何の関与もしていはい」


「前任者と一緒だよ、父上に解任された。クラーラを能力不足だと知った上で妃に推したこともだけど、リアが抜けた穴を三人が埋められなかったのが一番の理由だ。あれほどリアを悪く言っていたのに、結局、三人がかりでリア一人分の仕事もこなせなかった。二度目だからね、流石に怒られたよ。次は慎重に選べって言われた」


「なんてこと……!」

 アグネスの言葉がこの場の全てを物語っていた。


「それで噂はどうする? たかが令嬢の間だけとはいえ、妹に不名誉な噂が付きまとうのは困ります。解任された側近たちまでその嘘つきに同調した場合、影響が大きくなり過ぎる」

 バルトルトから抗議が上がる。


 男女の社交が違うのと同時に、女性の場合は既婚者と未婚者とでも付き合いが分かれる。同じ夜会に参加していても挨拶を交わす程度しか付き合いはない。だから未婚の令嬢たちの間でいくら噂されても、男性が知らないことは多いし逆も然りだ。ほかにも親世代の評判と娘世代の評判に乖離があるのも、世代間というよりは既婚者と未婚者で付き合いが変わるためだ。

 とはいえ放置するには王族が関わる噂は始末が悪い。


「私からクラーラに注意をしよう」

 責任を感じて言っているのは判るけど、フリッツが直接動くのは悪手だ。


「下策ですね。殿下はバウマンと距離を取ってください。彼女の噂を楽しむような品のないご友人とも。聞かれたら否定して欲しいのですが、積極的に否定して回らないように。彼女自身と噂に関しては、私の方でどうにかしてみます。殿下は……私の悋気で女性を近づけないという噂を否定するために踊ってもらいましょうか。今夜は(くだん)の茶会の参加者の中から数人。それと親しげにクラーラと名前を呼ばないように。自分の意志で距離を取っていると示すためにも、今後は彼女のことはバウマンと家名で呼んでください。敬称も不要です」


「判った……しかし踊るのは少々……」

「令嬢たちに気を持たせるのが嫌だと逃げ回った結果が現状です。反省するなら行動を伴うように」


 フリッツが踊りたくない気持ちは判る。踊った令嬢は妃になる機会を意識するし、選ばれなかった令嬢に群がられた経験があるのだから。


 その結果、アウレリア以外の令嬢が近くに居ない状況が長く続いたのだから、クラーラの虚言を引っ繰り返すためにも頑張っていただきたいところだ。


「最低三曲。できればお茶会参加者の六人全員と踊ってくださいね。休憩を挟んでも構いませんが、休憩の間も令嬢たちとの歓談をお忘れなく。茶会の参加者を確保できるまでは、殿下はこの場に控えて。連絡要員をここから一番近い入り口に寄越してください。それと今回の歓談は茶会出席者に対してのお詫びという形ですからね、迷惑をかけたことについての謝罪を口にすることと、親しいからこそ王都に不慣れな恋人のためにお願いをしたという体裁を取ってください」


「私が……私なら令嬢に噂を否定できますわ!」

 折角のアグネスの言葉だけど、厚意を受け取るだけになる。


「嬉しいのですが、そんなことをしたら社交界でアグネス様の居場所がなくなります。ですから積極的に否定して回るのではなく、話を振られたときにだけ「妃の資質無しと両陛下に判断されたため、殿下と別れることになった」と言ってください。加えて「虚言癖によって不興を買った」と。誰からの不興かと問われれば「王族」からと」


「――!!」

 複数の息を呑む音が聞こえた。


 一度は恋人同士だった王太子だけでなく、一度も顔を合わせたことのない両陛下から不興を買ったなど醜聞が過ぎる。一年を通して王都に住む貴族だったら、結婚相手が見つからないどころか、屋敷の外を出歩けないほどの悪評だ。


 でも身から出た錆だと思うから同情はない。

 今は王妃陛下から会う価値無しと断じられているだけだけど、このまま放置すれば遠からずアウレリアの言った通り、王太子であるフリッツからも不興を買うだろうと容易に想像がつくだけに、言い過ぎだとまで言えない。


「バウマン家は王都よりも辺境の方が近い土地の伯爵家ですから、領地に戻れば結婚相手を探すのにさほど影響はないでしょう。たとえ王都では絶望的な状況だったとしても。ご実家は官吏を輩出せず、地元で職を得る者ばかりで、王都に住み官吏を多く輩出する家とは事情が違います。既に両陛下から切り捨てられたのは事実です。まだ不興を買ったとまでは言えませんが、今回の噂が両陛下の耳に入れば、どのみち王都にはいられません。官吏に嫁いだ後であれば離縁される可能性さえあるのですから、むしろ領地に帰らせるのは温情です。特に王妃陛下はフリッツ殿下の足を引っ張る者を決して許しませんが、流石に領地に引き篭もった相手まで、どうこうするほど非情ではありません」


 王妃が王太子を溺愛しているのは貴族なら誰でも知るほど有名な話だ。甘やかすのではなく、立派な国王にすべく教育熱心なのは素晴らしいのだけど、反面、息子の害にしかならない相手を、躊躇せずに排除に動く苛烈なところがある。


 今回の件が王妃の耳に入った時点でクラーラが王都に滞在していた場合、本人だけでなく家族もろとも王都から締め出されるだろう。

 だからアウレリアの主張通り地元に帰らせるのは、正しく温情なのだ。


「じゃあ、連絡を待っていてね」

 軽く手を振って部屋を出た。

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