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02. 義兄 2

陰謀フラグ回です。

 コルネリウスの声が朗々と響く。

 

  ――空が大地に慈雨の恵みを降らせるように、(われ)に慈悲を与え(たま)

    汝の(かんばせ)を吾に見せ給へ

    嗚呼、いと気高き人よ――


 窓から入る微風(そよかぜ)が心地よく、うっかり寝そうになるのを我慢する。

 義兄の少し低めの柔らかな声は耳朶に優しく、まるで子守唄のようだった。


「ディートハルト、この詩をどう思う?」

「最新のかどうかは判りませんが、この国に入っている一番新しい本に載っている、最も評価の高い詩ですね。耽美的で刹那的要素が存分に入った、エルヴェ・ルルーらしい作品だと思います。彼は美しくキラキラとした表現を好みます。あと女性を賛美するのが好きです。でも女性を賛美している風に見せかけて、実は賛美できる自分の感性に酔っている気が。彼は普段は物静かな青年なのに、詩の中では物凄く情熱的で、女性と二人きりになると彼の詩のように情熱的になると聞いています。でも女性が好きなのか、恋愛が好きなのか、恋愛をしている自分が好きなのか、解釈が別れるところです。僕は自分が好きなのだと思っていますが」


 一応、流行モノとして出版された本は一通り目を通しているが、アウレリアはあまり好きな作風だとは思っていない。

 それがどうしてか、イマイチ理由がはっきりしなかったけど、ディートハルトの説明で何が好きでないか理解した。自己愛(ナルシスト)なのだ。賛美の対象である女性を通して自分を賛美している。ルルーが賛美できる自分が素晴らしいのではなく、女性を崇拝する素振りで自分を崇拝し愛している。それが透けて見えるから受け付けなかったのだ。


「言葉が薄っぺらいから好きではないな」

「私も同じでどちらかというと苦手。どの詩も同じようなものばかりだし、芸がない」

 こういうところは次兄とアウレリアは似ていた。キラキラしいものが苦手で、もっと直接的な表現を好む。


「まあ、それで良いんじゃないか。義母上がバルトルトが野生化し、アウラが益々令嬢らしからぬ育ち方をしていると心配していたから、どんな感じなのかと思って聞いてみただけだよ。でも普通に教養面での情報収集も怠っていないようで何よりだ」


 そう言うとコルネリウスはにこりと微笑んだ。

 次兄の野生化は判るけれど、令嬢らしからぬという言葉は適切ではない……と思いたい。


「ところでアウラ、不在の五年間で特筆するべきところはあるかな? 人事や政治的な大まかな流れは知っているが、社交界の細やかなところまでは流石に聞こえてこなくてね」

 王兄の長女が嫁いだなんて話は国外にまで伝わっていても、政治に無関係な家の情報は伝わらない。


「プリルヴィッツ侯爵の長男が後継を外れて、次男が後継者になったのは知っていると思う。表向きは画家を目指したいって話だけど、実際は場末の娼館に入り浸ったのが原因で性病を感染(うつ)された。割と重篤らしくて、そのうち訃報が届くと思うよ。だからあまり長男には触れない方が良い。次男はイマイチ凡庸で、しっかり者の嫁を貰って家の切り盛りを任せたいみたいだけど、多分次の代で没落する」


 長男は絵を本職にするには微妙な技量ではあったけど、良い師に就けば今以上に良い絵を描けるだろうと言われていた。

 だから画家を目指すという言い訳は有り得ない話ではない。


 しかし放蕩が過ぎるから、良い師に巡り合う前に身を持ち崩すだろうとも言われていた。プリルヴィッツ侯爵家は高位貴族とはいえ目立ったところのない家門だから、辺境や国外まで情報が伝わっていないと思う。


「次にアッドリート公爵家のクリステンが王太子妃競争から離脱目前。結婚適齢期を過ぎる前に他国の王族に嫁ぐという噂が出ている。でも実際のところは、ナレント王国の王太子に見初められて口説かれている最中。どう転ぶかはまだ判らない。公爵が娘を女性の最高位に就けたいと思っているから、どこの国でも良いから王妃にしたいみたいね。出来の良い令嬢だからお父上の気持ちは理解できる。でも本人はフリッツに片恋中だと思う。周囲には気付かれていないけどね」


 フリッツの最有力妃候補だけれど、なかなかフリッツは真面目に相手を選ばない。クリステンは現在十七歳。そろそろ見切りをつけるのではないかとか、家の面子のために国内の貴族に嫁ぐよりも、国外の王族に嫁がせるのだとか噂はつきない。


「次はノダック男爵家、息子が二人とも病気で儚くなったから、長女が婿を取って継ぐことになったんだけど、真相は後妻が自分の息子を爵位につけたくて、先妻の息子の方で長男を毒殺しようとした結果、誤って実子も巻き込んで二人とも死亡、息子の死に怒り狂った男爵が後妻を屋敷から叩き出した」

 後妻が血の繋がらない先妻の子を邪険に扱う、いわゆる「継子の洗礼」なのだけど、後妻の性質が悪すぎた。


「平民出身だったとはいえ、後妻の父親は男爵家の次男よ。でも平民の親から生まれた母親は酌婦だし、本人もそういう商売だったのだから、屋敷に入れるだけで醜聞だって話よね。しかも現役時代は枕営業を頑張りすぎて、同僚からは目の仇にされていたらしいじゃない」


 ――家が大事なら、変な女を入れちゃ駄目よね。勿論、婿入りだって慎重にすべきだけど。


「もう少し楽しい話はないのか?」

「楽しい方は禁忌(タブー)視されていないし、お茶会や夜会で仕入れられる情報だから、今聞く必要はないでしょう?」


 バルトルトがちょっとげんなりした顔をしている。

 ゴシップ好きならこういう黒い話は好物なのだろう。だけど義兄はもっとさっぱりした話が好きだから、聞くのは嫌だし興味が持てないだろう。

 判ってても話すけど。知らないと拙いネタだから。


「アウラ、淑女は『枕営業』だとか『酌婦の話』などはしないものだよ」

「淑女らしくするのは見せかけだけで充分でしょう? だって中身まで淑女らしくしていては、フリッツに危険な相手を近づけさせてしまうもの」


 フリッツは弟みたいな存在で、大切な幼馴染でもあるけど、それ以上に王太子であり唯一の後継者なのだから、絶対に守り抜かなくてはいけない存在だ。

 アウレリアが泥を被って守れるなら、喜んで泥に(まみ)れる心算だった。


「最後に本命。王兄の長女の結婚が決まったの。嫁ぎ先は政治的立場が低い国王派のグレッツナー伯爵家。多分、ここまでは辺境や国外でも話が伝わっているんじゃない?」

 一度、言葉を切って義兄たちを見ると、二人とも小さく頷いた。


「それでね、グレッツナー伯爵家の隣の領地は反国王派のキュプカー公爵なの。両家は王都では屋敷が離れているし、一見付き合いはないのだけど、領地では頻繁に行き来していて親密な関係よ」


 ここで義兄たちの顔を見ると、二人ともはっとした顔つきに変わる。

 社交をこれから始めるディートハルトでさえ、居住まいを但しきちんと聞いた方が良さそうな話だと表情を引き締めた。


「更にグレッツナー伯爵の娘の嫁入り先は、キュプカー公爵と同じ派閥のレハール伯爵とメスナー子爵――」

「待った、レハール伯爵家とメスナー子爵家が反国王派ってのは何処から出てきた情報だ? それにどちらも軍閥じゃないか。有事の際は騎士団が反国王派に付くのか?」


 バルトルトから制止がかかった。未だに王位を狙っている王兄が、最近また動きが活発になっているという噂がある。

 だから王兄派の情報には誰しも敏感だ。


「軍閥と言っても将軍級の親族がいないから無理だと思うわ。隊長級は多いから、有事の際に指示系統を確立しやすいとはいえ、もっと上が居ないと下は付いていかないと思うの。大義名分を掲げるのも難しいしわ。ここら辺はバルトルト義兄上の方が詳しいんじゃない? 実は先代、先々代が王兄派だったから、それと悟られないように騎士団の中枢からは微妙に外されていた、でも本人が納得するような名ばかりでないきちんとした役職に就けられているの。あからさまだと反発を招くから」


 アウレリアの主観を交えた説明だが、あながち悪くはないだろう。

 そう思いながら義兄たちの顔をうかがい、話を続けるか確認する。


「……ディートハルトが怯えているぞ」

 バルトルトから溜息交じりに教えられると、少し顔色が悪い義兄にして婚約者が小さくなっていた。


「アウラが怖い。ほんのちょっとだけだけどね」

 ちょっと…・・・いや少し…・・・普通になどと言う直しているところが可愛い。でもよく見たら涙目だ。


「ごめんね、でも知っておかないと義兄上たちが困るから。それにディートハルトが変な連中に取り込まれないようにするためにも、知っておいて欲しいの」


「僕はどこの派閥にも加わりたくないし、陰謀にも加担したくないよ」

 少々情けない顔になっているけど、ディートハルトはこのまま純粋でいて欲しい。

 だけど泣き落とされようとも、言わないといけない話だ。


「大丈夫、私が守るから安心して。危うきに近付かなければそれで良いから」

「僕のほうこそごめん。いつも守ってもらってばかりだ」

 しょんぼりとして捨てられた子犬のように心細い顔をする。


「ディートハルトは私が疲れて帰ってきたときに癒してくれるのが仕事でしょう? 守るのは私の仕事なのよ。ただ夜会に行った時に気をつけて欲しいだけなの」

 婚約者の手を両手で包み込みながら見上げる。


「時間が出来たら……いいえ時間を作ってまた荘園に帰ろう。それで残りの客間の壁紙を交換するの。家具だって買い込んで交換して、もっと居心地の良い屋敷にする。ディートハルトが頑張ってくれるんでしょう? 勿論、私も手伝うわ。二人で作業するの」


「うん、力仕事なら任せて。でも一人で寝台を運ぶのは難しいから、男手がもう一人いるかな」

 ふわりと柔らかな微笑みを見せる。でもちょっと辛そうだ。


 幼い頃から人の目を気にしていた所為か、想像していた以上に人の悪意や殺意といったものに敏感だった。

 この手の話は二度とディートハルトの前でしないようにと、誓った瞬間だった。

更新が遅くなってすみません。

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