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07. 義父へのお願い

「ただいま、義父(ちち)上はどちらに?」

 屋敷の中に入ると、玄関フロアで執事トビアスの出迎えがあった。


「お客様とご一緒とは思いませんでした」


 予定外の客にチクリと嫌味を言われる。私が王城に出仕しているのも男装なのも気に入られていない。

 前回の荘園滞在の一か月と今回の十日間、ディートハルトとずっと一緒だと知ったら、きっと卒倒するだろう。


 それでも手近なメイドに二人分のお茶を応接室に用意するようにと言付け、自分は当主の下へ向かう辺り職務に忠実だ。

 自分は歓迎されていないようだと、少し困ったような微笑で流す客人に、気にするなと苦笑で返した。


「旦那様は執務室の方に」

「ディートハルト殿は寛いで待っていてもらえるかな」

 腰を下ろして直ぐにトビアスが義父との面会が整ったと呼びに来る。お茶より早い。


「執務室にもお茶を」

「既に手配しております」


 その言葉に話が長くなると、トビアスも義父(ちち)も考えているのが判る。

 荘園のこじんまりとした、屋敷と言いにくいような家と違って領地の屋敷は広い。三倍はありそうな部屋数の屋敷は移動に時間がかかる。


「義父上、入ります」

 断って入ると、笑みのない顔で待っていた。これは間違いなく機嫌が悪い。


「お帰り、アウラ。荘園は楽しかったかな」

 座ったままの言葉は予想以上の機嫌の悪さだと、溜息をつきたくなった。普段なら間違いなく笑みがあるし、部屋に入るなり抱擁される。


「殿方を連れて帰宅したと聞いているけど、本当かな?」

 (――イキナリの本題きた!)

 不機嫌な義父は珍しいので緊張する。特に私は一度として怒られたことがないので猶更。


「まずはお茶を待ってから」

 多分、長丁場になる。

 それに話の途中で使用人が入ってきて聞かれたくはない。

 しばらくは無言で対峙する。

 居心地の悪い時間というのはなんと長く感じるのか……。随分と待った気がした後、ようやく使用人が茶の支度を持って入ってきた。


「彼の名前はディートハルト・ブレーミヒ、子爵家の四男です。襲われて行き倒れている所を拾いました」

 きっちりとメイドが出て行くのを確認し、扉が閉まってから一呼吸置いて整え口を開く。


「襲われた……物盗りか野盗の類かな?」

 義父の顔に少しだけ警戒の色が浮かぶ。

 貴族の子女なら金で護衛を雇うのは当然の話であり、襲われるのは珍しい。本人の行動に問題有りだと思ったのだろう。


「いいえ彼の兄たちの誰か、もしくは兄たち全員の雇ったならず者に。遺産相続が原因だと思われます」

 私はきっちり訂正する。ディートハルトのことを誤解されたくない。


「遺産を放棄すれば、兄が殺す必要はなくなる。確実に放棄させる保証が欲しいってところかな?」

「そうなりますね。でも後ろ盾になるに難しい問題が」


 お茶に口を付け、一呼吸置いてから事情の説明を始めた。義父の気に入りの茶葉を使った美味しいお茶だが、今は味を楽しむ余裕がない。


「ディートハルト殿は養子ですが、実子として家系図に載っています。両親のどちらとも血が繋がっていないのに、です」

「……穏やかではないね」


 義父もお茶に口を付けた。

 二人の前には茶菓子も用意されているけど、手をを伸ばす気にはなれない。多分、義父も同じ気持ちだ。


「ディートハルト本人は、父親であるブレーミヒ前子爵が家族の温もりを与えるために、自分を実子として扱ったのだと思っていますが、間違いなくそんな理由ではなく、実子扱いする必要があったからではないかと」


 身の上話を聞いた時点で出た疑問だ。

 でも打ちひしがれているディートハルトに、指摘するのは酷だから黙っていた。

 しかし義父に言わないのは拙い。何らかの陰謀に巻き込まれる可能性もあるのだから。

 義父は貴族らしく表情を変えないが、私の言葉の裏を一瞬で悟り、厄介者が転がり込んだと思っている筈だ。


「アウラはどう考えている?」

「多分、どこか高位貴族の隠し子ではないかと。例えばアルホフ公爵家の夫人はナレント王国の公爵家から嫁いでいます。かの国との不興を買うのは拙い。しかし親としては妾腹の子であっても市井で平民として育てるのは憚られる。多額の資金援助と共に息子を子爵に託すというのは、可能性として有り得ます」


 アルホフ公爵は先々代国王の妹が嫁いだ家だ。産まれた子はとても低いとはいえ王位継承権を持つ。庶子に継承権がなくとも、息子を市井に放り出すような危険な真似はしないだろう。


「ほかの高位貴族が父親だったとしても、お相手が貴族の未婚の令嬢だった場合、子供の存在を秘するでしょうし、母親に託すことはできません。ただの遊びであれば生れ落ちた子を孤児院の前に置き去る可能性が高いですが、もし愛情が欠片でもあれば貴族として育てたいと考えそうだ、と思っています」


 私は口の渇きを満たすためお茶に口をつけたがあまり効果はなく、渇きがほんの少し低減した気がするだけだった。


「ほかにもっと気付いたことがあるだろう?」

「憶測を口にする訳には……」


 もう一度、お茶で口を潤す。

 義父は急かすことなく私の言葉を待つ。

 だが偽りも誤魔化しも許さない雰囲気を醸し出していた。


「……もしかしたらバルヒュット公爵の長男ではないかと」


 王兄の名前を出す。先代国王の長男なのに王位を継がなかったのは、身体が弱く国王の激務に耐えられないからだという理由だ。臣籍降下の折に公爵位を与えられたが、実際は国王の血を引かないから弟に王位が行き臣籍に下ったというのは、現国王が立太子してからずっと付きまとう噂だ。


 そして噂が事実であると、王太子と幼馴染であり、つい最近まで側近だった私は知っている。


 先代国王の子は王兄、王姉、国王の三人。王兄だけ母が違う。先王は国内の有力貴族から妃を迎えたが、子が三歳になった直後に病気で儚くなった。

 その後、同じく国内から妃を迎え、王姉と在位中の国王が誕生している。


「王姉の隠し子だとは思わなかったのかな?」

「王姉の子なら隠す必要がなかったと思います。陛下と母が同じですし、生前は仲が良かったと聞き及んでいます、何より王姉は国王派です」


 身体が弱く、度々寝込んでいたというのも理由の一つだ。子を産める体力はなかっただろう。二十年前、王都を離れ療養中に儚くなった。


「陛下のお子はフリッツ殿下お一人だけ。もし王姉殿下にお子がいたのなら、間違いなく王家が大切に育てる筈です」

 王兄は野心家で王位を諦めていない。


 しかしバルヒュット公爵家の子は娘だけだ。せっかく王位を簒奪しても、次代は娘で王位を継ぐことはなく、良くて王妃にしかなれない。残念ながら年回りの良い王位継承者はフリッツしかいない上、王兄が王位を継ぐためには殺さなくてはいけない相手だ。


「ブレーミヒ子爵は国王派です。しかも領地は辺境で、ディートハルト殿はそちらで育てられています。領地は街道から外れているから、旅人が偶然、見かけるなんてことはないでしょう。それに他国に留学してデビュッタントも済んでいません。不仲な兄たちと引き離すだけなら、デビュッタントを避ける理由にはならないでしょう。王都だけでなく国内で顔を知られないように、徹底して秘匿しているとしか考えられないのです。万が一を考えると予備の王子は欲しい。だから王兄の手から奪い、国王派の貴族に預けたのではないかと。でも王太子殿下の不利になるようなら、処分されるでしょう」


 先代国王には弟はおらず、妹が二人いるだけだから、フリッツ、王兄に次いで継承順位が高いのは先々代国王の弟の血筋になり、少々血が薄い。


 いくら私がフリッツの乳姉弟であっても、王太子の害になるようならディートハルト諸共殺されるだろう。国王陛下は情に流される愚王ではない。


「そこまで判っていて、それでも力になりたいと思うんだね?」

「……はい。短い付き合いだけど、とても良い人なんです。死んで欲しくない。それにもう少し深い付き合いになれば良いなとも」


「捨てる気はないんだね?」

「ええ」

 義父は私の回答を聞くなり、カップに残ったお茶を一気に飲み干して大きく溜息をついた。


「まったく……。ようやく娘が帰ってきたと思ったら男連れで、しかも厄介事を抱えてる相手ときた!」

 一気に言葉を吐くと、再び大きく溜息をつく。


「……今からでも遅くない。捨ててきて良いかな?」

「嫌です、義父上」

 三度目の溜息は一番大きかった。


 私は二人分のカップにお茶を注ぎ、二人とも無言で飲む。

 その後は暫く無言だ。


 先に折れたのは義父だった。


「判った。でもアウラに何かあった時には容赦なく捨ててくるからね」

「ありがとう、ついでに母上にも伝えてくれると助かるのだけど。その、卒倒されそうで……」


「私も今すぐ卒倒したい気分だよ」

 力なく笑って返されるのを、曖昧な笑みで誤魔化した。

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