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01. 再会

「久しぶり!」

「思ったよりも早い再会だね」

 急いで玄関まで出てきたのか、ディートハルトは少し息が弾んでいた。


「……何か変なところが?」

「本当に居てくれるとは思わなくて」

 不思議そうな顔をしていた所為か、怪訝そうな顔をされる。


「行く所が無いからね。それに屋敷を手入れして欲しいって言っていただろう?」

 確かにずっと居るにしても、やることは特になかったからお願いした。


 手に入れたばかりの荘園と屋敷だから、領地の屋敷のような大きな図書室どころか数冊の本しかない。撞球のような遊び道具もないから、することといえば馬で遠駆けするか、散歩くらいだろう。


 仕事をするにしても、荘園の管理は差配人がいるから、村長や村同士の折衝などをする必要も、税収管理をする必要もない。


 それで屋敷の手入れを頼んだのだ。屋敷は前の所有者の好みに合わせて作られていた上に、たまに滞在するだけだったらしく、壁紙も調度も適当だった。


 費用はどれほどかかるか判らなかったから、とりあえず三か月分の生活費と材料費などを含めて金貨十枚ほど。私の一か月分の給金だ。


 庶民なら金貨一枚で五人くらいの家族が一か月は王都で暮らせる。下町ならもっと安く暮らせるし、地方都市なら更に安い。食事に関しては引き続き村から人が来てもらうのと同時に、食材や薪の補充も村に頼んであったから別会計だ。酒も私が王都に戻る前に補充していたから特に必要はない。


 そんな訳で(つま)しい生活なら、日々の暮らしにお金を使う必要はなく、渡した金貨は丸ごと屋敷に使える状況ではあった。家具を一新するには頭金にもなりはしない額だけど、壁紙なら全ての部屋を張り替えられるくらいの金額だ。


「もしかして金貨を持ち逃げして居なくなると思っていた?」

「可能性はあるだろう、くらいかな」

 本当は居ない方が可能性が高いと思っていたけど言わないでおく。


「名前しか知らない相手に渡す金額じゃなかったね。貴族には端金(はしたがね)でも平民にとってはとんでもない大金だ。でも流石に恩を仇で返すほど落ちぶれていないよ」

 朗らかに笑って、邪な気持ちはないと否定する。


「ともなかく立ち話はなんだし、ご希望通りに改装したから部屋を見て欲しいな。まだ何部屋か客間の改装は終わってないけど、見られる状態になってるよ」


 令嬢がエスコートされるように差し出された手を取る。デビュッタントのときに義父にしてもらって以来、二度目のことだ。


 玄関ホールに立ってまず気付いたのは、階段の手すりや床が磨かれ、丁寧に使い込まれた深い色をした木が輝いていたことだ。

 きっと何度も油を擦り込んで磨いたのだろう。とても手間が掛かっている。


「まずは食堂から……」

 そう言いながらディートハルトが扉を開けると、柔らかな光が差し込んできた。


 象牙色の壁紙は柔らかく部屋を包んでいる。よく見れば微妙に色の違う細かな縦縞になっていて、白い壁をのっぺりとさせない工夫がされている。


 暖炉前の鉄柵は錆が浮いていたのが、綺麗に研かれた後に再び焼き締められて黒く重厚感が出ている。

 テーブルや椅子が変わっていないのは、予算不足なのか、良い物が見つからなかったからか……多分、両方だろう。


 次に二階に上がって居間に通された。

 壁紙は薄荷を思わせる清涼感のある淡い緑の上に同系色の蔦模様が描かれている。暖炉の向かい側の壁には柔らかく微笑んだ女性の人物画が掛かっていた。木製の額は細かな彫りが施されている。彩色されてはいないけど、表面が丁寧に磨かれ、艶やかな光沢を称えている。


 客間は食堂同様、家具は変わっておらず、壁紙が貼りかえられていた。部屋ごとに違う壁紙を選ぶのと同時に、ドアには目印になるような真鍮製の花飾りが新たに取り付けられいる。花飾りと壁紙は当たり前のように同じモチーフで、百合の間、鈴蘭の間というのに相応しい。


 そして――

「お嬢様の私室で最後ですよ」

「どんな風に変わったのかな?」


 茶目っ気を出した言い方に、私は思わず笑った。

 期待に胸を膨らませ、自室のドアを開ける。


「――!!」

 最後に見たときとはあまりの違いに言葉がなかった。


 蛋白石を思わせる淡い水色と白の縦縞に薄紅色の花柄が組み合わされた壁紙は、とても女性的だけど甘すぎない。カーテンは濃紺で、留めるタッセルは金色だ。壁の画は居間と同じ作者のものらしかった。


 何よりすごかったのは……。

「天蓋付きのベッド!」


 紗の幕には小さな立体刺繍の花が付いていてとても可愛い。

 以前のベッドはほかの部屋同様の、頑丈なのが取り柄のような無骨な雰囲気だった。

 それが頑丈さは変わらないものの、優美で寝るのが楽しみになるようなベッドに変わっているのだ!

 嬉しくない筈がない。


「凄い! こんなに変わるものなんて!!」

 素晴らし過ぎて、何と言って良いか言葉を失くす。


「隣の部屋を潰して少し広くしてみた」

「道理で、記憶にあるより広く見えたんだ」

 この荘園主の屋敷は貴族の住まいではなかったからか、こじんまりとしていて一つずつの部屋も狭かった。

 それがゆったりとした貴族の邸宅のような広い部屋になっていて、とても居心地が良さそうになっている。


「隣の部屋の半分が私室に、残りの半分を衣裳部屋にして中で繋げてある」

 見ればベッドの近くにドアが見えた。


「何か凄い……最高だ!」

「喜んでもらえて何より」

 顔満面の笑みのディートハルトは得意気だった。




「再会を祝して」

「素晴らしい改装に感謝を込めて」

 私たちは乾杯のために軽くグラスを持ち上げた。


 晩餐の後、場所を居間に移してディートハルトと二人で酒を交わす。

 愉快とは言えない王宮の辞し方だったから、自棄酒をするつもりで王都で酒をたくさん買い込んで持ち込んでいる。

 その中で一番上等のものを開封した。自棄酒には勿体無い良い酒だったから、祝杯に変わって良かったとおもう。


「思った以上に改装が進んでいたけれど、よく資金が足りたね」

 ベッド以外はさして高いものではないとはいえ、あれだけ床や手すり、扉などを磨き上げたのだから、何人もの職人を雇ったに違いない。

 その上、壁紙を張替えたり画を飾ったり、出費は多そうだった。


「よくお金が足りたと驚いている」

「ベッド以外は材料費だけだったからね、工賃が無ければ安いものだよ。と言っても全額使い切っても少し足りなかったけど。それとベッドだけは作れなくて依頼した。僕も手伝ったから工賃をオマケしてもらったよ」


「えっ!?」

「全部、僕が作業したんだ」

 材料費だけと言われたときに、どういうことかと思ったら、まさかのディートハルト自身が作業をしていたとは。


「壁紙の貼り方とか床の磨き方とか、よく知っていたね」

「子供の頃に少しね。父以外の家族と折り合いが悪くて、別荘で過ごすことが多かったんだ。それで滞在を引き伸ばすために、自分で色々と手を出して……」


 言葉を濁すあたり、あまり楽しい思い出ではないようだ。

 笑えない状況でも笑みを浮かべてやり過ごしてきたからなのだろうか。無理して笑顔を見せる必要なんてないのに……。


「その、話したくないことは言わなくて良いよ」

「ありがとう、僕の身元を詮索しないでくれて。何れ心の整理が出来たら聞いて欲しい」

 少し気弱そうな笑みを浮かべる。

 だがそれも一瞬で、楽しげに杯を空ける。


「ラストリオまで壁紙を買いに行ったらさ、王都でなくても案外商品が豊富で」

 ディートハルトが挙げたのは、この荘園から一番近い城砦都市だ。街道沿いにあるせいか、都市の大きさの割りに商品が豊富だという話は聞いたことがある。一度も行ったことがないから伝聞でしかないが。


「壁紙はどれも女性的な雰囲気だね」

「屋敷の主が女性だからね、格式ばった重厚なものより、明るくて柔らかい感じにしてみたんだ」

 てっきり自分の趣味で選んだのだとばかり思っていたら、私のために選んだのか。


「任せるって言われても、あんまり好き勝手はしないよ」

「本当に好きにしてくれて良かったんだけど。でもありがとう、とても素敵でずっとこの屋敷に住みたくなる」


 くすんでいた屋敷は輝きを取り戻した。特に私の私室はキラキラして見える。一日で一番長く過ごす予定の居間は、落ち着いた雰囲気で、読書をしてもゆっくりとお茶を楽しんでも良さそうだ。


「荘園には気分転換に来るんだろう? だったら思いっきり寛いで、楽しんで王都に戻ってもらいたいと思ってね」

 しばらく王都には戻らない。


 もしかしたら社交の季節に行くだけの所になり、帰る場所ではなくなるかも。という言葉は飲み込んでおいた。

 ちょっと喧嘩しただけ、何時までたっても頼りない弟が姉離れしただけ。

 言い切りたいけど、そうではないかもしれない。


 生まれた時からずっと一緒だったけど、血の繋がりはない。ましては相手は王太子殿下だ。不興を買えば二度と王城に上がることは叶わないだろう。


 補佐官を辞めたときには、これでのんびりできると思ったものだけど、時間が経つにつれて否定的(ネガティブ)な感情に支配されそうになる気持ちを否定する。


「明日、少し馬で近くを散策しないか?」

 良い場所があるんだ、と続けたディートハルトの言葉に、私は楽しみだと返した。

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