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11. 王との談話

お隣さんと家族ぐるみでお付き合いがあると、子供同士が喧嘩をしてても情報筒抜け、相手の親とは普通に話すよねという回です。

「フリッツはアウレリアから見捨てられたのかのう?」

 王太子から(クビ)を言い渡されたその日の午後、国王に呼び出された。

 開口一番の言葉がコレである。


「見捨てられたのは私の方かもしれません。殿下に不要だと言われましたので」

 先ほど言われた言葉を心の中で反芻しながら返答する。

 今までも王太子の補佐官兼目付けとして度々呼び出されているので、必要以上に畏まることはない。


「原因はバウマン家の娘か」

「左様にて」

 既に報告が上がっているだろうからダラダラと長く話を続けて、国王の時間を無駄にしない。為政者は忙しいのだ。


「君から見て、令嬢はどうか?」

「教養の面は王妃としての最低限の要件を満たしています。しかし女性の頂点には立てないと、今回の件で判断しました」


 クラーラを招いたお茶会は昨日だった。

 参加者は以前アウレリアが挙げた令嬢たちだ。侍女長代理としてセッティングし見守ったのは、王妃の友人であり侍女として上がっているアルマ夫人。


 クラーラ一人を除いて全員が顔見知りという状況だったが、仲間外れにすることも嫌味の応酬になることもない、終始和やかな会だった。


 しかし微妙な話題やニュアンスで、全員がチクチクと口撃していたらしい。本人が苛めだと理解できる、だが端から見て不作法に思われないくらいに。程度を見極めるのが肝要だ。


 二刻ほどの茶会の報告書は、王太子の執務室を出た後に自室で目を通した。といっても最初の触りの方だけだが。

 それで十分だった。


 (せめて耐える強さを持っていれば、良かったものを)

 耐えながら反撃の機会を待つか、攻められない戦術を考えて実践するか。何もせずに逃げ帰った後は、王太子妃になっても王妃になっても莫迦にされるだけの未来しかない。


 彼女たちと付き合わないというのは無理な話だった。

 中央の要職につく家の出身であり、未婚の今も結婚してからもずっと社交界の中心に位置する女性全員と付き合わないというのは、たとえ王族たりとも難しい。


 莫迦にされ続けるのが嫌なら戦うしかなかったのに、クラーラはフリッツに泣きついて逃げた。

 だからきっと彼女はもう受け入れられない。反撃をしないまでも、せめて一人で耐えて次にどうするか、自分が何を求められているのか考えれば済んだのに。


「彼女が国母になったとしても、同性から高貴な女性として認められる日は来ない可能性が高いです」

 アウレリアの出した結論だった。


「では、彼女はどうする?」

「田舎に返すのが本人の幸せに繋がるでしょう」

「失恋だな」

「失恋ですね」


 フリッツの何度目かの恋が散るのが確定した瞬間だった。

 クラーラは今までの恋人たちと違って、王太子妃として問題ない身分の令嬢だから、明日から王城に上がれない事態にはならない。だが徐々に遠ざけられ、次の社交の季節はフリッツの横にいないだろう。

 もしかしたら王都で見かけることさえないかもしれない。


「傷心の息子を支えようという気はないのか?」

「お呼びいただければ、直ぐにでも参内する次第にございます。ただ次の社交期までは領地でのんびりしたく思いますが。領地に戻ったのは、前回の休暇が初めてだったのです。母の実家や実父の生家にも行ってみたく思っております」


 私は一旦、実家に帰る。

 もしまた呼び戻されれば、またフリッツの補佐官に戻るだろうけど、王城に住み込みはしない。ほかの側近同様、実家からの通いにする予定だ。


「さて……少しは雑談でもせぬか。この年寄りが茶を淹れるから気楽に話そうか」

 働き盛りの国王を年寄り扱いしたことはないが、本人曰く若者から見れば充分年寄りらしい。


「陛下、お茶なら(わたくし)が」

 慌てて席を立つ。国王に用意させるなど、臣下としてあってはならない。

「良い。これでもなかなか美味い茶を淹れられるのだ。滅多に披露できる機会はないがな」


 席を立ち用意された茶器に向かうと、悪戯気な笑みを見せながら二人分の茶を淹れる。

 この軽快な足取りの、どこを取って年寄りだというのか。

 手際良く茶器を扱う。言葉通り慣れている。


「ここからは国王ではなく、幼馴染の父として話そうではないか。私のことはおじさまだ」

 公的な立場ではなく私的な立場で。

 昔からたまにあることだが、最近は随分ご無沙汰だった。


「わかりました。おじさま」

 にっこりと微笑んで、フリッツの父として対応する。


「美味しい……」

 出されたお茶に遠慮なく口をつけると、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。

 下手な侍女より美味しいかもしれない。


「美味しいだろう? でもみんな私に淹れさせてくれないんだよね」

「国王陛下に淹れていただくなんて恐れ多いですから。家族とご友人くらいしか難しいと思います」


「友人はねえ、茶より酒がいいって言われちゃうんだよね」

 (そういえば陛下の友人は皆酒好きだった)


「たまには妻と息子以外にも淹れたいのに、させてもらえなくてねえ」

 溜息交じりに愚痴るとカップに口をつけ、美味しいと自賛する。

 実際とても美味しくて、自画自賛したくなる気持ちがわかる。 


「リアちゃんから見てフリッツはどうかな?」

「可愛い弟です、素直な良い子で。ちょっと女の子に耐性が無いというか、純粋過ぎるのが気になりますが、側近たちが気を遣えば済みますから、このまま真っ直ぐに育って欲しいです」


 育つというより、既に育ちきっている年頃だけど、少し子供っぽところが残ってる。頼りがいがあるとか包容力があると言われるには、もう少し後になりそうだ。


「私としてはリアちゃんが嫁に来てくれたら安心できるんだけどね。フリッツと一緒に勉強したから教養は申し分なし。補佐官として王太子を支えた実績もある」

 どうかな? と言われても、回答は一つしかない。


「申し訳ありません。弟としては好きだし大切に思っていますが、結婚したいとは思えなくて……」

 フリッツとの結婚は近親相姦的な気分にしかなれない。血の繋がりはないから問題無いとはいえ、ずっと一緒に暮らしていて、家族としてしか見られなくなっている。


「即答かあ。私としてはリアちゃんみたいなしっかりした女の子が、息子の嫁に来てくれると安心できるんだがな」

 少ししょんぼりした感じで言う。


「しっかりしたお相手だと甘えてしまいます。でも庇護欲を掻き立てられるお相手であれば、自分で守ろうとしっかりすると思います」

 今は私が傍についているから気を抜いているけど、一人になったら頑張るだろう。


「カサンドラもリアちゃんを気に入っているだけどなあ」

「あれでですか!?」


 王妃の名前が出てドキリとした。

 顔を合わせる度に「もっとしっかり息子の補佐をしてくれないと困る」だとか「幼馴染だからといって甘えてばかりいて」とお叱りとも嫌味ともつかない言葉を必ず言われているのに。


「期待していない令嬢には当たり障りのない言葉を適当にかけるだけだよ。一人息子だからね、子離れができていない。息子のためにならないような令嬢とは二度と会わない。今の()とは会う気にすらないだろうね。フリッツのためになる子なら、より助けられるように要求が際限なく高くなる。その所為でリアちゃんへの要求がとんでもなくなってる。ほかの令嬢が同じ水準になれるかどうかは疑問だねえ」


 おじさまはほぅと溜息をつくとお茶を飲み菓子をつつく。


「政務の手伝いのほかに護衛も務まる令嬢は現れないでしょうね」

 剣の腕は微妙で護衛としては頼りないが、盾くらいにはなれる。


「そういうことを言っているんじゃないんだけどなあ……」

 苦笑されたが、それ以上のツッコミはなかった。


「娘のように思っている令嬢が他家に嫁ぐのは寂しいが、無理強いはしないよ。だけど結婚したいと思う相手ができたら、必ず知らせてほしい。相手を見極めるからね」


「判りました。必ずお知らせします」


 その後は鳥の話――おじさまは鳥の観察と啼き声を聞くのが趣味で、同伴していた私も気付くと感化され趣味になっていた――で盛り上がり、侍従が休憩時間の終わりを告げに入室すると、名残り惜しそうにしながらも執務に戻っていった。

次の投稿は連休明けになります。

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