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如月正明の受難3

お読みいただきありがとうございます

 あの頃はまだ若くて、夢も希望もあったんだ。

 如月は当時を思い出すと頭を抱えた。

 いや、俺に拒否権なんてなかった。もし嫌がったとしても東雲さんの事だ。どんな手を使ってでも俺を引き込んだだろう。

 特殊捜査課に配属されてからの4年間は、如月にとってまるで地獄の日々だった。

 特殊捜査課――と言っても、犯人を逮捕するわけではない。なぜなら犯人は既に死んでいるのだから、死んだ人間に日本の法律は適用されない。

 それを利用して殺人や犯罪が行われることがある。それが呪いだ。そして、呪い以外にも心霊現象を利用した例も少なからずあるのだと、東雲が言った通り如月は毎日のように全国各地で起きる超常現象を調べるために駆け回っていた。

 犯罪でなくとも、超常現象や心霊現象が公になると、法の抜け穴が生まれ文字通り無法地帯になる。

「超常現象に対応するよう法を改正すればいいと思うだろうが、現代の科学では超常現象や心霊現象を解明できない。となると、この事実が超常現象などによるものだという証拠を提出することができない。証拠が提出できないと立件もできない」

 東雲はわざとらしく肩をすくめて見せたのを如月は思い出していた。

 だから隠匿する必要があるのだ。その為に特殊捜査課は存在するのだと、着任してすぐに説明された。

 そして、霊感が一切なく、心霊現象からの干渉を受けない如月は、調査員として最適の人材だった。

「ほんっと、びっくりするくらい霊力がないんだな、あんた」

 着任してすぐに紹介されたのは、敬語も話さない小生意気だが切れ長の目が特徴的なやたらと美形の少年だった。

 18歳のその少年は、2年前に大口真神(オオグチマガミ)の依り代に選ばれ、付喪神(ツクモガミ)狩りを行っているのだと東雲は説明した。

「君が行う調査は、その事件が心霊現象によって起きたものかの確認と、その背後関係だ。そしてそれが付喪神によるものだった場合は、この彼――大和御門(やまとみかど)君に依頼を出すことになる」

 御門と紹介された少年は、警察官ではなく民間の祓い屋なのだと東雲は言った。

 こんな子供が――?

 そんな疑問はすぐに払拭された。この少年は大口真神の能力を使って悪霊や付喪神を喰う事ができるのだ。

 その様子を霊感のない如月は見る事はできないが、代わりに如月の左手には付喪神の霊力に反応する数珠が巻かれており、付喪神が憑いている道具等に近寄ると淡く光る。しかし、御門が付喪神を狩った後は反応を示さなくなる。

 最初は心霊現象なんて眉唾だと思っていた如月も、調査や御門の祓いに同行するうちに、否応なく受け入れるしかないという事を理解するようになった。


「もし俺があの頃東雲さんと会わなかったら、今頃は平凡な刑事で結婚して子供の一人や二人くらいいたかもしれないわけよ」

 高級レストランを出て、居酒屋に移動した如月は生ビールを3杯飲んだあたりでくだを巻き始めた。

「結婚――ねえ」

 タバコに火をつけながら御門は呆れたように呟く。

「さすがに5人連続で浮気されたら結婚なんてもういいよ。――女なんて怖いだけだし」

 如月はジョッキのビールを飲み干すと、大きな溜息をつきながら言った。

「でもさ、もっと夢見たかったわけよ。女に、結婚に!」

「俺はガキだからわかんねーよ」

 そう言うと御門はゆっくりとタバコを口に含んだ。

 その仕草はどこか妖艶で惹きつけられずにいられない美しさがあったが、残念ながら如月は酔っ払いだった。

「大体さ、なんで調査担当が俺一人なんだよ。おかしいだろ、働きすぎだろ、俺」

「仕方ないじゃん。前任者は付喪神に取り殺されちゃったわけだしさ。そんな時に霊からも付喪神からも一切の干渉を受けないあんたが現れたんだ。東雲のおっさんじゃなくても欲しくなるって」

 御門がそう言うと、御門の中から真神も『まったくだ。東雲はいい人材を見つけた。これだけ特徴も存在感もない人間で霊力も持たない人間などそうはいないものだ』と、同意したが。当然のことながら如月には聞こえていない。

「俺もそのうち殺されるのかなぁ」

 御門の言葉に如月はがっくりと肩を落としながら、通りかかった店員にビールのお代わりを注文した。

『我がいなければとうに殺されていたかもしれんな』

 意外な事に真神は如月を気に入っているようで、如月に加護を与えていた。

 それはもちろん、御門の霊力を使って与えられたものだが、真神がとり憑いてから7年が経っていたが、真神が加護を与えたのは如月ただ一人出会ったことに加え、如月のおかげで付喪神や悪霊を喰いやすくなったこともあり、御門も容認していた。

「あんたは大丈夫だろうよ」

 素っ気なく言いながら自分のジョッキを飲み干すと、丁度いいタイミングで如月が注文したビールが運ばれてきた。ちゃんと御門の分もある。こういう気遣いは流石だなと御門は感心したが、当の本人はかなり酔っぱらっている。

「俺はこの仕事嫌いじゃないよ。東雲さんの事も尊敬しているし。――でもさ、出張出張で彼女ができてもろくに会う時間も無いし、挙句の果てには浮気されるし――真綾なんか結婚したいオーラばんばん出してたのに他にも男がいたんだぞ」

「それって浮気相手はあんただったんじゃねーの?本命はそっちの男だろ」

 御門の言葉は如月に致命傷を与えたようで、如月は「うっ」と小さく呻くと落とした肩を更に落とした。

「大体さ、御門君はいいよ。黙ってても女の人が寄ってくるわけだし」

「よくねーよ。女なんか俺にとっては餌でしかねーし。あんたみたいに恋愛だなんだって言えるのが羨ましいくらいだぜ」

 16歳で童貞を捨てたとは言え、そこに自分の意思は介在せず、ただ霊力を確保するために女性と交わり続けている御門にとって、恋愛感情と言うのは未知の感覚だった。――いや、実際には18歳の時に一度だけ惹かれた女性がいたが、それは人類で最も惹かれてはならない相手だった為、御門にとっては思い出したくもない出来事になっている。

「もういいんだ――もう俺も女なんかいらないんだ。休みの日は一人で映画観て料理なんかしちゃうんだぜ?こないだなんか素使わないで麻婆豆腐作っちゃったんだから」

 ビールを煽りながらやけ気味に言う如月に、御門は表情には出さずに少しだけ申し訳ない気持ちになった。

「お前のせいだからな」

『うむ――いやまさか我の加護がここまで影響が出るとは』

 小声で真神に文句を言うと、真神も御門の中から申し訳なさそうにもごもご言っている。

 真神の与えた加護は、悪霊や邪な念を持つ者を遠ざける。

 真神の能力が強すぎた為、人間にも効果が及んでしまい、如月と交際していた女性達は如月に対して打算や不満など自己中心的な感情を抱いた途端、真神の加護によって居心地が悪くなり、浮気をしてしまうという事を、御門は一生黙っていようと、固く誓ったのだった。


如月の趣味は映画鑑賞と料理です。

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