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如月正明の受難2

お読みいただきありがとうございます

 如月(きさらぎ)東雲(しののめ)は、如月が交番勤務を終えて所轄署に勤務になった時からの付き合いだった。

 上司だった東雲は、涼しい顔で職務を淡々とこなし、如月の面倒もよく見てくれていた。

 かなり若く見えたが35歳と聞いて驚き、更に二人目が生まれた所だと聞いて再度驚いたのをよく覚えている。

 全てにおいてスマートなこの上司は、如月の事を気に入っていたのか、よく飲みに連れて行っては相談に乗ってくれたり、的確なアドバイスを与えてくれた。

 存在感の無さに定評があった如月に、調査を主体で行うよう計らってくれたのは東雲だった。

 その東雲が、ある日警察を辞めるのだと言う噂を耳にした。

 如月の同僚が誤認逮捕をした相手が、大物政治家の子息だった為、責任をとって辞職するのだと言う。

 ――昨日も一緒に飲んでたのに、そんな話一度も言わなかったじゃないか。

 如月は裏切られて様な気持ちになり、その日から東雲と業務以外の会話を避けるようになっていた。

 警察という組織にいる以上、ずっと一緒に机を並べて仕事ができるとは思っていなかった。だが、同じ組織にいれば、再び仕事を共にする機会もある。辞めてしまってはそれも叶わない。何より、兄とも慕っていた東雲がそんな下らない理由で警察を去らなければならない事が許せなかった。


「如月君、ちょっといいかな」

 噂を耳にしてから5日目の事だった。調査から戻ると、如月は東雲に呼ばれて署の奥にある小さな会議室にいた。

 夕陽が差し込み、部屋は赤く照らされている。

「私が警察を辞めると言う噂を聞いたと思うが」

 会議卓の椅子に腰かけて如月にも座るよう勧めると、おもむろに口を開いた。

 如月は言葉を発する事ができず、小さく頷くしかできない。認めると東雲が遠くに行くような、そんな子供のような想いに駆られていたからだ。

「君は、幽霊だとかお化けだとかを信じるかな」

 突拍子もない東雲の言葉に、如月は我が耳を疑った。――幽霊?お化け?科学捜査が基本の警察が何を言っているんだ?

 もしかしたら、自分がショックを受けないよう冗談から入るつもりなんだろうかとさえ思っていた。

「俺は――幽霊とか見た事もないですし、信じちゃいません。東雲さんは信じてるんですか」

 東雲の気遣いを無駄にしてはいけない。忠義心の高い如月はどんな会話でも東雲から提供されれば乗る事を信条にしていた。

「信じる信じないと言うよりはね――私の実家は小さい神社でね」

 東雲は腕を組むと軽く目を閉じて、数秒間思案をしているようだった。

「実はね、警察内のある組織を引き継ぐ事になってね」

「そ……それが幽霊とかお化けとかと関係あるんですか」

 話の脈略が見えず、如月は混乱しそうになっている。

「都市伝説レベルの噂話で聞いたことがないかな?――警察には裏の組織があると」

 如月は一瞬目がくらむような感覚を覚えたが、すぐに東雲に向き直った。その噂は聞いた事がある。

 超能力や心霊現象など、人知を超えた超常現象を収める為の組織だと、いつ頃誰に聞いたとも分からないが、警察官はみんな知っている噂だ。

 如月もいつの頃からか、それを聞いたことがある。だが、誰に聞いたのかは覚えていない。その位ありふれた噂だった。

「私はね、そこの人間でね。時々こうして所轄に人材を探しに来ているんだ」

 事も無げに言った東雲の声に、如月はまた軽い目眩を感じた。

「なんなんですか――それ。裏の組織とか、幽霊とか……冗談はやめてくださいよ」

 忠義心の高い如月でも、さすがに容認できない話だった。

 東雲はよくわからない冗談をよく言うが、仕事のことで悪ふざけをするような人物ではない事はよくわかっている。それでも、裏の組織だとか言われてもよくわからない。

「冗談じゃないさ。私の所属は警察庁特殊捜査課だ。――もっとも、組織図にはない組織だけど」

 如月の頭の中で、この人は本当のことを言っているという思いが膨れ上がるが、理性がそれを受け入れたがらない。でも、なら何故この人はそんな噓をつくんだ?それもこの俺に。

「そろそろ本庁に戻らなくてはいけない。とても大事な仕事があるんだが人手が足りなくてね。――そこで、君に手伝ってほしくてスカウトに来たんだよ」

 柔和な笑顔で東雲が言った。いつもの表情だが、今日はどこか嬉しそうにも見える。

「なんで――俺なんですか」

 如月は強くなる目眩を堪えながら尋ねた。窓から差し込む夕陽が赤くて、どこか現実離れした感覚になる。

「君には霊感が全くない」

 柔和な笑顔のままで東雲ははっきりと言い切った。

 そりゃそうだ。さっきも言った通り俺は幽霊なんか見た事も触れた事もない。他殺体も自殺もいやという程見ているけど、一度だってその人物が化けて出た事すらない。幽霊なんていないんだから。

「なのに、何故だか君はそういうものに対して拮抗する力を持っているようなんだ。現に――」

 東雲は一呼吸おいて、相変わらず柔和な笑顔で、しかし目つきは鋭く如月を見つめた。

「君には僕の言霊が効いていない」

 如月はわけがわからなかった。


 東雲が言うには、東雲は数百年続く神社の出で、神主の息子なのだと言う。

 若い頃は神主になるものだと信じて修行をしていたのだが、ある日警察になるよう神託を受けて、進路を変更したのだと、まるで天気の話をするような軽さで教えらえた。

 東雲の一族は代々霊能力が非常に高く、その中でも東雲は極めて優秀で、霊力を込めて言葉を発する事で、相手を催眠状態に陥らせることができるのだと言われたときに、如月は先程やたらと目眩が起きた事を思い出した。

「じゃ――じゃあ、さっき目眩がしたのは」

「無意識に私の言霊に対して抵抗していたんだろうね。素晴らしいよ」

 東雲は顔の前で手を合わせて指を組むと、嬉しそうに微笑んだ。

「さて――特殊捜査課の事、僕の能力の事を聞いてしまったわけだが、どうする?忘れてもらおうにも君には僕の言霊が効かないとなると、君に拒否権はないわけだが」

 半ば脅しのような言葉だが、その言葉の奥にそれほどまでに自分を欲してくれている東雲の信頼を感じ、如月は胸が熱くなったのを覚えている。

 そして、自らの意思でこう言った。

「俺は東雲さんを尊敬しています。東雲さんのお役に立てるなら、どこにだってどんな仕事だってお付き合いしますよ」

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