11.あとでメールしよ
✯ ✯ ✯
世界最大のダンジョンは地下6階にもなると魔物のランクがガラリと変わった。
それまでは草食系7割と雑食系3割の魔物の比率だったのが、6階に入ると草食系2割弱と雑食系6割。
そして肉食系が2割強。
ここまでは冒険者が入っていないため、そんな異常な状態になっているようだ。
……どこがおかしいか分からない?
比較的に草食系が一番多いのが自然の摂理だ。
そうしないと、言い方が悪いけど大型の雑食系や肉食系の魔物の餌食が足りなくなる。
そうなれば、同族の弱いもの……例えば妊娠していたり出産直後で弱った雌、幼獣が真っ先に狙われる。
次代に繋がる幼獣が育たなければ絶滅に結びつく。
ダンジョン内なら、魔物は瘴気から生まれるため絶滅はしないけど、それでも個体数は減る。
魔物にとって、冒険者が足を踏み入れない階層は一種の閉ざされた世界だ。
この狭い世界しか知らず、生と死と戦いを繰り返して勢力を拡大していく。
弱肉強食の世界である以上、餌食になる弱者、それを捕食して頂点に立つ王者に分けられる。
そして上から下がるにつれて種の数は増えていく。
……増えなければならない。
同族を滅ぼす同種喰いは、旱魃などの自然災害が起きたときに見られるものだ。
ダンジョン内にそのような魔物の数を減らす環境は用意されていないはず。
「いま僕がさぁ、主に肉食獣を減らしてるのは不可抗力だよねぇ。だって、一方的に僕の結界に突っ込んでくるんだもん」
結界に触れた仲間がそのまま消滅して、逃げ出すのは草食系の魔物。
雑食系の魔物の場合だと逃げ出すのが半数、僕に倒されたと思い込んで突っ込んでくるのが半数。
肉食系の魔物になると、見境なく我を忘れて倒しにくる。
その異常な魔物の恩恵を受けたから文句はないけどね。
「ここに入った頃のレベルは700台だったのにさ。すでに1,300を超えちゃったんだよね。ここの肉食って強すぎるんだもん、結界師ランクが1上がっちゃったよ」
ランクが上がって、僕は『結界師:1』という称号になった。
それによって、結界に触れて倒れた魔物の経験値のうち0.1割、つまり100分の1が僕自身の経験値に上乗せされるようになった。
今回のランクアップの特典はそれひとつ。
次のランクアップで僕は『自分の空間』を持つことが可能になる。
それはいつでもどんな場所でも開くことができる便利なもの。
その中にコテージを置いておけるから、短時間の休憩でも長期の滞在でも空間を開くだけ。
小さい範囲で結界を張るのは、「空間から出たら待ち伏せされていた」という問題から身を守るため。
もちろん結界に触れれば消滅するし、ドロップアイテムと経験値が手に入るのは変わらない。
ただし、何年も先の話だ。
次のランクアップには、結界師レベルを5,000まで上げる必要があるのだ。
正確にはトータルで5,000だから、残り3,700だ。
ポーンッと軽快な音が鳴った。
ステータスにメッセージが届いた合図だ。
この音は僕以外には聞こえない。
結界を張るため周囲を見回すが、ここの階層はゴツゴツした岩山ばかりで、どこにもテントが張れそうな広さの平地は見えない。
「はやく僕だけの空間がほし〜い!」
空から鳥類の魔物が旋回して僕を狙っている。
これで何体目だっけ?
結界をまとっているから、あの尖ったクチバシも鋭い爪も。
僕に届かず結界に触れて消滅していく。
キエェェェェェェェェェ!!!
ギャァァァァァァァァァ!!!
キシャァァァァァァァァ!!!
不意に聞こえた、異なる鳴き声が3つ。
驚いて見上げると、異なる3体の鳥類が爪とクチバシと翼で争っている。
ひとつは旋回していた怪鳥。
もう1体は炎のようなオレンジ色の翼から羽根を散らしながら。
そしてもう1体は、クチバシの端から凍えた息が漏れ出ている。
変異種……だろうか。
左手を弓を持つようにかまえ、見えない矢を番える。
「魔弓術。破魔矢……発射」
ビィィィンと弦を引いていた右手を離す。
シャッという風を切る音で、見えない矢が3体の鳥類に向かって飛んで行ったのを確認した。
魔力で弓矢を作り出す魔弓術。
矢には目標を追尾する機能がつく。
ぱあん!
ぱんっ
ぱっぱぱーん!
破魔矢が当たった魔物が消滅する……オーバーキルだ。
破魔矢に魔物はとことん弱い。
読んで字の如く『魔を倒す矢』なのだ。
そして破魔矢の属性は聖魔法で出来ており、標的にならずに直撃を免れた魔物をも消滅させていく。
「周囲に魔物が寄ってきていたのか」
ステータスを開いて戦闘結果をチェックする。
鳥類が3体、うち変異種が2体。
オークやオークキングという豚種が一番多くて176体。
オーガやトロールという人喰い種が68体。
そして胎児たちも戦闘相手に名を連ねている。
ゴーレムに弱点は1ヶ所。
身体のどこかにある『真理』という文字を守るために様々な鉱石をまとっている。
その部分を破壊したり『真理』から最初の《e》を削って『死』にしないと、何度でも復活する。
そしてまとう鉱石は段々硬いものになっていく。
そのため、何の鉱石を纏っているかでゴーレムの強さがわかる。
これは広大な大地に植物が植わり、百メートルもある高い空に浮かぶ雲。
陽がのぼり沈んでいくように日中と夜も巡り、風も吹いているため錯覚するけど……ここは閉鎖した空間。
独自の進化をしたのか、狭い擬似世界だからこそ起きる弊害か。
「旱魃で同族を食べて生き延びた魔物に変異種が多くみられた。という記録は読んだことがあったな」
戦闘で倒した魔物は自動でカバンに入らない。
珍しい魔物の死骸は、ある特殊な調査機関に高く売れる。
それは僕が生まれた国にあり、調査機関には兄のひとりが働いている。
その関係で、魔物の記録は僕が国を出る前にひととおり目を通してきた。
「あとでメールしよ。っということで【収納】」
戦闘で倒した魔物を丸ごとカバンに収納する。
鳥類以外の魔物の中にも変異種がいる。
鉱石を剥がして土塊に戻ったゴーレム以外は、死骸のまま兄に送って調査してもらおう。
そう思った僕は、鳥類が落下した際に平坦になった大地に結界を張ってコテージを取り出した。




