七不思議研究会
「……だからこそ、おもしろいだけどね」
「お前は本当に酔狂な奴だな」
「えへ、ありがとう」
「はぁ、褒めてないから」
照れたように笑う喜善に半ば呆れながら、國男は頭を振った。
こいつはいつもどこかズレている。天然でズレているのか。それとも、あえてズレを演じているだけなのか、残念ながら國男には判別が付かない。しかし、例えどちらだとしても、絶対に自分は驚かないだろうという自信が國男にはあった。
「それはそうと、佐々木。君はどう思う?」
「お前は俺に聞いてばっかだな。……そもそも、主語がないから答えようがないじゃねぇか」
「ああ、確かにね」
ポン、と喜善は両手を叩いた。
こいつマイペースにもほどがある。國男は意識して顔をしかめた。
「佐々木は、籠女が幽霊だと思う? それとも、妖怪だと思うかい?」
「はぁ?」
「君は七不思議研究会の一員だからねっ! 君の意見を聞いておきたいのさ」
「はぁ!?」
絶句とはこのことか。國男は言葉を失った。
「何を言ってるんだこいつ、バカじゃないのか。そもそも、七不思議研究会ってなんだよ。いつ俺がそんなふざけたものに入会したんだよ。バカじゃないのか。というか、七不思議研究会の名前マジでクソダサいわ。とりあえず、英語にしといたら格好いいと思ってんのか、中二病かよ。バカじゃないのか」
クソッタレな喜善の言葉を心の中で吐き捨てる。しかし、國男の心情は激昂と言うのには、些か生ぬるかった。きっとそれはキラキラと輝く喜善の瞳が、國男にとってあまりにも眩しかったからだろう。
苛立ちと羨望が混ざり合い拗れきったこの感情が、こうも心の均衡を崩すのだ。
「佐々木、おいこら、佐々木。どんだけ罵倒するんだ。止めろよ、僕は結構繊細なんだぞ! 泣くぞ! 泣いてやるかんね!」
「あっ、やべ。本音が声に出てた」
「……しまっといて。本音はしまっといて。心の中にしまっといて。マジでお願いしますよこら!」
喜善が繊細だというのは絶対嘘だ、と思ったことは、さすがに心の中にしまっておくことにした。
「……んん、こほん。あー、話を戻すよ。佐々木は結局どっちだと思うのさ」
「むっ、どっちって……」
――籠女が幽霊か、妖怪か。
國男は籠女の詳しい成り立ちを知らない。いや、正しく言うと幽霊と妖怪の定義を知らないから、籠女が幽霊なのか、妖怪なのか、答えようもないのだ。
どちらも超自然的な存在であることは共通している。違いと言えば……
(人型かどうかか?)
妖怪の外見は多種多様だが、幽霊は基本的に人間の姿をしている。國男が今まで視てきた幽霊は、少なくともそうだった。
(いや、でも妖怪にも人型がいるし)
雪女や濡女を思い浮かべ、眉間にしわが寄る。まぁ、それはとりあえず置いておこう。
今の段階で國男が言える幽霊の定義は、人の姿をしていることだ。そして、場所問わずどこにでもいる。そして、一度執着した者に対して執拗に付きまとう。本当に傍迷惑な存在だ死ね。誤字じゃなく……もう一度死ね。
「幽霊は人の姿をして、場所を問わずどこにでも現れる。一度執着した者を執拗に追いかけるストーカー。後、時間帯は夜が出やすい。逆に、妖怪はそれに当てはまらないものじゃないか? もちろん、例外はあると思うがな」
「……それに当てはまらないとは?」
にやにや、と心底楽しそうに喜善は國男に答えを求めた。
完全に面白がってやがるぞこいつ。オタクが好きなジャンルに対して語り合う方が健全で生産性があるのではないか。頭痛を我慢するようにこめかみを押さえ、舌打ちをひとつ。
「妖怪は外見が限定的ではない。まさに多様性の塊だ。それで現する場所は、大体固定されているんじゃないか? 河童なら川、枕返しなら寝室、垢なめなら風呂とか。後、妖怪は幽霊と違って相手を選ばない無差別テロ主義者。出現する時間は知らんが、ある程度規則性はあるじゃないか?」
「くくっ、あはは、驚いた。さすが、さすがだよ! 佐々木。君、本当に民俗学を学んでいないのかい?」
「民俗学? ……そんなもん知らねぇよ」
「それはもったいないな。民俗学は本当におもしろいぞ」
「興味ない」
「ふーん。今はまあ良いよ」
含みがある言い方に、思わず反論しそうになるがいちいち突っかかるのも体力がいる。
「幽霊と妖怪の違いは、佐々木が言った定義で大体合っているよ。付け足すなら、妖怪は薄明の時間帯、つまり黎明と黄昏時に現れるのさ。また、妖怪と神はセットとしても考えられている。神が零落した姿のひとつが妖怪という説だね。それを踏まえ、籠女は幽霊か妖怪か。佐々木はどう思う?」
「……籠女は女子生徒の姿をしているから幽霊。でも、旧校舎という場所に憑いていると考えると妖怪。襲う対象が女子生徒に限るという点は幽霊。時間帯は……」
「籠女は夕方、つまり黄昏時に出るんだよ」
「そうであるなら、妖怪だ。籠女は、幽霊でもあり、妖怪でもある? ……ああ、そうか。本来、籠女は幽霊だったが、妖怪としての条件も満たしていた。だからこそ、旧校舎に縛られて抜け出せなくなったとも取れる。……正直、卵が先かにわとり鶏が先かみたいな話だけどな」
「なるほど、おもしろい。おもしろいよ、佐々木。君は最高だ! やっぱり君は七不思議研究会に入るべきだよ!」
喜善は笑った。
「はっ、俺はおもしろくないが? あと、入ってたまるか」
國男は嗤った。