表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

はじまりの夕暮れ

 



「なぁ、佐々木。水橋(みはし)学園七不思議って知ってるか?」


 昼休み机に突っ伏し眠ることは、佐々木國男にとって学校で唯一幸せと感じる時間であった。故に、頭上から降ってきた声を無視した。邪魔されて堪るかと、ぐっと歯を食い縛った。


「なぁ、佐々木。起きてるだろう?」


 ――無視。


「おい、おーい、佐々木、佐々木、佐々木ぃ!」


 ――――無視。


「なあなあ。こら、早く顔を上げろよ。佐々木、佐々木~っ!」


 ――――――む、し


「ぐっ、だああぁ、うるさいっ!」


 限界だった。

 國男は机から顔を上げ、飄々とした表情を浮かべる折口喜善(おりくちきぜん)を睨み付ける。


「何だ、やっぱり起きてるじゃないか」


「ふざけんな。あんだけ叫ばれたら誰だって起きる」


「そんなことより、どうなんだよ。佐々木は七不思議のことを知ってるのか?」


「そんなことよりって、お前な後で覚えとけよ。……で、七不思議って、動く人体模型とかそんやつだろ?」


「それは、一般的な七不思議だ。僕が言ってるのは、水橋学園七不思議だよ」


「……知らん」


「ふふん、なら教えてやるよ」


「別にいい、興味ない」


「まぁ、そう言うなよ」


 國男の言葉を無視して、語り続けようとする少年を心底鬱陶しいと思った。

 喜善はどこまでもマイペースで、空気を読まない。いや、彼はあえて空気を読まないのだろう。何故って、そうした方が楽しいからだ。それ以上でもそれ以下でもなかった。


 楽観的な快楽主義者が一番厄介な存在である、と國男は喜善から学んだのだ。一生学びたくはなかった、今でも思っている。


 國男が黙り込んだことに気分を良くして、喜善は言葉を続けた。



『中庭の蠢く影、ずっと離れず付いてくる』


『回廊さ迷う白装束、手に持つ斧は真っ赤か』


『世にも綺麗な桜の木、そこに何が埋まってる?』


『渡り廊下の先の先、未知の屋敷へご招待』


『プールの水底、揺蕩う赤子、お迎えはまだ来ない』


『家庭科室の料理人、肉をさばいておもてなし』


『旧校舎のかごめかごめ、回りに回って終わらない』



 そこまで言って、喜善は國男を見やった。


「これが三橋学園七不思議だ」


「……ぶっそうなもんばっかだな」


「七不思議ってそんなもんだろ。だから、面白いんだ」


「そんなもんか」


 頷く。


 共感した訳ではない。ただ、話が長くなりそうだったから、素直に反応してことを早く進めようとしただけだった。


 最初から無視して教室を出たら済む話なのだが、それはあまりにもな対応だと思う程度の良心は持ち合わせていた。だからと言って、相手のノリに付き合う善人にはなれない。


「佐々木っていつも冷めてるね。もっと熱くなれよ」


「低燃費と言ってくれ。というか、お前が暑苦しすぎんだよ」


 そうかな? と、首を傾げる喜善に嫌気が差し、國男はしかめっ面では腕を組んだ。


「……で、折口。そんなこと言うために、お前は俺を叩き起こしたのか?」


「いや、これは前置きだよ」


「なんの?」


 喜善は國男の質問に対して、人の悪い笑みを浮かべた。只の笑みじゃない、満面の笑みだ。嫌な予感がする。


「僕はね。この七不思議を解き明かしたいんだよ!」


「……そうか、頑張って解き明かしてくれ。勿論、ひとりでな」


「それで、佐々木には僕を手伝って欲しいんだ」


「おい、折口。お前、俺の話を聞いてたか?」


「うん、聞いていたとも。聞いた上で、聞かなかったことにしただけだよ」


「一番たちが悪い」


「さて、佐々木も納得してくれたところだし、行こうか」


「納得してない」


「今から全てを回るのは不可能だから、まずはひとつに絞ろうと思う」


「こいつ……はぁ、もう好きにしてくれ」


 頭が痛い。顔をしかめる國男を気にも止めず喜善は、好きにするとも、と大きく頷いた。


「……で、最初は順番通りでいくと中庭か?」


「いや、旧校舎に行こうと思う」


「旧校舎?」


「うん。僕は好物は最初に食べる派なんだ」


「つまり、旧校舎の七不思議が一番興味があるってことか」


「そうとも言うね」


「そうとしか言わねぇよ」


 溜め息を短く吐き、頭を掻いた。それから、諦めをない交ぜた瞳で喜善を見やる。


「さっさ終わらせよう」


「楽しみだね」


「…………」


 数秒の沈黙がせめてもの反抗だった。


「うん、じゃあ行こうか」


 軽快な足並みで歩く喜善の後ろ姿に、國男はふとした疑問を投げ掛けた。


「――なあ、何で俺だったんだ?」


 一拍おいて、喜善は首だけ振り向いた。


「あんまり深い意味はないんだけど。……しいて言うなら、君がいつもつまらなそうにしてたから、かな。佐々木ってさ、気が付けば顔を伏せてるよね。ねぇ、何か見たくないものでもあるのかい?」


「……っ、別に」


 唇が微かに震えていた。その事を自覚して、唇を噛む。お前に俺の何が分かる、國男は吐き捨てるように心の中で毒付いた。


「……ふうん。まあ、良いけどね」


 たいして興味がなさそうにそう呟き、喜善は教室を後にした。


「くそ、人の気も知らないで……っ!」


 自分勝手で、独善的、刹那の快楽を何よりも尊ぶ……誰によりも人間らしい人間。




 ――――何て、羨ましい。




 國男はどこか昏く淀むような眼で笑った。




学校の怪談や七不思議にワクワクするタイプ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ