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紹介状を握りしめ



神に祈る……か。もしそれで

 働いてる先の屋敷にすぐに戻るために、一泊せずそのまま駅に向かい、なんとか取れた汽車の三等車に乗り込む。何駅か先で同じ両車に若い男女が安堵の表情で、体を寄せあい乗って来るのが見えた。近くで見ると、女性のお腹は膨れていて、妊婦だと分かる。

「席をどうぞ」

 これからますます寒くなる時期から、しかも身重で出かけるのは、よっぽどの理由があるのだろうか。旅は長いのだろうか。促された二人はお辞儀をし、男が身重の妻の背中に手を回し、支えるようにして空いた一席に座らせる。そんな光景を少し見守っていると、いたたまれなくなった。僕が出来なかったことがそこにある気がして、窓へと思わず目を逸らした。


 そこにいる二人のように、ライアが何処かで誰かと幸せでいてくれたなら、僕はそれで良かった。勝手に思っていたんだ。ずっとライアはあそこに居て、妹や弟たちと幸せでいると。みんなを元気にするライアがいるなら孤児院は大丈夫。僕が横にいなくてもライアは大丈夫だって。

 僕が外から守り、ライアは中から守る。そんな暗黙の了解のような意思が僕らの間にはあった。


 だけど、本当に僕はやっていたのか? 手紙も送らず顔を出さずに。仕送りをしてるだけで守れてる気になっていた。結局、遠くに居たんじゃ何も守ってやれなかった。こんなつもりじゃ、こんなはずじゃなかった。


 酒場の店主が「あの年少だった小さいマイケルが今じゃ年長になってよ、ライアが居なくなってしまった後に頑張ってたんだぜ」と、話していた。


 その上の歳の子達は、もう孤児院を出ていてマイケルの下の歳の子たちは僕の知らない弟達なのだろう。マイケル一人で下の子たちを守り、みんなバラバラになっても良いから、他の入れる孤児院を一人一人のために探し回っていたと。


 みんなを養うには賄いきれない、僕のしがない仕送り額。ためになっていたと、マイケルが言ってくれてたらしいが、本当に大変な時に助けに行かなった僕は、無能と同じだ。

 今の僕には、顔の知らない弟達がどこかで生活出来ていることを、願うしかなかった。いつかは孤児院を出なきゃ行けない歳が来る。それでも、突然家を失うのはとても怖かったと思う。まして、みんな小さいんだから尚更。


♪♪



「お休みを頂き、ありがとうございました」

「それで、収穫はあったのか?」


 屋敷に戻り、教授に帰ってきた挨拶を済ませると、使用人であるはずの取るに足らない僕を気にかけられた。孤児院を見に行きたい話すと、休みを許可してくれまでした。この家は、屋敷とは言えるほど貴族のような豪邸ではなく、庶民よりは良い家だ。


「嫌な予感はしてましたが、孤児院はもうありませんでした」

「……そうか、お前の家が。悔しいだろ」

「はい……。これで2回目になります」


 家と言っても僕が孤児院に居たのは一年だけだった。五年間一度も帰ってないのに、それをまるで実家が無くなったかのように感じるのは、自分でも不思議だと思った。



 酒場で店の手伝いをしていた時に、たまたま客として来たのがこの教授だった。使用人を一人探していたのと、その時僕も孤児院を出たいと思っていたタイミングが上手い具合に重なった。

 孤児院の家族のために、働かせて欲しい。そう願い出て住み込みで雇ってもらったのは僕が十五のときで、なんの経験も持たない底辺に生きる僕を採用してくれた人だ。

 孤児院で生きてきた僕が、字を書き、読むこともできる。つねに背筋の伸び、所作もできることを褒められた。スリと言った悪癖もない。まだ少年とは言え、いずれ男の使用人を連れて歩けば、女の使用人よりも泊がつく。僕を眺め、「存外、掘り出し物かもしれんな」とそう言われた。おかげで、あの東のはずれの街で無い仕事を辛うじて見つけるよりも、多く稼げ、これまで孤児院に仕送りできた。


「先生には感謝しています」

「なにか、したいことがあるんだな」


 余計な気遣いは要らない。回りくどく言わなくて言い、と効率の悪さを嫌う教授はすぐに本題にはいるように促した。


「はい。家族を探しに行かないといけないんです」


 慣れない仕事をやっと覚えたかと思えば、さっさと転職をしたいと言い出したにも関わらず、なにかを察するように、静かに僕に耳を傾ける。僕なんかに勿体ほどだ。


「大切な家族、か。家を失い、せめてその子だけは助けたいか」

「はい」


 失う前に、会いに行った方がいい。教授は僕に聞かせる気のない声でつぶやいた。


「ならば、引き止めることはできまい。……良かろう。すぐに紹介状も書いてやる。持っていけ」



「上手く取り入れられろよ」

 お前なら心配しなくても、大丈夫か。そう言ったあと、困ったように笑って続けた。


「むしろ、貴族だったお前が私のような爵位のない男が所有できたのは、勿体ない話だったよ。今までありがとう」

「そんな! 先生が職を与えてくれたのは、僕の方が感謝してるくらいです。それに僕は貴族でもなんでもないですから」

「お前は丈もよく伸び、この私にも従者が居る家だと自慢だった。身長はいくつある?」

「」

「そうか。きっと、いいフットマンになれる」

「はい」

「そんな顔するな。フロンと初めて会って話した時から、この屋敷を出て家族の所に帰る日が来るって思っていたよ。なにかしでかすってな」

「しでかすって……」

「くくく。とにかく分かっていたよ、お前のやりたいことをやりなさい」




 普通は一ヶ月前程に辞職願いを言うものだけど、今すぐにでも出立したい僕の我儘を汲み取り、一週間で送り出してくれた。その間に、できる限りの仕事を終わらせ、また向かう屋敷に手紙を出した。先方の執事との面接まで話は進む。


 僕は教授にどの言葉も、適するものが見つからずただ深く、深く頭を下げた。

「もうすぐ冬だ。風邪には気をつけろ」

 健康にはどうかお気をつけて。そう言う前に、先に言われてしまった。



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