初恋の幼馴染に「彼女がいる」って嘘をついたら、「二番でもいいから!」と号泣された。今さら「嘘でした」だなんて言えない。
いつものラブコメ書きたい病です(定期
「じ、実は俺、付き合ってる女の子がいるんだよね」
「え……?」
そう告げた瞬間、後ろから低い声が聞こえたので振り返ると……一歳年上の幼馴染、“中原巴”が絶望の表情を浮かべながら立ちすくんでいた。
「と、巴姉!?」
「た、“匠”! 今の話はどういうことだ!?」
「わ!? ちょ!?」
巴姉に両肩をガシッとつかまれ、俺は思いっ切り揺さぶられる。
だけど……さて、困ったぞ?
さすがにこの状況で『実は付き合ってる女の子なんかいない』なんて、さすがに言えない……。
で、なんでこんなややこしい状況になっているかというと、発端はこうだ。
◇
「なあなあ、“今井”って、誰か付き合ってる奴とかいねーの?」
今日の昼休み、幼馴染でイケメンでサッカー部の不動のボランチ、“今井護”とクラスメイト数人で、教室で昼メシを食ってる最中、そのクラスメイトの一人が軽い感じで尋ねた。
「んー……今んとこフリーかな……」
真剣に悩んだ表情を浮かべて天井を仰ぎながら、護が答えた。
「えー? 今井くんに彼女がいないって、信じられないんだけど?」
「そうそう!」
おーおー、女子共が早速食いついてやがる。
これでますます、護の争奪戦が熾烈を極めることになるなあ。
「というか、このままだと血の雨が降りそうだから、護もいい加減彼女作れよ」
俺はジト目で睨みながら、護にそう告げる。
大体、コイツが彼女作らないせいで、俺だってとばっちり受けてるんだぞ?
やれ護の好みのタイプはどうだとか、好きな子はいるのかだとか、一緒に遊びに行くように誘えとか、幼馴染の俺はいいように使われてるんだよ……。
「そういうお前はどうなんだよ?」
「ハア!?」
護からそう返され、俺は思わず変な声を出した。
つか、なんで俺が自分の恋愛事情を話さねーといけないんだよ。まあ、付き合ってる奴はいないけど。
「あ、俺はいるぞ」
「俺も俺も」
すると、他の男子連中がカミングアウトしやがった!?
チクショウ……どうせ俺には、彼女なんかいねーよ。つか、背も低くて成績も運動神経も平凡、さらにモブ顔の俺が、そう簡単に彼女を作れるなんて思うなよ?
それに……俺には、好きな女性がいるし。
まあ、その女性は俺なんて出来の悪い弟くらいにしか見てないけどな。
「あはは、さすがに“木曽”くんにそんなこと聞いたら可哀想じゃん?」
女子の一人が、笑いながらそんなことを言いやがる。
つか、俺に彼女がいないのは確定かよ。そうだとしても気を遣えよ。
「で、どうなんだ?」
護の一言で、みんなが一斉に俺を見た。
く、くそう……! なんだか悔しいぞ!
ということで。
「じ、実は俺、付き合ってる女の子がいるんだよね」
◇
……で、今のこの状況ってワケだ。
いや、確かに見栄を張った俺が悪いんだけど、まさか俺の後ろに巴姉がいただなんて……。
「そんなことはどうでもいい! それよりも、匠の彼女とは一体誰だ! どうして彼女なんか作った!」
「うぐう」
矢継ぎ早に巴姉に問い詰められ、俺はしどろもどろになってしまう。
「大体、匠に彼女だなんてまだ早い! 私の目の黒いうちは、そんな彼女なんか認めないからな!」
その言葉に、俺はカチン、ときた。
なんだよ……なんで俺の恋愛に関して、そこまで巴姉に干渉されないといけないんだよ……!
「……別にいいだろ。巴姉には関係ねーし」
「っ!?」
吐き捨てるようにそう言うと、巴姉がヒュ、と息を飲んだ。
そして。
「っ! もういい!」
巴姉は、そのまま教室を出て行ってしまった。
「匠……さすがに謝っといたほうがいいんじゃないか……?」
護の奴が心配そうに言うけど、俺は謝るつもりなんかない。
そもそも、巴姉がいつまでも俺のことを弟扱いするからいけないんだよ。
「……早くメシ食おうぜ」
「お、おう……」
ふてくされながらそう言うと、気まずい雰囲気の中、俺達は昼メシを済ませた。
◇
「ん?」
家に帰ってからベッドに寝転がっていると、突然スマホが鳴った。
放り投げてあったスマホを手に取り、画面を見ると……巴姉からのメッセージだった。
「ええと……『今すぐ、ベランダに出てほしい』……?」
俺はメッセージの指示通りにベランダに出る。
すると。
「や、やあ……」
普段着に着替えた巴姉が、気まずそうにしながら隣の家のベランダに立っていた。というか、マンションの部屋が俺の家と巴姉の家で隣同士だからなんだけど。
それにしても……巴姉の普段着、破壊力がすごすぎる。
まあ、巴姉は綺麗な藍色の長い髪を巫女さんのような垂髪にし、琥珀色の瞳に整った鼻筋、艶やかな桜色の薄い唇。ハッキリ言ってうちの学校で一、二を争うほどの美人だもんな。
オマケにスタイル抜群、二年の中でトップの成績に加えて弓道部の部長という、文武両道のまさに完璧超人ときてる。
「それで巴姉、何の用?」
俺はわざとぶっきらぼうに尋ねる。
「そ、その……昼休みのこと、なんだが……」
「ああ……」
またその話をぶり返すのかよ……。
どうせ、また同じように似合わないだの認めないだの、保護者気取りで言いたい放題なんだろ?
……人の気持ちも知らないで。
「悪いけど、そんな話なら俺には用はないから」
「あ……待って……っ!」
巴姉の呼び止める声を無視し、俺は部屋の中に戻った。
◇
「ふわあ……」
次の日の朝、身支度を済ませた俺は扉を開けて家を出ると。
「お、おはよう……」
何故か巴姉が、家の前にいた。
「あ、あれ? 巴姉、この時間は朝練に行ってるんじゃ……?」
「あ……そ、その、今日は休んだ……」
「そ、そうなんだ……」
うう……昨日の一件があったから気まずい……。
「そ、それより、その……ひ、久しぶりに、一緒に学校に行かないか……?」
「へ……?」
珍しいこともあるもんだな。
ま、まあ、小学校の時はいつも一緒に通ってたんだし、別に不思議じゃ……うん、不思議でしかない。どういう風の吹き回しだよ。
「い、いいけど、もう俺の彼女の話はしないよ?」
「も、もう何も言ったり聞いたりしない!」
何か言われる前に先手を打つと、巴姉が真剣な表情で詰め寄りながらそう言った。
だけど……あれ? 巴姉のまぶた、少し腫れてる……。
「巴姉……そのまぶた、どうしたの?」
「っ! べ、別になんでもない!」
巴姉が、プイ、と顔を背けてしまった。
「さ、さあ、早く行こう!」
「わ! ちょ!?」
そして俺は、巴姉に引きずられるようにして、学校へと向かった。
◇
――キーンコーン。
「匠! 一緒にご飯を食べよう!」
昼休みのチャイムと同時に、なんと巴姉が教室に飛び込んできた。
いや、さすがに早すぎじゃない!? 授業を途中で抜けてきたとしか思えないんだけど!?
「……匠、今日は巴姉とメシ食いに行ってこい」
俺の傍に来た護が神妙な面持ちでそう耳打ちすると、ポン、と肩を叩いた。
……まあ、昼メシくらいいいか……。
席を立ち、俺はカバンから弁当を取り出して巴姉の元に駆け寄る。
「ごめん、お待たせ……って」
よく見ると、巴姉が弁当を二つ持っていた。
「あ、そ、その……ちょっと作り過ぎたから、匠に食べてもらおうかと思って……」
「う、うん……」
ええー……まさか、巴姉が弁当を作って来てくれるとは思わなかった……。
本音を言うと、メッチャ嬉しい。というか嬉しい。
「だ、だけど、匠が当然弁当を持ってきていることを失念していた……」
「な、何言ってんの! 高一男子なら、弁当の二つや三つ、余裕だって!」
落ち込む巴姉を見て、俺は思わず大声でそんなことを言うと。
「ホ、ホラ! 早くメシ食いに行こうよ!」
「あ……ふふ、そうだな」
俺が巴姉の腕を引いて教室の外へと出ると、普段の様子に戻った巴姉がクスリ、と笑った。
まあ……巴姉は笑ったほうが可愛いからな。
ということで。
「う、うん、やっぱり中庭で食べたほうが気持ちよさそうだな」
「そ、そうだね」
中庭に来た俺達は、早速ベンチに座ると。
「ほ、ほら!」
巴姉が、弁当の包みを開けて手渡してくれた。
「おお……!」
蓋を開けた瞬間、俺は感嘆の声を漏らす。
だ、だって、中に入っていたのは、玉子焼きにコロッケに、ミートボールに……全部、俺の好物ばかりだった。
「と、巴姉、これ……」
「あ、う、うん……匠、このメニューが好きだっただろう?」
そう言うと、巴姉は照れくさそうにはにかむ。
くそう、やっぱり巴姉は可愛いなあ……しかも、ちゃんと俺の好物を覚えてくれてただなんて……。
「さ、さあ! 食べてみてくれ!」
「う、うん! いただきます!」
俺は箸を取り、勢いよく弁当に突撃した。
よし! まずは玉子焼きだ!
「はむ……おお……美味い……!」
「ほ、本当か!」
「うん! 俺の好きな、甘い玉子焼きだよ!」
くそう! こんなの、箸を止められねえ!
コロッケも弁当なのにカリッとしてて美味いし、ミートボールだって俺の大好きな味付けだ!
「はは……巴姉、完璧かよ!」
「あ……うん……ま、まあ、私はずっと匠を見てきたからな……誰よりも」
あー……確かに、巴姉は見てきたよな。
俺を、弟として。
「……ご馳走さま」
「あ……も、もういいのか?」
「うん。俺の持ってきた分は、また帰ってからでも家で食べるよ」
そう言うと、弁当の蓋を閉じて巴姉に返した。
半分近く、残して。
◇
――キーンコーン。
放課後になり、みんなが帰り支度を始める。
「さて……俺もとっとと帰ろー……と思ったら……」
「匠、そ、その、一緒に帰ろう」
何故か、巴姉が教室まで迎えに来てた。
「いや巴姉、部活はどうするんだよ」
「あ、ああ……しばらくは部活を休むと伝えてあるから、心配することは……「いや、心配するだろ!」」
巴姉の言葉に、俺は思わず声を荒げた。
ホント、何してんだよ……。
「だ、だが、本当に大丈夫なんだ。な、なあに、別に弓道だって、単なるお遊びでしてただけなんだし、三年になったら受験もあるし、ちょうどいい引き際だから……」
嘘吐けよ。
じゃあなんで、そんなにつらそうな顔してんだよ。
「……今日はこれ以上言わないけど、明日からちゃんと部活に行かなかったら、それこそ絶交するかんな」
「う……」
俺に叱られ、巴姉はシュン、としてしまった。
本当に、どうしちまったんだよ。
いつもの巴姉ならそんな馬鹿な真似、絶対にしたりしなかったのに。
すると。
「おーい、匠、巴姉」
一切空気を読まない護が、笑顔で俺達の元に駆け寄ってきた。
「んだよ」
「おう! 今からサッカー部のマネージャー達とカラオケ行くんだけど、二人共行かない?」
「「は?」」
俺と巴姉は、キョトン、としてしまった。
いやコイツ、部活サボった挙句マネージャーまで連れ回して何してんの?
「あ、サッカー部に関しては、今日は休養日ってことで練習ないんだよ。ホラ、来週から冬の選手権の予選があるから」
あー……そういうことね。
「わ、私は……」
すると巴姉は、俺の顔を窺う。ひょっとして、俺の答え待ち?
「まあまあ、匠は当然行くよな?」
そう言うと、護の奴は強引に肩に腕を回してきやがった。
なんだよ、逃がさないって意思表示か?
「……それに俺、お前の彼女が誰か分かったかも。もちろん、今日のカラオケにも誘ってるぞ」
「っ!?」
護が小声で耳打ちした瞬間、俺は息を飲んだ。
え? 俺の彼女がカラオケボックスに? バーチャルなのに?
俺は護の顔を見ると……うわあ、メッチャニヤニヤしてやがる……。
「あーもう! 分かったよ! 行けばいいんだろ!」
「モチロン! ということで、巴姉も行くよな!」
護は俺に向けてサムズアップをすると、同様に巴姉にも尋ねる。
「あ、ああ! 匠が行くなら、私も行くぞ!」
「よし! じゃあ今から三十分後、駅前の『トダックス』に集合な!」
そう告げると、満足した護は教室を出て行った。
「はは……と、巴姉、よかったの?」
「も、もちろん! それに……匠の彼女にも……(ボソッ)」
最後はちょっと聞き取れなかったけど、まあ……いっか。
◇
俺と巴姉は、駅前の『トダックス』にやって来たんだけど……。
「おう! コッチだ!」
そう言って入り口で手を振る護。恥ずかしいからヤメロ。
だけど、それ以上に気になることがある、
サッカー部のマネージャープラスアルファで、護を除いて全部で五人いるんだけど……。
「な、なあ護、他の男子は?」
「ん? いや、俺とお前だけだけど?」
「ハア!?」
な、なんだよそれ……。
「こ、こんなメンツで、よく女子達が来たな……」
「まあな」
護はニッ、と口の端を持ち上げた。
あー……イケメンはいいなー……だけど、そうなるとますます俺の彼女はいないってことかなー……いるわけないけど。
「ふふ、匠とカラオケなんて久しぶりだな」
「あははー……かもね」
巴姉が、そう言ってクスリ、と微笑む。
というかカラオケなんて、お互いの家族同士で、しかも小学生の時にしか行ったことないからチョット違う気がするけど。
てことで、俺達は手続きを済ませて部屋の中に入った。
◇
「た、匠は歌わないのか?」
護が三回目の曲を歌い始めた時、隣に座る巴姉が俺の顔を覗き込みながらおずおずと尋ねる。
まあ、歌わないのかと聞かれれば、正直歌いたくない。
だって、マネージャーの人をはじめ、みんな護にアンコール出してばっかりで、俺達が入る余地ないし。じゃあなんで俺と巴姉、ここにいるんだ? 帰りたい。
「そういう巴姉こそ、いつもの曲歌わないの?」
質問に質問で返すみたいな感じになったけど、巴姉にはいつも口ずさむ好きな歌があるからなあ。
「ふふ、私も今日は遠慮するよ」
そう言うと、巴姉は苦笑した。
いやホント、絶対に俺達来た意味ないじゃん……。
ハア……やっぱ帰ろ……。
「巴姉、ちょっとトイレ行ってくる」
「あ、う、うん。気をつけてな」
カラオケボックスは、気をつけるようなところじゃないけどなー。
ということで、俺は部屋を出てトイレに真っ直ぐ……「木曽くん」……ん? 木曽くん? って、俺か。
名前を呼ばれたので振り返って見ると、同じ一年でサッカー部マネージャーの“藤原”さんだった。
「ええと……何か用?」
俺はトイレに行きたい気持ちを我慢し、おずおずと尋ねた。
だって、ひょっとしたら俺への告白……はないな。どうせいつものだろう。
「その……実は私、今井くんのことが好きなんだけど……」
ホラ、やっぱり。
また俺をメッセンジャーにでもして、護と付き合うように協力しろってことだろ。
もしくは、護の個人情報でも知りたいのかなあ。もう慣れた。
すると。
「お願い……協力して……?」
「っ!?」
突然、藤原さんが俺に抱きついた!?
イ、イヤイヤ、護のことが好きなんだろ? なのになんで、こんな真似をしてるワケ!?
「……うふふ、これで木曽くんは私に協力しないといけないよね? だって、彼女いるでしょ?」
「へ……?」
藤原さんは一瞬で離れ、俺と藤原さんが抱き合ってるところをバッチリ撮影したスマホ画面を見せる。
あー……そこまでするかー……。
だけど。
「コレ、逆に護の奴に知られたら、藤原さんのほうが困るんじゃないの? さすがに彼女持ちの俺に抱きついて、『護のことが好き』なんて言っても、引くだけだし」
「うふふ、まさか。だって、木曽くんに無理やり抱きつかれたって言えばいいんだから」
ふうん……まあ、俺の言葉なんかよりコイツの言うことのほうを信じるかあ……。
「だけど、断る」
「どうして? 私に協力してくれたら、私だって木曽くんの恋愛に協力してあげるのに」
「いらねーよ。大体……っ!?」
いつの間にか、部屋の扉の前に目を見開いた巴姉がいた。
あ、コレって勘違いされてるパターンだ。
そして。
――タッ!
巴姉が、勢いよくどこかへ走って行ってしまった。
「とにかく! 俺は協力しないからな! その写真も、見せるんなら勝手に見せろ!」
「あっ!」
藤原を置き去りにし、俺は巴姉を追いかける。
というか、弟に彼女がいるのが、なんでそこまで気に入らないんだよ!
店を飛び出して周辺を探し回るけど、巴姉の姿は見当たらない。
「……まあ、家に帰ってるか」
俺はまたカラオケボックスに戻ると。
「護、悪いけど俺、帰るわ」
「ええ!? もうちょっと一緒に……」
護の制止も無視し、俺は巴姉のカバンも一緒に持って部屋から出た。
◇
「え? 帰ってない?」
「そうなのよ……」
巴姉の家にカバンを持っていくと、おばさんが出てきてそう告げた。
……てっきり先に帰ったと思ったんだけどなあ……。
「匠くん、あの子のカバンを持ってきてくれてありがとうね」
「いえ……」
俺はおばさんと別れ、家に帰るなり自分の部屋に直行した。
「ったく……巴姉もどこ行ったんだよ……」
俺はポケットからスマホを取り出し、電話をかけてみるんだけど……。
「出ない……」
そうすると、今度は不安ばかりが押し寄せてくる。
巴姉に、何かあったんじゃ……。
俺はスマホをポケットにしまうと、家を飛び出した。
でも、巴姉が行きそうな場所といったら……あそこしか考えられない。
そう考えた瞬間、俺はただひたすらにその場所へと向かう。
そして、その場所に到着すると……いた!
「巴姉!」
「っ!?」
思い出の場所である近所の公園のブランコに座っている巴姉を見つけ、俺は大声で呼ぶ。
すると巴姉は、驚いて肩をビクッ、とさせた。
「……巴姉、帰ろう」
「……嫌だ」
巴姉が、大きくかぶりを振って拒否を示す。
何というか、まるで子どもがイヤイヤしてるみたいだな……って。
よく見ると、巴姉は泣いていた。
「た、匠……カラオケボックスで抱き合っていたあの子……あれが、匠の彼女、なんだろう……?」
「へ……?」
巴姉の言葉に、俺は気の抜けた声を出してしまった。
あー……まあ、あんなの目撃したら彼女だって思ってしまうかあ……。
「巴姉違うよ。あれは……「嘘を吐くな!」」
ちゃんと説明しようとしても、巴姉は聞く耳は持たないとばかりに、俺を睨みつけながら怒鳴った。
琥珀色の瞳から、大粒の涙を零しながら。
「だって……だって、護が言ってたじゃないか! 今日のカラオケに、匠の彼女もいると!」
「あー……」
あの時の会話、巴姉にバッチリ聞こえてたのかあ……。
だけど……どうする? 実は彼女がいるってのは嘘だってことをバラすか……?
「ホラ見ろ! 何も言えないじゃないか! やっぱりあの子が、匠の……匠の……っ!」
「ハア……」
俺の話も全く聞かず、勝手に勘違いして泣いて……。
何だよ……巴姉は、結局何が言いたいんだよ……!
「なあ、巴姉……そもそも、俺に彼女ができて何が問題なんだよ」
「え……」
俺はイライラしてしまい、巴姉にそんなことを言い放つ。
「なあ、教えてよ……巴姉が弟扱いする俺に、彼女がいたらどうなんだよ! そんなの、巴姉には関係ないだろ!」
今まで溜まっていた不満が一気に爆発し、俺は巴姉を怒鳴った。
「じゃあ何か? 俺は巴姉に自分の彼女を決められないといけないのか? 何様だよ!」
「あ、ち、違……「違わないだろ! じゃあなんで、俺の彼女のことにそんなに干渉しようとするんだよ! これ以上、巴姉の姉ごっこに付き合ってられないんだよ!」
もうこうなったら止まらず、俺の口が次から次へと巴姉に怒りをぶつける。
本当は、弟なんかじゃなくて、一人の男として見てほしいのに。
そうしてくれれば……俺だって踏ん切りがついて、こんな初恋から……ただ苦しいだけの片想いから決別できるのに……。
なのに。
「なのに! 巴姉は俺の世話ばっか焼こうとして、いつも俺につきまとって! これじゃ……これじゃ、俺も前に進めないよ……っ!」
そう言うと、俺の目から涙が溢れる。
制服の袖で必死に拭っても、一向に止まらない。
すると。
「ごめん……なさ、い……」
巴姉は、震える声で謝った。
何に? 一体何に対して謝ってるんだ? 分かんねーよ!
「私……私、匠に彼女ができたって知って、気が動転して……だって、いつもずっと一緒にいた匠が、この私から離れちゃうんじゃないかって、そう思って……」
ふうん……自分勝手、だな……。
結局は、弟離れできないだけじゃんかよ……。
「そうしたら、急に怖くなって、匠がいなくなったら、私の価値なんて何も残ってなくて……!」
巴姉は、つらそうな表情でキュ、と唇を噛む。
「ハア……何言ってんの? 巴姉は生徒会の副会長で、弓道部の部長で、美人でスタイルも良くて、成績だってトップで……なのに、『価値が残ってない』ってどういうこと? 何もない俺への当てつけ?」
「違う! そんなもの……そんなもの、私を見てくれる人がいなかったら、何の意味もないじゃないか! そんなの……ただ虚しいだけじゃないかあ……!」
そう言うと、巴姉はとうとう号泣してしまった。
大体、俺が巴姉を見るって……確かに、いつも巴姉を追っかけてたけど……。
「だったら……誰か巴姉のこと見てくれる彼氏でも作ればいいじゃん……」
「嫌……嫌だよお……私は……私は、匠に見てほしいんだもん……」
いつもの口調とは打って変わり、巴姉は縋るように声を出した。
「そんなの……ただのワガママ、だよ……」
そう呟いた、その時。
「っ!?」
「お願い! 私は匠にとっての二番でもいいから、匠の傍にいさせてよお……! 悪いところがあったなら全部直す! 匠がしてほしいことがあるならなんだってする! 私は……私は、匠が好きなんだ! 誰よりも、どんな男なんかよりも匠が一番好きなんだあ……!」
突然、巴姉が抱きついてきたかと思うと、大声でそんな告白をした。
だけど……巴姉が、俺のことを好き……だって……?
「と、巴姉……それって、あくまでも弟として、だよね……?」
「違う……違うっ! 私は一人の男として、匠が好きなんだ! 今回のことで、それがよく分かった! だから……お願い……!」
おずおずと尋ねる俺に、巴姉が言い放った言葉。
俺がずっと欲しくて、聞きたくて、焦がれてた言葉を、こんな形で聞く羽目になるなんて……。
だけど……どうしよう……。
さすがにこの状況で、今さら『彼女がいるっていうのは嘘でした』なんて言った日には、俺の明日がどうなるか分からないぞ……?
「そ、その……巴姉……」
「っ! い、嫌だ! 絶対に離れないっ!」
俺が突き放すと思ったのか、巴姉が必死で俺にしがみつく。
もうこうなると、絶対に俺の言葉は聞いてくれないし、信じてもらえないだろうなあ……。
「わ、分かった……俺のことをもう弟扱いしないなら、その……い、今まで通り……」
そう告げた瞬間、巴姉は勢いよく顔を上げた。
「う、うん! 絶対に弟扱いなんかしない! 約束する!」
「じゃ、じゃあそういうこと、で……」
「嬉しい……嬉しい、よお……!」
巴姉は俺の胸に顔をうずめ、しばらくの間泣き続けた。
こ、困ったなあ……。
◇
「行ってきます」
あんなことがあった次の日の朝、いつものように家を出ると。
「お、おはよう」
巴姉が、家の前で待ち構えていた。
「お、おはよう……ところで、一応聞くけど朝練は……?」
「そ、その、サボった……」
あー……俺と一緒に行くためだってのは嬉しいけど、さすがにどうかと思う。
「巴姉……ちゃんと部活には行かないと」
「だ、だけど、そうしたら匠は、彼女と学校に行く、んだろう……?」
そこを気にしてたのかー……俺の彼女、バーチャルだからそんなことあり得ないのに。
「……絶対に彼女と朝一緒に通ったりしないから」
「あ、朝は分かった。だけど、放課後は一緒に帰ったりするんだろう……?」
「それもしないから! だから、ちゃんと部活には行くこと! いい?」
そう告げると、巴姉はパアア、と満面の笑みを浮かべた。
「う、うん! それなら、匠の言う通り部活にも行く!」
「そうしてください……」
嬉しそうにはしゃぐ巴姉を見て、俺はガックリと肩を落とす。
……自分でまいた種とはいえ、誰がこんな結果になるなんて予想できるんだよ……。
俺は彼女もいないのに、『二番目』に甘んじて喜ぶ初恋の女性、巴姉との前途多難な未来を思い浮かべ、頭を抱えた。
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