表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放者はかく語りき  作者: トウジロウ
瞳を背負って
6/11

6話

裸足で現われた女は焦って出てきた様子もなく、鉢合わせになったフォスともじつきながら気まずそうに見目線を外し合う。お互いに口を開けと受け身の姿勢を取っていたが、道を譲ろうとして同じ端に寄ってしまったように瞳がつながったのをきっかけにして同時に切り出した。

 「これ、取られそうに・・・」

 「あ、あの・・・」

 話を遮ってしまったと無意識に手で続けるように促すが、綿埃みたいなボサボサ頭の女も鏡写しであった。こうなってはさっさと主導権を握るべきだろう。日陰者は合わせてもらうのではなく、相手のペースに任せる方が話しやすい。自分がそうだ。包装に癖がついてしまった荷物を手渡しながら経緯を伝える。居留守なんて使うなという文句を言う余裕はなかった。

 「あ、ありがとうございます」

 頭を下げながらそれを受け取る女。浮かべるのは害のない表情なのだがぎこちない。無理しているのがひしひしと感じられる。偏見や自分のことを棚に上げるつもりはないが、同年代にしては女性であることを差し引いても細身であり、色も薄い。不健康な部類だろう。一人暮らしであろう部屋も、カーテンで窓を塞いでいるのか暗い雰囲気が漂っている。

 その先を考えそうになったフォスだったが、用もないのに玄関前に居座るのは下世話が過ぎると自らを戒め、女が望んでいるであろう行動をとり、帰ってうつ伏せの店主に湿布を施すことにした。頻繁にペコペコと頭を下げていたラナーも彼が住宅に戻ったのを見計らって、鍵をかける。その日の枕元にあって、しどろもどろな自らの言動を思い返し、両手で顔を覆った両者であった。

 翌日。日も昇ったばかりで、街がまだ夜を忘れられず欠伸をするような早朝から、フォスは掲示板の前で腰をかがめていた。依頼の食わず嫌いをしないと誓った彼だったが、数日がかりのものでは持て余すとルドワの容態からしてそう、ふんでいた。辞めたいならいつでも辞めていいと事前に聞かされているものの、実質無料でまかない付きの宿を離れるのは惜しいようだ。多少思い入れもあるにはあるらしい。

 ほぼどれも見覚えのあるものだ。来たのが早すぎたのか、上側に固まった新たな依頼は数える程度だ。一方で受付には大きな仕事でも舞い込んだのか、道具などを買い込んだパーティーが並んでいる。ほぼ全員が良質な武具に身を包んでおり、顔には強者としての自負がある。自分とは比べるのも無礼にあたる。あの中を突っ切っていくのを考えるとまた胃が痛くなった。昨日の時点で目星をつけていた羊の毛刈りの依頼を取ろうとして、手がぶつかる。横には仲間を連れた剣士がいた。こいつは確か昨日の。

 「ひょっとしてお前もこれを受けるのか?」

 勢いよく引きちぎられたのはゴブリン討伐の紙切れ。その大きな目は節穴か。行くように見えるのか。否定の意で大丈夫だと言ったのだが、誤解を招いてしまった。剣士が控えていた三人の仲間の元に行くと、こちらをチラチラと見ながら会議を始める。しばらくして寄越されたのは燻る火の模様が刻まれた白い杖といかにも魔法使いらしいローブを装備した、セラと名乗る女だった。彼女が面子のリーダーらしく、剣士の無礼を詫びた。

 「私たち、最近冒険者になったばかりでこういった討伐依頼を受けるのは初めてなんです。差し支えなければ同行していただけませんか?」

 僕も最近冒険者になったばかりで人を探していたんです。勝手に口がそう偽っていた。幸い準備は様々な依頼に対応出来るよう、整えていた。それに提案はどっかで望んでいたもの、しかし。

 彼らの装備品をみれば初心者だという断わりが謙遜ではないのは明らか。色の濃いあの剣士がからう大ぶりな両手剣にはへこみや傷がほとんどない。もう一人のやや小柄な剣士の盾にいたっては、この日のために磨き上げたのか異様に輝いている。ちょっとした目眩ましにでも使えそうなぐらい。実際まぶしい。そんな顔ぶれに混ざろうとした自分の弓には年期が入っている。本来なら先駆者は指導していく立場にあるが、この業界においては年次でベテランになることはない。実力がものをいうのだから。そういった意味では若手を名乗るのは正しい。そして悔しかった。

 一時的にフォスを加えた五名は手続きを終えると、自己紹介もそこそこに出立する。昂ぶりと若さがうかがえる素早さだった。道すがら、依頼の内容を再度確認し、各々の技量に合わせた作戦などを練っていた。討伐対象は平原を隣にした森林近郊に出没したというゴブリン共。近くに人が住んでいないということもあってか、放置されて長いようで組合が事を預かってから日が経っていた。それが意味するのは彼らに勢力を増す時間を与えたということ。名のある冒険者の対応に追われていた受付の男性は片手間にあしらい、それを言いそびれていた。

 10、15、20・・・見えるだけでもとんでもない数だ。それに。

 木陰からレンズ越しに遠目で覗いているとはいえ、狂乱する心音が聞こえてしまうのではないかと先行したフォスは怯えていた。剣士では目立つということで偵察の任をあてがわれた彼。かつてのパーティーで経験することもあり、最低限の技術を獲得していたとはいえ、ここまでの数と遭遇しては冷静さを失う寸前だった。

 洞窟や住居のようなものはなく森自体を住処にしているようだ。小動物の骨をしゃぶったり、仰向けになって腹を上下させたりと、彼らなりの日常が垣間見える。嬉しいものではないが。常人なら爛々と二つ黄色が光る顔を直視するだけで害になるだろう。隠れられる場所もあり、食糧もあるここはさながら揺りかごだ。誰もそれを揺すったりしなかったおかげでここまでの大所帯になったのだろう。しかし問題は数だけではない。流れ着いた生き残りの入れ知恵なのか、多くが低身長の醜い身体には鎖を巻き付け、石斧や棍棒でしっかりと獲物ないしは侵入者を歓迎できるようになっている。数体ならまだしもこれらとまともにぶつかるのは愚策。打ち合わせでは森を避け、視認性の良い平原へ誘い出してそこを叩くという算段になっているが、考え直した方が賢明だろう。

 顔から冷や汗を垂らして戻ってきた斥候からもたらされた想定外の事態に、困惑する面々。記念すべきすべき依頼ながら、手に余る可能性もあった。被害が出る前に叩くべきだという声も上がるが、もしし損じれば彼らの運命は占う必要すらない。今後の評判やらプライドやらとリスクを天秤にかけるセラ。剣士達が突撃を望む中、彼女は明日を誘うための判断を下した。

 「ゴブリンに恐れをなして逃げ帰ったって言われてもいいのか?」

 「私がリーダーになったとき、決定には従うって約束したでしょ。今からやるべきなのは帰還して組合に報告すること。文句を聞くのはそのあとよ」

 強い口調のセラに、屈強な男達はしおしおと引き下がった。自分の報告であんな顔をさせていると思うと、こちらまで悲しくなってくる。憎むべきは魔物なのだが。

 「何だかごめんなさい。内輪もめまで晒しちゃって」

 「多分間違っていないと思います」

 自分が知っているリーダーも同じ状況なら逃げを選んだだろうから、とは言えないが。後悔するだろうが死んではそれすら叶わない。

 そこに突如として白昼の空を裂くような角笛の音が響いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ