僕はきちんと数えていなかったけれど21回目の失恋だったらしい
「おいしい! こんなおにぎり食べたの、生まれて初めてかもしれない!」
「大袈裟だなあ、原山くんは」
弓木さんの顔に照れたような笑みが浮かぶ。
「おにぎりなんて、誰が作っても同じでしょう? そういうこと言ってると、原山くん、適当に褒めてるだけ、って思われるよ?」
「いや『適当』なんかじゃなくて……」
たった今飲み込んだばかりの味を思い出しながら、僕は言葉を続ける。
「このおにぎりの具……。いわゆる『おかか』だろうけど、市販のふりかけじゃないよね。かつお節に、みりんとか醤油とか、自分で味つけて煮込んで……」
「はいはい、わかったから。もう十分。具体的に言わなくて結構よ」
わざと呆れたような表情を作って、僕の言葉を遮るかのように、軽く手を振ってみせる弓木さん。
でも僕の言葉は止まらず、ついつい本音が出てしまう。
「じゃあ具体的じゃなくて、もっと抽象的に。こういうお弁当が作れるのって、弓木さんの魅力だよね。『毎日あなたの手料理が食べたい』みたいな」
「原山くん、少し言葉に気をつけた方がいいよ? それ、人によってはプロポーズって受け取られるからね?」
まだ学生の僕たちの間で、プロポーズの言葉なんて出るはずがない。それは弓木さんも承知の上で、冗談を言っているのだ。
「うーん。プロポーズのつもりはないけど……。でも似たようなものかな? 弓木さんと付き合いたい、って気持ちの表れなんだから」
一周30分くらいの池がある、緑豊かな公園。
そこのベンチに座って、二人でお弁当を広げている僕たちは、傍から見たらカップルに思えるのだろうか。
だが僕たちの関係は、そのようなものとは違う。僕にとっての弓木さんは魅力的な女性だけれど、弓木さんにとっての僕は『男性』ですらないらしい。
「原山くんのこと、お友だちとしては好きなんだけど、男の人として見ることは出来なくて……。だから、ごめんなさい。あなたとは付き合えないわ」
半年前、僕の「付き合ってください」に対して、彼女はそう断ったのだ。
それだけならば、よくある話かもしれないが……。
弓木さんの凄いところは、「お友だちとしては好きなんだけど」が単なる型通りの断り文句ではなく、本心から言っていたということ。
だから僕たちは、その後もこうして、二人で休日をのんびりと過ごすような、仲良し関係を続けているのだった。
「原山くん……。また私を口説くつもり?」
僕の「弓木さんと付き合いたい」という言葉に反応して、彼女は呆れた目つきでこちらを眺める。今度は先ほどの「わざと呆れたような表情を作って」ではなく、本当に呆れている様子だ。
「いや、口説くというか何というか……。ただ正直な言葉が出ちゃっただけかな?」
「じゃあ、あの時の言葉、また言わせてもらうわね。原山くんは大好きなお友だちだけど、あくまでもお友だち。原山くん相手に男女のお付き合いって、ちょっと想像できないの。だから、ごめんなさい」
「うん。わかってるから、大丈夫だよ」
そう言って微笑む僕に対して、弓木さんはため息をつく。
「はあ……。わかってるなら、何回も同じセリフ、言わせないでくれる? 何回目だと思ってるの?」
こういう場合の「何回目だと思ってる」は、いわゆる言葉の綾。本当に回数を聞きたいわけではないはず。
そもそも僕自身、数えていないので答えられないのだが……。
驚いたことに、弓木さんの方から答えを口にした。
「21回目よ、21回目。まったくもう、飽きもせずに、何度も何度も告白してくるんだから……」
どうやら僕は、21回目の失恋を経験したらしい。
普通『失恋』というのは悲しくなるはずだけれど、僕の場合は、むしろ幸せな気分になるのだった。
僕自身が覚えていない告白の回数を、彼女の方でカウントして記憶しているのは、それだけ僕に関心を抱いてくれている証。素敵な話だと思えるからだった。
(「僕はきちんと数えていなかったけれど21回目の失恋だったらしい」完)