第324話 この頃になって私は少し怖くなっていた。
下船の時間。
過ごした時間はどれも素晴らしかった。
本当にお姫様の暮らしを体験した気分だった。
ドレスはカーイさんが事前に買っていたもので私が貰う事になった。
お金の心配をしそうになったところで「好意だよ千歳さん」と言われてしまう。
この頃になって私は少し怖くなっていた。
またワンピースに戻った私はカーイさんと夜の港を歩く。
映画の一幕みたいだ。
「千歳さん、今日はありがとう」
「ううん。こちらこそありがとう」
そうして歩く。
「この後はどうする?」
「え?」
まさかここで意見を求められるとは思わなかった。
今日一日私は何も決めさせてもらえていない。
「いや、聞き方が違うね。
良ければホテルを取れるようにしてあるんだ。このままファーストに泊まらないかな?」
「え?」
「そして出来れば僕の妻になってもらいたい。
もう一度言うよ。
千歳さん。
僕の求愛を受けてくれないかい?」
…やはりそう来たか。
私は正直こうなる事が怖かったのだ。
「ごめんなさい」
少しの沈黙の後、私はハッキリとカーイさんに断りを入れる。
「…何故かを…聞いてもいいかな?」
「私にはお姫様やお妃様は無理だなって思ったの」
そう。今日一日、何もかも決まっていて何も決められなかった。
お金の心配を要らないと言われてモヤモヤしたし、好意を甘んじて受けるのも何か違うと思ってしまった。
それがお姫様だと言うのなら私には無理だ。
「そっか…残念。
じゃあこの後はどうしようか?
僕は少し歩いてから帰るかな?
千歳さんは先に帰るよね?」
私はもう一度「今日はありがとう」と言ってから帰る。
家に帰るとお父さんもルルお母さんも何も言わずに察してくれた。
ツネノリが「お帰り」と言って私の手を取ると胸に抱き寄せて「焼肉が食べたい」と言う。
「へ?焼肉?まだ3時過ぎだよ?」
「セカンドで24時間営業の焼肉屋が出来てだな」
「ちょうど手配ミスでマツザウロスがワンサカと入荷してな」
「勇者としては消費に貢献しないといけなくてな。
いや、千歳がお腹いっぱいなら母さんと行こうかと思って居たんだが…」
ツネノリは嘘がヘタクソだから棒読みだ。
それに2人で行くならメリシアさんだろうに…。
「手配ミスって何時間マツザウロスを倒し続けたの?」
「何のことだ?俺は知らないぞ?」
「もう、仕方ないなぁ。沢山食べるけどケチノリにならないでよね?」
「ああ、お腹いっぱい食べるといい」
「あ?なんだよ、カーイの奴は食わせてくれなかったのか?」
お父さんが眉間にシワを寄せて聞いてくる。
「そもそも何がダメだったのだ?」
「え?」
「凄い顔をしながら帰ってきたぞ?」
「うーん、言っても良いのかなぁ?」
「構わないだろ?何があったんだよ?」
「えぇ、お姫様扱いは私には無理だったって話よ」
「お姫様?そんなのウチの姫なら大喜びなんじゃないのか?
なぁ姫?」
「その呼び方はやめよ!」
そして私は会ってから帰るまでの話をした。
「上に立つ者の立場か」
「千歳には難しい話だな」
「あの支配人が来てくれたのか?」
「そうだよ」
「…多分お前の顔を受付が見て気にしてくれたんだな」
「何それ?」
「多分お前の顔が優れないから接客に来てくれたんだよ。
もうその頃にはお姫様扱いが辛かっただろ?」
「うん…」
「父さんの娘で俺の妹だから無理してくれたんだ…」
「ツネノリ!」
「あ…いや…」
「無理?」
「……あの人は病気だ。
それでも毎日お客の為に乗船してる」
「それで千歳みたいなお客様にだけ対応するんだ」
「病気?なんの!?」
「…」
「…」
「教えてくれないならライブラリ参照する!」
「おい!」
「千歳!」
神如き力で見ると支配人さんの病気は私も知っている病気だった。
「ツネノリ!焼肉屋さんは後回し!」
私はお父さん達の制止も無視してファーストに飛ぶ。




