第312話 君と僕も従業員?
ビリンは部屋に戻ってきていてタツキアで貸してもらっていた作務衣を手に取ってため息をついていた。
「ほら…」
「いい加減にしろよ!」
ビリンは背後の気配をキヨロスだと思っていたのだろう。確認せずに振り向くとそこに居たのは千歳。
「……チトセ…」
「何よ?」
「…ごめんなさい」
「……謝るならおじさん達にしなさいよ」
「ああ…そうだよな。
借りてた服も返してないしな…」
「それは私が勝手に送り返したからでしょ?」
「…まあ、そうなんだけど皆の頑張りを台無しにしてごめん。
後はシエナ姉さんの事ありがとう。
あんな幸せそうな姉さん滅多に見られないから嬉しくてさ。
感謝してる」
「…ん?ビリンさんは帰ってきたシエナさんに会ったの?」
「ああ、シエナ姉さんは皆に帰ってきた事を報告して回ってたんだぜ」
「…ビリンさんはその顔で会ったの?」
「ああ」
そう言って千歳に向けた顔は左頬に真っ赤な手の痕が付いていた。
ここで千歳はシエナからの報告という名の呼び出しやザンネ達との会話が仕組まれていた事、会いにくくて悶々とするビリンをキヨロスが追いかけ回して千歳が会いやすく仕組んだことに気づく。
「やられた」
「あ?」
「なんでもない。こっちの話。ったく…まあいいやタツキアに行くよ!」
その声で目の前の景色はセカンドのタツキアになる。
「もう深夜だから静かにね」
「…おう」
静けさから2人は思わずひそひそ声になる。
「お邪魔しまーす」
千歳が小さな声でメリシアの実家に入り居間に行くとメリシアの両親、メリシアとツネノリ。
そしてメリアとコピーガーデンのツネノリが待っていた。
「遅いぞ千歳」
「ごめん。ビリンさんが王様から意地悪されててタイミング悪くてさ」
千歳は着席をしたがビリンは居間に入らずに立ち尽くす。
「おう?どうしたビリン坊?」
「おじさん、すみませんでした!」
ビリンがメリシアの父、この宿の主人に深々と頭を下げる。
「…」
「あと、これ…、まだ洗ってないけど俺、次にいつ来られるかわからないから返します!」
それはビリンが宿屋の仕事を手伝う時に渡された作務衣だった。
「…なんのつもりだこりゃあ?」
「え?」
「謝るのも何も後だろ?まずは俺の話を聞け。
早く中入って千歳様の横でも座ってろ!」
「はい!?」
ビリンは驚きながら千歳の横に正座をする。
「先に言っておく。
ウチの宿は明日の予約もないし休みにするから今の時間は気にすんな。いいな?」
そう言ってメリシアの父は話し始める。
「今日のお客様、あえてカムカ様達とは呼ばない。お客様達が帰られて、メリアとメリシア、そして千歳様達が帰られてからうちの宿はどうあるべきかを話し合った。
その結果を特別な従業員達と共有したくて呼んだ!」
「え?」
「従業員?」
千歳とビリンがまさか1度のお手伝いのつもりだったのに従業員に名を連ねて居たことに驚いてしまう。
「そうだ、ビリン坊はまさか一度の接客で辞めるわけじゃねぇだろうな?」
「え?俺?え?ただのお手伝いじゃ?」
「バカヤロウ!
お前は口では文句タラタラ泣き言満載だがキチッとやり切るし見込みは十分にある。
ここでやめるなんて勿体ない!
今日のお客様もまた来たいと言ってくださった!
それになんだ!メリアの話じゃコピーガーデンのカムカ様達も泊まりに来たいと言ってくださっていると言うし、神様に確認したらあの世界の神様と常継様に黒魔王さんがキチンと管理すれば2泊までは許すって話じゃねぇか!
次こそはしっかりとやり切れよビリン坊!」
メリシアの父はいつもの優しいおじさんではなく仕事人の顔になっている。
「ええぇぇぇっ!?また来るの!?しかもコピーガーデンのカムカさん達まで?」
「おうよ。お客様の願いに応えてこその宿屋だ!」
「…私も?」
「千歳様、こう言っちゃあなんだが、あてにしてます。
今後ともメリシア、メリア共々俺たちもよろしくお願いします」
「えぇぇぇぇ…」
「千歳様、お願いします」
「千歳様、私は千歳様と働くの楽しかったです!」
「私もちとせ様と過ごす日常も千歳様と働くのも楽しかったです!」
千歳はメリシアの母、メリシア、メリアに言われて困った顔をした後で「サードの神とプライベートに触れない範囲で今回みたいな時はお手伝いします」と言う。




