第171話 俺の4番目の先生には何年経っても敵わない。
その日もいつも通りの日常だった。
俺は勇者としてセカンドガーデン、センターシティに新しく開店したハンバーガーショップの様子を見に行き、スタッフ達が困っていないか、何か不便がないかをメリシアとチェックする。
メリシアは俺の手伝いをする前はタツキアの宿屋で接客業をしていたスタッフだけあって俺には気がつかないポイントに目が行って店長に清掃のタイミングや並んだ客の誘導なんかを指示していた。
セカンドガーデンにくるプレイヤーの半数がVR、魂のようなもので父さんや千歳の住む日本からやってくる。
プレイヤーはこの世界をゲームの世界だと思っているので細かな部分、この場合で言えば混雑なんかを嫌ってクレームを入れてくるようになった。
これはVRが主流になる前に父さんが勇者をしていた時には起きなかったトラブルで父さんが「トラブルは尽きないな」とボヤいていた。
あまり目に余る行為をするプレイヤーにはセカンドガーデンの神代行をしている父さんからプレイヤーに警告を出して貰えるが千歳はそうやって押さえつける事をあまり好まないと言っていたのでメリシアが接客面を強化する事で不満の起きにくい空気をセカンドに出すことにしてくれている。
今は俺の住むゼロガーデンで言うところの大体午後3時に該当する。
セカンドガーデンでは夜の9時。
セカンドガーデンはゼロガーデンの8時間が1日に該当する。ゼロガーデンで1日経つと言うことはセカンドガーデンでは3日過ぎることになる。
夜9時で夕飯時が終わったからだろう。
ハンバーガーショップの客足は減ってきていてもうすぐ閉店になるからそれを見届けたら帰るだけだ。
「お疲れ様ですツネノリ様」
「メリシアこそありがとう」
俺はメリシアが持ってきたハンバーガーを受け取って半分をメリシアに渡す。
「味見をお願いされました」
「朝イチは問題無かったがな」
そう言って食べると朝より丁寧さが消えている事を感じた。
店長を呼んで説明をして人が足りなければスタッフカウンターに増員の申請を出すように伝える。
もう4年、セカンドの時間では12年もやっていれば手際も良くなる。
当初は次元の違うセカンドガーデンとゼロガーデンの次元の壁、ガーデンの壁を超えて俺はメリシアと添い遂げられるのかと心配したものだが杞憂だった。
こうして短かったり長かったりする時間を過ごした結果、俺にはメリシア抜きの生活は考えられなくなっている。
そんな事を思いながら掃除を見届けて日付が変わった後はセンターシティを見回りながらメリシアと夜の街を歩く。
コロセウム近くのスタッフカウンターが見えてきた。
「この後はどうされます?」
「特に何も無ければそろそろゼロガーデンに帰るかな。メリシアも来るだろ?」
「はい。父達には今晩もゼロガーデンに10時、午後6時ごろまで行くと伝えてあります」
「じゃあスタッフカウンターに帰る旨を伝えて父さんにも言うかな」
「じゃあ私がスタッフカウンターに言ってきますからツネノリ様はお父様に連絡をお願いしますね」
そう言って駆けて行くメリシアの後ろ姿に向かって俺が「わかった」と言おうとした所で胸に入れてある次元球から母さんの声が聞こえてきた。
「ツネノリ!千歳が一大事だ!今すぐに戻ってこれるか!」
母さんの切羽詰まった声。俺は一瞬で事態の大変さを察した。
「母さん!何があったかは後で聞くよ。どこに行けばいい!?」
「神殿だ!神殿に来てくれ!」
「メリシア!頼む!神殿だ!」
俺は自分の腕に着く1日1回の使用制限がある「瞬きの腕輪」をメリシアに渡してメリシアの「瞬きの腕輪」を受け取る。
メリシアの腕輪は今朝バーガー屋の開店前に視察したファーストガーデンからの帰還に使ってしまっていたのだ。
メリシアはマリオンさんとの修行で感覚強化がされていて離れていても俺の会話を聞き漏らさない。
母さんの声を聞いてコチラに駆けてきてくれていた。
説明は不要ですぐに対応をしてくれる。
「行きます!【アーティファクト】」
メリシアが俺の手を取って唱えた途端、目の前が光って次の瞬間にはゼロガーデンの神殿に居た。
「ツネノリ!」
俺を呼ぶのは母さんでその後ろには父さんが居る。
「母さん、千歳がどうしたの?何があったの?」
母さんの説明は突然リビングに飛び込んできた千歳は髪が真っ赤な状態で、人の限界まで神如き力を使ったと東さんもジョマも居ない中サードを守らねばならない事、そして同じ半神半人のキヨロスさんに力を制御して欲しい旨を伝えて倒れたと言う。
「すぐにキヨロスを呼びつけて千歳を頼んだ。
キヨロスは千歳がここまでになった事を危惧して神殿で力を逃す事にしてくれた」
「もしかすると増援が必要になるかも知れないからね。ツネツギ達の家じゃ狭くて呼べないからさ」
そう言って奥の部屋から辛そうな顔をしたキヨロスさんが出てきた。
「ツネノリ、メリシア…来たんだね。
今チトセの力を僕に逃した。
もうチトセは大丈夫。
神にはならないよ。
そして少し時間はかかるがじきに目を覚ます。
倒れたのが20分くらい前だから後3時間くらいかな?」
そう言うとキヨロスさんはベンチに辛そうに腰を下ろす。
「大丈夫ですか?」
「チトセを神にしない。これは僕たちの総意だ。
その為になら僕の犠牲なんてなんでもないさ。
それに僕ならこのくらいで神になんてならない」
そう言ってキヨロスさんは笑う。
千歳を神にしない
それは千歳が第3の神として、サードの女神チィトとして責務を任された時、半神半人として神如き力の放棄を認められなくなった時、千歳のいない所で、皆で決めたたった一つの事。
そしてそれを千歳には言わない。
言ってしまうと千歳は気を使って取り柄である自由さや柔軟さを失うからだ。
キヨロスさんは辛辣だが俺たち家族とおなじくらいに千歳を大切に思ってくれていて大切に扱ってくれる。
「ありがとうございます」
「いいさ、僕の努力の分だけツネノリは強くなってチトセを守ればそれでいい」
苦しそうに目を瞑ってキヨロスさんが言う。
「はい」
俺の4番目の先生には何年経っても敵わない。