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1日目

よろしければ是非

人とは忘れる生き物だと誰かが言ったらしい。だが、そう言った人も、自分の名前や目が覚めるまでの記憶が無い者までは、想定外だったのだろう。


という訳で、自分の名前や顔、性別すらも覚えていない私は人なのだろうか?そんな事はどうでもよいのだが、とにかく私は木々に囲まれた場所で目を覚ました。妙に開けた場所で、直径5メートルくらいの広場だった。木々の間から見える空には、満点の星空が広がっていた。


そして気付いた。この時、目が覚めるまでの記憶を何も覚えていないという事実に。もちろん愕然とし、錯乱した。今思い返せば、もう少し周囲を見渡し慎重に行動すべきだったが、もう後悔しても遅い。とにかく私は何かを見つけたかった。何故か分からないが(その理由も忘れたのかもしれないが)自分の記憶を刺激する何かを見つけたかったのだ。


無我夢中になって木々の間を走り抜けた。どの方向へ走ったのか全く覚えていないが、手足が動く限り全力で走り続けた。星明かりしかなく、何度も転びそうになりながら。

いきなり右足のふくらはぎに、トンッと衝撃が走った。足がもつれて、勢いを殺しきれず顔から地面に突っ込んだ。膝や顔を擦りむいてしまったが、そんな事よりも先程の足への衝撃が気になり振り向いた。


粗雑な木の矢が右足を貫通していた。


さて、このように文字で列挙していくと大分痛々しい事になっているが、実はこの時、そこまで痛いと感じなかった。何も思い出せないという精神状態だった私にはあまりにも情報量が多くて、足に異物が貫通しているという異常事態に対して、ただ転んだ姿勢のまま呆然とするしかなかった。


だが、ここで私は不思議な期待によって心が揺さぶられていたのだ。


気付けば、人形の異形が私を囲んでいた。見た目は武装した二足歩行の狼だった。そして一番重要な事実として、彼らは私に向けて殺気を放っていたのだ。口から涎を滴し、私を射ったであろう弓は片手にグルグルと威嚇の音をならしていた。

彼らの殺気を浴びた瞬間、全身の汗腺が刺激され、内臓がしゃくり上げたかのように上手く動かなくなる。内側から涌き出る感情により、足を貫通している矢の事も忘れ、彼らから目が逸らせなくなる。

突然彼らの一匹が距離を詰め、鋭い爪を私に向ける。袈裟懸けに振り下ろされる5本指の爪。足が痺れた様に動かせず、録に避けれずに顔面に食らってしまった。

ズタズタに裂かれる肉。刃物の様な鋭さは無いが、その鋭利な爪先によって皮を抉り、肉の繊維を引き裂く。左目にも爪が食い込み、本来触れるはずのはい柔い器官の神経を抉りとり、痛みをこえて熱さを感じた。思わず手で押さえると、ぬるりと温かい血が指の隙間から止めどなく溢れ、それと同時に思考がぼやけ何も考えられなくなる。


そんな私が、残った片目で最期に見たのは目の前に大きく開かれた彼らの口だった。


私は死んだ。

世にも珍しい[食べられる]という方法で。

そして目が覚めた。





そこは木々に囲まれた場所だった。妙に開けた場所で、直径5メートルくらいの広場だった。木々の間から見える空には、満点の星空が広がっていた。全てに既視感があり、そこで私はここが最初に目覚めた場所だと気付いた。





…とまぁ、ここまで書いてきたが、大分長くなってしまった。それに、一体何のためにこんなものを書いているのかを書き忘れていた。

これは[日記]だ。何も覚えていない私が、また忘れてしまわぬ様に書き残しておこうと思い立ったのだ。本格的には明日から始めようと思う。今日はもう疲れた。眠れるかは分からないが、横になるだけでも大分休まるだろう。



そう、これは[日記]。忘れやすい私が、この素晴らしい体験を忘れてしまわぬ様に書き残すものだ。

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