個人情報保護法
暗闇の向こうに、青白い光がパチパチと明滅を繰り返し、鬼火のように浮かんでいる。
明滅の度に闇は照らされ、スラッとした長身美女の輪郭が浮かび上がる。――ライシェだ。
「……リヴィエちゃん? これはきっと何かの間違いよね? 魔神の波動。ううん、間違いない。異端はそこにいるのね。堂々と現れたね。うん、きっと貴女は異端じゃないわ。でも貴女は異端よ。流石ね、卑怯者だわ。リヴィエちゃんが許すと思う? それはだめよ。リヴィエちゃんは許さないわ。だけど私を許すの。――だからいいよね? ねえリヴィエちゃん?」
……怖い。
そして話が一見正常に聞こえて、微妙に支離滅裂なのも怖い。
リヴィエちゃんは許さないって言っちゃってるけど、誰が? 何を? 誰に? 私を許す? ――私”を”?
だからいいよねって何? いくない。なんの確認? 人の名前を言いながら確認するのをやめてもらえません? 怖いんですけど。
そんな私の心の声などわかるはずもなく、ライシェは手にしていた杖を握り直し、更にブツブツと――。
「そう。仕方ナい。魔神、異端。殺ス。ウフフ、無駄な悪あガきを。賢いワ。ひルむ訳なイでしょ。ああ、初めて出会っタ時カら惹カレていマしタわ。でも大丈夫ヨ。死体はバラバラに切断シ、丁寧に打チ砕イて。後を追ウように私モ死ヌノ。きっと喜ブね。彼女が。私も。治癒の女神、エリスミーラ様ァ。異端はこノ手デ――」
無表情だったライシェの顔は、だんだん熱を帯び始める言葉と連動し、徐々にうっとりした表情になっていく。
同時に握りしめていた杖の先端を、私に向けてくる。
――ヤバい。
彼女の処刑人モードをよく知っている私は、瞬時にこの動きの意味を理解。
エリスミーラ神殿の中でも戦闘向きで処刑人として名を馳せている聖女ライシェは、いくつか逸話がある。
その中最も有名な逸話は――このゆっくりと杖の先端を向けてくる動き。
意味は――異端殲滅の合図。ライシェが『処刑』する時に、必ず最初に見せる動きだ。
杖の先端が狙いを定め、完全に止まった時、異端を灰にする一撃は放たれる。
そして、今まで一撃を受けて生き残った異端は――いない。
私、死ぬ。
――そう実感した瞬間、目が捉えた世界はスローモーションになった。
時間が、ゆっくりになる。
危機に頻し、脳が超高速に回転し出したんだ。
でも、どうしようもない。
単に死亡に到達するまでの体感時間が長くなるだけで、現実世界の速度は変わらない。
私の肉体性能は、バケモノの攻撃を回避できる力がない。
――どうすればいい?
(魔神でしょ!? なんとかしなさい!!)
『断る。我に指図できると思うな。虫けら同然の人間風情が』
この状況と誤解を引き起こした諸悪の元凶に助けを求めるも、あっさり断られてしまう。
(アンタ状況わかってんの? 私、死ぬよ!?)
『キサマは死ぬが、我は再度封印され、永き眠りにつくだけ。――しかし、キサマの記憶を覗いたら、まさか経緯がこういうことだとは……。つくづく我の不運を呪う』
そうだった。
コイツは魔神と呼ばれ、蔑まれてきたが、神ということに変わりはない。不老、不死、不滅は当たり前。
(もう、なんなのよ……! 不運を呪いたいのはこっちよっ!!)
――というか。
(勝手に乙女の記憶覗かないでよっ! 最低! プライバシー侵害! クズ! 変質者! 個人情報保護法違反!)
……なんで私の周りにヤバい人外ばかり集まってくるの?
戦闘狂で通り魔の押し売り下僕古代龍といい、私を崇める無限成長する二足歩行植物集団とその女王といい、ナチュラルに人間辞めてる血と臓腑大好きバーサーカー聖女といい、プライバシー無視変質者魔神といい――。
……泣きたい。
『どうやら時間切れのようだ』
(……えっ?)
脳内に響く魔神の声に、視線をライシェに戻すと 杖の先端は、私をロックオンしていた。
――死ぬ。
第96話は、読みやすさ重視で少し加筆しました。




