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慣れって怖いね(下)




 マンドラゴラたちは学習したのか、今度は順応性高そうな人間を選んで近づいた。

 同じ轍は踏まないところを見ると、ますます賢く感じる。


 近くは相変わらずワイバーンとグリフォンの食事ショーが無修正で絶賛開演中。


 その隙を突いて、五匹のマンドラゴラは気づかれないように、生存者を誘導し始める。

 そうしている間も、ワイバーンとグリフォンは人間を一体、また一体ぺろりと平らげていき、次の餌に目標を定める。


「こっち、こっち」


 私は草むらから近づいてきた生存者に小声で呼びかけ、誘導する。


「え、人……?」


 こんなところに自分たち以外の人間がいることに驚いているのか、マンドラゴラたちに誘導されていた四名の生存者は目を見開いている。


「説明は後、とにかくここを離れよう。静かにしてね、ワイバーンのデザートにはなりたくないでしょう?」


 私がそう言うと、四人はこくんと頷き、私に倣うように身を低くさせた。


「殿お願いね」


 マンドラゴラたちに隊列最後尾の安全確認を頼み、私は四人の引率を始める。


 幸い、さすがはうちのマンドラゴラが選んだ人というべきか、全員大きな声を上げることなく、静かに私の後ろについてきている。


 この四人以外、あの場にいたマンドラゴラを見て逃げ出した人や、生存の見込みがない人までは面倒見きれないので、自力で頑張ってほしい。全部助けようとしたら、今度こそ助けられる人も助けられなくなる。


 森の中を進むこと数分、背後の悲鳴と魔獣の咀嚼音はもう聞こえてこない。代わりに大きく響いたのは四人の荒い呼吸音。

 ちらっと見たが、三人は負傷している。中でも一人は片腕を失い、傷口から真っ赤な鮮血が大量に吹き出していて、かなり重傷なのがわかる。


 途中で魔獣に血の匂いを嗅がれたらやばいと思って、着ているローブを破り、包帯代わりに傷口を止血した。


「ま、まだなの?……」


 四人の中に、私より少し年上――二十歳前後の女性が、疲れた声で尋ねる。


「丁度着いたけど……」


 洞窟の入口の前で、私は足を止める。


 助けたはいいが、この人達の素性を知らないんだよな、私。

 万が一、あのやばい奴らの共犯とか仲間だったらどうしよう。もしくはコイツラも実はそこそこやばい奴ら。


 そのことが脳裏をよぎり、私は気付かれないように再びちらっと背後の彼らを一瞥した。


 四人の年齢はバラバラ、二人は七歳前後の幼い女の子、一人は二十歳前後のお姉さん、片腕を失っている人は三十代前後の壮年男。

 人は見た目で判断できないとは言うが、この人達が悪い奴らの場合どうする?


(……長々と考えてもしょうがない、とりあえず洞窟に入ってから対処しよう)


 魔獣の来襲に備え仕掛けた昏睡効果のある毒草をちょっと吸わせて、眠らせてから考えよう。


「はい、こちらですよ。足元に気をつけてくださいね」


 まさに豹変の二文字。

 振り向いた私は極上の笑顔を浮かべて、丁寧に案内を始めた。


 正直自分でやっておいてこれはないわ、と内心ツッコミを入れる。

 そんな私を見て、四人は少し戸惑った表情を見せた後、おとなしくついてくる。


 あかんわ、コイツラ、自分でやっておいてなんだが、警戒心なさすぎ。

 典型的に詐欺に遭うタイプだわ、この人達。


 普通私のこの天使に匹敵する極上純真無垢な笑顔を見たら、少しは胡散臭く思うだろう。

 しかもいきなり振り向いて見せるんだから、怪しさ満点だわ。この人達、大丈夫だろうか、二級聖女が憂慮です。


 まあ、心配はするけど、やることは変わらない。

 位置についた私は、


「――おおっと、靴紐が」


 私は棒読みしながら勢いよくしゃがんだ。

 わざとらしい。わざとらしすぎる。自分のわざとらしさに自分自身が呆れている。


 当然背後にいる四人も何事かと首を伸ばし、私の足元を覗こうとする――が、


「おやすみなさい、いい夢を」


 地面に触れた私は加護を発動し、洞窟の壁に埋め込んだ植物を起動させた。


 瞬間――ニョッキと毒草は岩壁から昏睡の胞子を飛ばす。それと逃げられないように、拘束用の蔓も四方八方から四人の体に絡みついていく。

 事前に息を止めておいた私は、拘束が完了したのを確認し、少し距離を取る。


「な……ッ」


 四人は驚いて声を上げ、すぐに意識を失う様子はない。


 うん、やっぱ濃度が薄いと効果薄いわ。よし、予備の草も起動させよう。

 岩壁に手を当て、大量の昏睡草を発動させる。


「お、お前……ゴホ、ガハッ……」


 四人の中唯一の男は、騙しやがったなとでも言いたげな目で私を睨む。


「命まで取るつもりはないわ。安心しなさい」


 言ってから気づいたけど、今のセリフ、最高に悪役。

 もはやどっちが悪いやつなのかもわからなくなりつつある。いや、そもそもこの人達はあくまで疑惑だけどね。


 やがて抵抗も虚しく、昏睡胞子を大量に吸い込んだ四人は、意識を手放した。


「ふう、ウマとエマを呼んでくるか……。光の欠片を見られてないし、二匹の存在も知られてないね。上出来かな」


 少量で領地を丸ごと買える光の欠片を見られでもしたら、金に目が眩んで一瞬で悪人になる可能性があるわ。四対一は流石に分が悪すぎる。

 それにウマエマは獣人だし、助けた人から迫害を受けたら私が責任を感じてしまう。


「……ん?」


 視線を感じ目を向けると、マンドラゴラたちが私を見上げていた。


『こ、殺したの……?』、


 と身を震わすマンドラゴラ一号。


『……殺人鬼』、


 とボソッと呟くマンドラゴラ二号。


『僕たちは美味しくないよう』、


 とプルプル震えるマンドラゴラ三号。


『ひどい、私達に片棒を担がせたのね……ッ。私、良心の呵責に耐えきれませんの』、


 と名女優並みの演技で反応するマンドラゴラ四号。


『アーメン』


 と黙祷するマンドラゴラ五号。


「一号、殺してない。二号、人聞きの悪い。うん、三号を最初に食べるわ今決めた。四号、殺人を手伝った気分はどう? 五号……それ別の宗教だから。――言いたい放題だね、あなた達。一々ツッコむのも面倒だからスルーするよ? 私――って、いま全員ツッコんだわ、不覚」


 ノリツッコミまでしたとは私もなかなか余裕じゃないか。

 だんだんコイツラのことわかるようになってきたわ。


「リヴィエお姉ちゃん――大丈夫? なんかすごくくさいよぉ……」

「血の匂い……」


 騒動に気づいたエマとウマは、出口から中を覗き込む。


「あ、丁度いいね。この四人を運んで頂戴。胞子は吸い込まないように気をつけてね」


 さて、この人達の素性を調べよう。




マンドラゴラの進化はとどまるところを知らない。

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