力こそパワー
暗い闇の中から――
「フゴォ!?」
幾筋の銀光が走り、古の魔獣の断末魔が聞こえた。
そのまま魔獣の死を確認した前線の味方を周辺を警戒し、後列で待機していた私達は再びゆっくりと歩き出す。
エンカウントする度に先陣の味方は肉薄し、安全確保の後に後続が前進する。
遭遇。交戦。前進。――を繰り返し、徐々に奥へ。
敵も最初のゴブリンから、オーク、トロール、スケルトン、ゴーレムなどなど……まるで魔獣の見本市のように次々と違うのが出てくる。
もちろんその豊富なバリエーションには驚かされたが、どちらかというとそれよりも捌き切る味方のほうが異常に感じた。
だって、ここに来るまで現れた魔獣の対応は全て、リラル王国と獣人の精鋭達――たった五十人前後で対処した。
身体能力もともと高い獣人はともかく、リラル王国の精鋭達は流石王子の護衛に選ばれるだけあって、獣人と比べても見劣りしない動きだった。
もっとも、それ以外のメンバーは戦闘に参加できない事情がある。
人外の強さを誇るトカゲとリティとライシェは、狭い洞窟の中ではなかなか手出しできない。
更にトカゲはライシェに異端だと嫌われてて、本気出した瞬間ライシェに問答無用で狙われるから仕方なく(と信じたい)傍観中。
ライシェもライシェで、もともと戦闘スタイルはこういう閉所向きではないし、トカゲのことを監視してて常に火花バチバチ。
リティは私の護衛最優先だから味方の戦闘に興味なし。
……本当に大丈夫かな、このメンバー。
結論、大丈夫だった。――今のところは。
はい、悲しい結果ですが、今のところは。
途中はヒヤヒヤした場面もいくつかありましたけれど、何ということでしょう、ついに魔神が封印されている地下遺跡に到着してしまいました。
……着かなかったほうがマシかなと思った。
「……ねぇ」
「何だ」
吹きすさぶ風の中、私は目の前の光景を見つめながら、ルナディムードにだけ聞こえる小声で尋ねた。
「私、帰っていい?」
「ここに来てそれを言えるお前は大物だな」
クックックと愉快そうに笑う彼。
……あのさ、この光景を見てしまったら、普通の感想と思うよ。
だって――長い長い洞窟の道を通り、地下の大空洞に出た瞬間、遠く数キロ離れている先にそびえ立つ遺跡の周りに、数え切れないほどの魔獣が地面を埋め尽くすようにひしめいているんだもの。
これほど手厚い歓迎を一度も受けたことがないし、一度も受けたくはない。死ぬよ。
あまりに絶望的な数の差を目の当たりにして、ここまで連戦連勝だったリラル王国の精鋭達も流石に浮足立ち、たじろいでしまっている。
そして中央の見るからに神話時代の遺跡から黒い太陽のような球体が浮かんでいて、禍々しい波動を絶え間なく放っている。
この光景を見せられ、世界の終わりだと言われても信じるくらいひどい状況。
「ルナディムード様……これはやばくないですか」
クラリア王子も途中まで余裕だった態度を改め、ざわついた声色で伺う。
まあ、そうなるわな。私もやばいと思う。
あそこにどれだけいるの? やばっ。
しかし、聞かれたルナディムードの返答は更に絶望を色濃くした。
「ざっと見て二十万匹はいるな。まだ魔神は実体を取り戻せてないからまだまだ増えるな」
素晴らしい。
敵は二十万匹、私達はどう数えても六十人前後。絶望的ですわ。
おまけに魔獣の群れは徐々に進軍している。
かなり距離があるとはいえ、すでに押し寄せる波と化しているそれはいずれここまで到達してしまう。
「慌てるな。ここは広い、ということは――」
ニヤリと笑う古代トカゲの問いに、
「ということは一番不利」
ズバリと答える私。
だがなぜか微妙な顔をされた。
「……まあ不利だけどさ、今回は違う」
みんなが迫りくる魔獣の津波をチラチラっと気にしながら、ルナディムードが話すどう違うのかを聞く。
「どう違うの? 野戦では戦力差が物を言う。ここ障害物一切ないし」
私は最悪このトカゲを道連れにする決意を固め、反論する。
「変な知識知ってるな……」
「戦力差が私の苦手なものですから」
非力な女の子が力で圧倒できるはずはない。
だから神殿を出る以前から読み合い、策略、搦手、立ち回り重視で、生き残るならそれしかないと決めた。
下準備アリならば、古代龍だろうが魔神だろうが罠にハメて私はいくらでも戦える。
でもこれは無理っ。
準備なしにこんな訳わからんとこに連れてこられて、得意な戦法が一切使えない上に一番苦手な力こそパワーをやられたら。
「戦力差って……お前がそれを言う? お前のあれも相当なモンだと思うぜ」
トカゲは私とリティをちらっと見て苦笑する。
あの子達のこと言いたいの? いい? あの子達は強くても、本体の私は変わらないの。
それより言いたいことがあるなら早く言って、撤退なら早いほうが良い。私先に失礼しますね。
「まぁ、要するに」
古代トカゲは親指でぐいっと、
「アレの出番が来たって」
異端の大軍を前に、興奮して血走った目でウズウズしているライシェを指差した。