リラシアの契約書
「決めた。私達は――リヴィエお姉ちゃんと一緒にいたい」
「……それも良かろう。ならば我々も無理強いはしない。だがこれだけは言っておこう。我が国はいつでもそなたらのこと、歓迎する」
二人の決定に、フェロアは受け入れるような、同族の幸せを願うような複雑な笑みでうなずいた。
それから私に向き直り、口を開く。
「リヴィエ殿、二人のことを頼む」
「あ、はい」
「それと、これも言っておこう。獣人の味方である貴殿は、自由に我が国を訪ねて良い。来訪したら歓待する」
「え? いいの?」
「無論だ。獣人の中は人間に対し、よく思っていない者も多かろう。だが味方であれば種族は関係ない」
力強くうなずくフェロア。
うーん、なんというか、この獣人の独特な感性、ちょっと慣れないというか。いきなり種族は関係ないとはっきり言ったし。
人間だったら、自分を迫害した相手にそこまではなかなか言えないだろうな。……あっけらかんというか、なんというか。
そしてそこに付け込む人間がいるのも事実。
「……人間の私が言うのも何だけど、そういうとこ、悪い人間に利用されますよ?」
「――ハッハッハ!」
私のアドバイスを聞いたフェロアは、なぜか突然大きな声で笑い出した。
あれ? 私おかしなこと言いましたっけ?
「いやぁ、すまんすまん、リヴィエ殿は良い人だな。実は味方とみなした人間からよくそう言われるんだが、獣人の本能というか……」
そういうもの? と疑いの眼差しで腹を抱えて笑っているフェロアを見つめる。
……思えば、最初ウマエマの二人と出会った時も、二人は敵対心むき出しだった気がする。
それが私は敵じゃないとわかった途端、いきなり甘えん坊全開でなついてきた。故郷でよく遊んでいた子犬を思い出すわ。
「……あぁ、愉快、愉快。――っと、そろそろだな。ではリヴィエ殿、我々の用事はもう終わった。国へ帰りたいと……ぬ?」
笑いすぎてすっかりご満悦の若い獣人王子は、思い出したかのように部下達と顔を見合わせ、私に告げようとした――――瞬間。
地面が、ゴゴゴォと大きな音を立てて、大きく揺れだした。
時間は少し遡る。
リヴィエがルア村から魔境の村に到着したのと同時に、ダラリム候爵が放った暗殺者達も、盗賊団のアジトにたどり着いた。
周辺に魔獣や人がいないのを確認し、暗殺者達はゆっくりとアジトに足を踏み入れる。
人数は十人前後。
数は少ないが、全員精鋭である。
一人一人が、最上級のA級冒険者相当の実力を有している。
口元を黒い布で覆い、黒のローブを着て、両目だけ露出しているその姿は、さながら幽鬼のようだ。
「――エドル」
「……うう……? う……お、お前らは?」
放置されて長い間、盗賊団のリーダー、エドルは自分の名前を呼ぶ声で眠りから目を覚ました。
うつろな瞳で牢屋の前に立っている黒尽くめの集団を見て、状況を理解しようと頭を回転させる。
「あのお方の使いだ」
あのお方――そう言われた瞬間、エドルの意識は冷たい水を浴びせられたかのように一気に覚醒する。
「俺は、言ってないッ! 何も言ってねえ。信じてくれえぇぇえぇ!」
牢屋の鉄格子を全力で掴み、慌てて弁明するエドル。
それからうわ言のように、「言ってない、俺は、言ってない」とブツブツつぶやいている。
無理もない話かもしれない。
雇い主への恐怖ももちろんある。が、彼は長い間リヴィエと村人達に放置されていた。
リヴィエの人生リセット料理を食べた仲間は、発狂し記憶喪失状態になった後、解放された。
最後まで料理を拒んでいたエドルと他の数人は、もう興味なくなったリヴィエと村人達に長い間、牢屋の中に閉じ込められていた。
人間がいなくなって、世話するのはもちろん、配置されているマンドラゴラ達。
食事は定期的に運ばれてくるから、餓死することはないが、言葉を発さずに淡々と作業するマンドラゴラとコミュニケーションは取れない。
人との交流がなくなり、徐々に精神的にエドル達は追い詰められていた。
精神崩壊する者も続々と現れた。
牢屋の中に目を向ければ、地獄絵図。
更に不幸なことに、残りの仲間が次々発狂していく中でも、メンタルがタフだったのが仇になり、エドルはギリギリ正気を保っていた。
それも、限界を迎えている。
「喋ってねえだと? 命乞いするなら嘘は良くないな」
「本当だッ! 信じてくれえぇ! 嘘じゃない!」
「……必死だね。信じてもいいが、信用を勝ち取るにはどうしたらいいのかね、エドルくん? 他の仲間がいないようだが? 商品もないみたい。これは……どういうこと?」
暗殺者達を率いるリーダーは一歩近づき、優しい声でエドルに話しかける。
「……あ、あの女だ、あの女! あの女が――」
「ほう、あの女とは?」
尋ねられて、エドルはリヴィエと彼女が助けた村人のこと、全てを暗殺者達に言った。
「俺が知っているのはこれが全部! 信じてくれ!! 悪いのはあの女なんだぁ!!!」
「……エリスミーラ神殿、聖女、か……チッ。……えぇ、ああ、もちろん信じるとも。エドルくん。……おいアレを」
リーダーに促されて、暗殺者の一人が前に出る。
その手には、羊皮紙が握られている。
「知っているだろう? 真実の神リラシアの契約書。ここに書かれている契約を違反したら、神罰を食らう。エドルくん、我々は真実を打ち明けたお前に、危害を加えない。お前がここにサインすれば有効だ」
「リラシアの、契約書……。あぁ、知っている!」
「ちなみに、知っているなら話が早い。俺達だけじゃないぞ? ここにサインした時点で、お前が言ったこと、もし嘘が一つでもあったら、お前が真っ先に神罰を受けることになるけど、いいのかな? エドルくん」
「う、嘘は、言ってない! サインする! 殺さないでくれ!」
差し出されてきたリラシアの契約書の文面を食い入るように見つめ、何度も確認した後に、エドルは恐る恐る安全を保証してくれる契約書に名前を書く。
「……ふーん、嘘は言ってないのか。……おい、解放してやれ」
サインしたエドルに神罰受けていないことを確認して、暗殺者のリーダーは指示を出す。
「……あ、ありがとう」
お礼を言い、牢屋から出るエドル。
だが、数歩歩いたところで、いきなり首筋を押さえ、苦しそうに床に倒れ――
「――ガッッ……? なん……で……?」
疑問の言葉を吐き出し、エドルは絶命した。
「……リーダー、死んだぞ」
「これ、燃やしていい?」
「ああ、いいぞ。サインした本人死んだから、契約書もう意味ない」
証拠は残さない。
暗殺者のリーダーは部下に、証拠隠滅を命じる。
「アイツマジで馬鹿だな、契約書にサインする前に、すでに致死量の毒霧を吸い込んでいた事も知らずに。なあ、リーダー」
「騙すなんて、流石リーダー、最高ゥ!」
契約はサインした瞬間有効になる。故にその前に危害を加えられていたらどうしようもない。
部下の称賛の声に、リーダーは、
「人聞き悪いぞ。契約書は本物だろ? 頭がまわらないアイツが悪い。……しかし、神殿の聖女か……」
次の目標は、決まった。




