森のガーディアン一号。
「……」
作業をしながら、元気に走り回っているマンドラゴラたちを眺める。
あの日から、マンドラゴラ・改たちは我が家で住み込み、働き始めた。
会話で意思疎通を試みると、意外と知能が高く、そして命令に忠実で従順。見た目のことさえ気にしなければ、基本無害な生物?……だと思う。
なんで関係なさそうな作物の特徴を入れてこんな生物になったんだというツッコミは、当の本人、つまり私が一番疑問だ。
ただそこについては生命の神秘ということで、思考放棄した。きっと考えても答えは出てこないだろう。
それより別の問題が生じた。
健気に働いているマンドラゴラ達に対し、いつの間にか愛着が湧いてしまい、食べられなくなっている。
本末転倒もいいとこである。
(そもそも食べやすいように改良したのに、食べられなくなったのは思いっきり逆効果じゃない)
ため息が、口からこぼれる。
だが諦めることなく今度こそと、マンドラゴラの改良を再び始める。
(前回の失敗を踏まえて――そもそも失敗なの?……うん、失敗じゃないと思う。相変わらずジャッジが難しいけど、めげずに頑張っていこう。オー)
一応、マンドラゴラたちにその体の原因について尋ねたが、本人たちもよくわからないのでどうしようもないね。
(食感はもちろん、見た目も改良。んで危険な植物になる可能性は一番気をつけなきゃならない。……前回は、大根までは良かったよね、確か。つまりそれ以降に問題がある、と)
大根と融合させるのは確定、次は顔の改良。
(顔が柔らかくなる植物ね。……チューリップとか、花と融合させてはどうかな)
その改良案は初期から頭の片隅に残っていたが、最終的食べるのを考えるお花と融合させるのはどうだろうと思う。
(……食料なら、花は後回しだね。まず他の作物を試そう)
というわけで、今回は大根を入れた後に、かぼちゃを入れた。
――顔が柔らかくなるだろうという私の試みは、見事に――
――失敗したのである。
ああ、何ということでしょう。バルティア様、エリスミーラ様、奴らは、奴らは……ッ! なんと、肥大化してしまったんですッ!
わかりやすく言うと、足が生えた上にでかくなった。ガッデム。
「私よりでかくなってる……」
マンドラゴラ? を見上げる。
目の前には、三メートルを余裕で超えるであろうマンドラゴラが立っていた。
もはやマンドラゴラというより、何かの英雄譚の中に出てくる巨人という風貌。後ろから見れば三メートルの直立歩行の大根にしか見えない。
相変わらず外見は大根のような白いボディと、真ん中に若干柔らかくなった人間のような顔と、頭上には緑の葉っぱと、大地を文字通り力強く踏みしめている両足。
肥大化の影響なのか、両手も例外ではなく丸太のように太くなっている。
いろいろ試した結果、知能はマンドラゴラ・改たちとさほど変わらないけれど、体はすごく頑丈になっていることが判明した。
また、頑丈な体を手に入れた代わりに俊敏さはなくなっている。
命令に忠実なとこは変化なし。
「リヴィエお姉ちゃん、どうしたの?」
私が頭を抱えていると、エマが心配そうに声をかけた。
「色々ツッコミが追いつかないだけだわ。大丈夫よ」
だいたいね、なんででかくなった?
かぼちゃを入れただけなのに?
かぼちゃが犯人なの?
何が原因なのか、さっぱりわからない。
それに百歩を譲ってでかくなったのはいいけど、三メートルもでかくなる必要ないでしょう。私は一体何を生み出したん? と自問せずにはいられない。
「……」
改めて巨大マンドラゴラを見上げる。
私の視線に気づき、マンドラゴラも見つめ返してくる。気のせいだろうか、その視線はどことなく哀愁を漂わせている気がする。
「……今日からお前を森のガーディアン一号に任命する」
私の適当な命令を聞いた巨大マンドラゴラはコクリと頷き、ドシンドシンと重い足音を響かせながら盆地の入口付近へと向かっていく。
正直扱いに困る。
気を取り直して、再び改造――ゲフンゲフン……改良について考える。
サンプル数はそれほど多くはないが、今までの実験で問題が起こっているのは大根を入れてから、つまり次の作物が原因になっている。
(大根が原因ってこともあり得るけど、でも食感的に大根以外の代替食材は見つからないのよ。ニンジン……はなんか変な方向に行きそうだし。うーん、発想の転換ということで、最初にかぼちゃを入れるのはどうかな? かぼちゃの後に大根とか)
でもまた巨大化したらどうしようもなくない? ガーディアン二号が誕生する。
一号の扱いにすでに困っているのにこれ以上増やしてどうする。却下。
とうもろこしも考えたけど、見た目がツブツブになりそうで怖い。外の葉っぱを引っ剥がしたら中身がツブツブだらけとかホラーだ。グロすぎ。
(……まあ、理想の見た目と食感を目指しながらのんびりやっていこう)
マンドラゴラはゆっくりでいい、それより今は売るためのポーションを作ろう。
ウマとエマを追い出したあの村に調理器具や大工道具、農具を調達しに行かないと、色々不便だし、神殿の影響がない国へ行くには、金がどうしても必要になる。
そういえば、二匹はどうしてこんな魔境で暮らしているんだろう。
将来のことを考え始めると、ふとそのことが頭をよぎり、気になった。
作業が一段落したところで、二匹にそのことを改めて詳しく尋ねると、
「うーんとね、うーんとね。エマたちは、もっと北、から? メイスエクという国? を離れて」
エマは身振り手振りで、北方を指差しながら、私に一生懸命説明しようとしている。
メイスエク……聞いたことがない国名だわ。でも北方ということは、この魔境の北ということだよね、きっと。
北方と言えば、人間ならざる者たちが多く住んでいる、ということを司祭長が言っていたのを思い出す。
獣人の国だろうか。
「なんで二人はメイスエクを離れたんだろう」
「えーとね、それはね、エマたちもよくわかんない」
素朴な疑問を口に出すと、エマが困った顔で答えた。ウマもそれに同感のようで、コクリと頷く。
逆に私は気になり、それについて更に詳しく聞くと、どうやら子供の時にお母さんとお父さんが二人を連れてここまで来た。ってエマは語った。
私はその話を聞いているうちに、妙な不安と焦燥を覚える。
(急に住み慣れた故郷を離れなきゃいけない場合、十中八九流行病か、戦争だね)
物騒な話だけど、国によっては日常茶飯事。
エリスミーラ様を信奉する神殿が大陸でトップレベルの規模を誇っていられるのは、そういう背景が大きく関係している。
流行病が発生すれば、戦争になれば、人は死ぬ。そしてエリスミーラ様の癒やしの加護を持つ人は重宝される。
神殿の奴らはそこをうまく利用し、各国の王族や貴族を取り込んで、自分の勢力を拡大していった。
神殿で生まれ育った私は、汚いやり方だなと思いながらも、すごいなと感心する。
それに、どんな平和な国でも、人間は死ぬのが怖いんだ。寿命以外では死ななくなるなら、喜んで大金を払う人間はゴマンといる。
(それより、問題はメイスエクの情勢だよ)
世の中の現状を憂いても仕方がない。出来上がってしまったものは簡単には変わらない、そんなことより今日のご飯の心配をしたほうがいいわ。
エマとウマの話を聞くと、メイスエクが戦争状態に陥り、もしくは疫病流行している可能性がある。
神殿の影響がない国へ行くには、最初は魔境の北、つまりメイスエクを通ればいいと計画していたが、情勢が不安定な場合は計画が破綻する恐れがある。
その時は、別のルートを考えないといけないな。
(とりあえず村に行って、欲しい物と情報を入手するのが先ね)
非常にありがたくないことに、なんと神殿は定期的に支部に視察官を派遣する全く嬉しくない親切システムが有る。ぶっちゃけ監視としか思えません。
最初は誰も行きたがらない魔境なら、視察官を派遣することもないだろうと高をくくっていたが、万が一来たときのことも考えて、脱出準備は早めに整えておいたほうが良い。
今後のことを考えながら、私はいそいそと薬草を磨り潰し、売るためのポーションを作っていた。
すなわち三メートルの大根。
早めに投稿します。