国と人民のために
部屋の中からリヴィエと彼女の侍女が出ていく。
その様子を、クラリアは思考を巡らせながら、目で追っていた。
やがて、二人分の足音は聞こえなくなり、静寂が舞い戻る。
――神殿は最初から、魔境を独占しようと動いていた可能性、考えたことない?
と、脳裏に彼女の言葉が反響する。
――その可能性は、もちろん考えたさ。
と、クラリアは心の中で彼女の問いに答えた。
だが、手を組もうと提案すれば、組んでくれるだろうと踏んでいた。
人間同士だからだ。
リラルと争うより、周辺国が不安定になるより、そっちを選ぶだろうと考えていた。
大義を掲げながらも、損得勘定で動くことの方が多い神殿なら、その条件飲んでくれるだろう。
山分けしようと言っている。神殿側に損はないはずだ。
別に認識が甘かったわけではない。ただ、合理的だからうまく行くだろうと。
だがはっきりと、彼女は匂わせてきた。神殿が独占を企んでいることを。
確かに、その可能性も決してないわけではない。むしろ十分にありえる。
気になることと言えば、神殿はこれまで、自分達はあくまで神々の代弁者、とそう主張してきた。
実質上、国土なき国と言える神殿だが、その有り方は崩さなかった。
政策などに口を出してくることはあっても、国家の領分にまで手を突っ込んだことはない。
それが、今になって突然方針転換?
――その可能性は完全にありえない、と言い切れないのが困る。
(さて、どうしようかな)
クラリア王子は、苦笑を浮かべた。
リヴィエ・ソイアル――彼女が語る神殿側の意思は、本当だろうか? 嘘だろうか?
……この場合、嘘をついてどうする? 魔境開発の話は、神殿にとっても利益ある話なはずだ。
なら、本当……なのか?
(どっちにしろ、諦めるわけにはいかない)
神殿と敵対するわけにはいかないが、手ぶらで帰るわけはもっとだめだ。
相手は世界最大規模を誇る神殿。これまでと違う方針に転換したというのならば、なおさら誰よりも先に見極め、情報を仕入れる必要がある。
これまで――ではなく、これからの情勢にいち早く対処していきたいからだ。
全ては、我が国と人民のために。
(別の攻め方を考えねば)
そう決めたクラリアは、すでに次の一手を考え始めている。
――危なかったわッ!
何アイツ!? 鋭いんですけどぉ!?
早足に歩く私に、リティが心配そうに声をかける。
「創造――リヴィエ様、大丈夫ですか?」
「大丈夫、と言いたいけど、何アイツ? ってのが本音ね。神殿を利用すると言ってきたとこ、すごい冷や汗出たわ。度胸ありすぎでしょ。一歩間違えれば神殿の不興を買いそうな行動を平気で提案する大胆さ。……いや、だからこそか」
おおよそうまく行くと踏んでいたんだろうね。
……実際、うまく行くと思う。
私は会議の時にああ言っていたけど、神殿の傾向を知っている身としては、彼の提案通りに行くだろう、普通に上層部が話を聞いたら。
もちろん反対する者も少数ながらいると思うけれど、多数決で共同開発に同意するだろう。
簡単なことさ。
神殿だけで資源の開発や採掘より、他の国に任せて成果とうまい汁だけは吸うってのが、あのカルト野郎集団のいつものやり方だから。
他人に働かせて、自分達は美味しいとこだけをかっさらう。
「それにしても、初耳なことが多いわね」
早足に歩きながら、つぶやく。
ワイバーンの群れの数? そんなの知らないわよ。
確かに前は襲撃されたというか、巻き込まれた形でやむを得ずに撃退したけど、あの時は別に大して死んでないし、今はそんなに減っているの?
――色々聞きたいことがあるわ。
「リティ――」
「もう伝えました。英雄グラシス様はジェシカ様と交代し、こちらに向かっている途中です。ウマ様、エマ様もすぐに来ます。ルナディムード、はついでに呼びました」
私の心を読んだかのように、リティは私が言うよりも早く、行動していた。――実際、心を読んだんだろうね。助かるけど。
それと、初期メンバーと主要人物は様付けで呼ぶなのに、ルナディムードに対して自分と同等か下に見ているからか呼び捨てである。まあ、いいけど。
「……リティはアイツのことどう思う?」
「先程の男性ですか? そこそこやりますが、大したことありませんね。リヴィエ様には及びませんのでご安心を」
「そういう持ち上げはいいから、本当の意見が知りたいの」
「私、そんなつもりはありません。リヴィエ様のことを心から――いえ、実際の評価が知りたいのですね。そうですね……正直なところ、難しいです」
「難しい?」
「はい。リヴィエ様とあの男性が互いを出し抜こうとしている場合、勝負の行方はなかなか予測できません」
「リティでもわからない?」
「はい。申し訳ありません。不確定要素が多すぎる故に。ですが、頭脳戦において最低でも互角以上に戦えるかと」
ある意味お墨付きもらったようなものか。リティがそう言うなら。
マンドラゴラ達の計算によると、互角か。
それなら、私が取るべき次の行動は決まっている。
「貴殿を待っておった。リヴィエ殿」
外で待っていた獣人の王子に、私は――
獣人がリヴィエのこと貴殿って呼んでますが、貴殿というのは主に男性に対して使われます。
なので違和感を感じる人もいるんじゃないかと。というか私はかなり書いてて違和感を感じました。
でもこの世界の獣人は基本、武人社会と独自の文化から、そういう呼び方になりました。
数話前から言いたかったんですが、忘れてました。