逆の状況
「……何者と尋ねられましても、エリスミーラ神殿所属の聖女、階級は二級としか答えようがありませんね」
「……そうか。まあ、いいだろう。今のは悪かった、余計な詮索は良くないな。……人に言えない秘密は、誰だってある」
ニコニコと満面の笑顔で答えると、クラリア王子はフッと笑みを浮かべ、謝ってくれた。
と思ったら、そのすぐ直後に――
「だが気が変わったらいつでも歓迎する。貴女の共犯者になるのも吝かではないぞ?」
と、自信満々に言い放った。
当然、私の返事は決まっている。
「……せっかくのご厚意ですが、遠慮しておきますね」
信用できるかできないかの問題ではない。
彼は決して馬鹿ではない。
共犯者になるとも言ってくれたけれど、秘密を守ってくれる保証はどこにもない。
何より、神殿と私を天秤にかけたら、私を選ぶとは思えない。
「では商談の話にしよう」
私の冷たい返事に対し、彼は気にすることなくさらりと流して、ストレートに切り出した。
「……貿易条約でしたっけ?」
頭の中で思い出しながら、クラリア王子に確認する。
「ああ。ここの所有権は貴女にあると暫定し、我々リラル王国は共同開発のパートナーとして――」
「お待ち下さい。その所有権は誰が認めるんですか? 効力はどこまでですか?」
「リラル王国が認める。契約書も持ってきた。……知っていると思うが、この大陸の連盟に加入している国であれば、メンバー国が承認している正式な契約は無視できない決まりになっている」
「えぇ、知っています。ですが、国同士でも約束を反故にすることはあります。その場合、リラル一国の承諾は無意味なことになります」
「……痛い所を突くな。確かに自分の利益のためにルールを無視し、一方的に戦争を始める国もいる……が、そこで貴女の出番ですよ、聖女様」
「……はい?」
突然話を振られ、頭が一瞬フリーズする。
そんな私の反応が面白いのか、クラリア王子はニヤリと笑い、説明を続ける。
「貴女は、癒やしの女神、エリスミーラ神殿に所属している。――世界一、二位の神殿だ。この意味がわかる?」
「……まさか」
「そのまさかよ。なぜこの魔境の所有権は貴女にあると暫定したと思う? 貴女が所属している神殿が所有権を持っていることにしたいからだ」
「……ずる賢いというかなんというか」
「獣と違うんだよ、人間は。神殿が持っている状況は、例え異議を申し立てたくても――できない。なぜなら、エリスミーラ神殿の勢力は世界中に広がっていて、各国の中枢に入り込んでいる」
「……そう、ですね」
彼の狙いを理解し、内心に渦巻いている呆れにも似た感情を、小さくため息と共にこぼした。
神殿を利用するのね。
流石人間。ずる賢いわ。
エリスミーラ神殿はこの大陸だけでなく、世界中の大陸に支部がある。
そして癒やしの加護ということを利用し、うまく各国の貴族や王族に人脈を作り、強力な発言権を有している。
病気、怪我、事故、部位欠損、戦争、癒やしの加護の出番は決してなくならない。
確かに神殿が相手だと、そこそこ規模の国が文句を言いたくても言えないだろう。
……クラリア王子は最初からそれが狙いで、提案してきたのか?
だとしたら、油断ならない。
「……殿下の狙いは理解しました、ですが私の一存では決められません。それに――」
「それに?」
「――神殿がもし、領土権を主張し、かつ資源はすべて神殿の物であると主張したらどうします?」
「――ぬ?」
全く予想してなかったのだろうか、私の逆に尋ねた質問に、クラリア王子は顔を僅かにしかめ、言葉を詰まらせていた。
しばらく沈黙の後に、彼は――
「……神殿側の理由を聞いても?」
「えぇ、いいですよ。うふふ、殿下は大変、頭良い方ですね、理解が早くて助かります。……魔境はこれまで、どの国も手を出せなかったと、殿下はこう言いました。ではお聞きしましょう。なぜ今となって突然最上級の魔獣の数が減りました?」
「……それは、」
「うふふ、なぜ、今、このタイミングでしょうか?」
「……何が言いたい?」
「殿下は、神殿を味方につけるつもりですね。でも、そもそも逆の状況も考えられません? そう、例えば、私は魔獣駆逐のために派遣されて、神殿は最初から魔境を手に入れるために動いていました」
私に可能性を提示されて、クラリアは考え込んでしまった。
半分は本当で、半分はハッタリ。
彼は神殿を利用するつもりでいるけど、その前提は神殿がそれを許すかどうか。
ここはあまりにも危険で、支部建設と人員派遣する価値はないと、今まで神殿の上層部に判断されていたけれど、魔獣が大幅に消えた今は、方針変更の可能性は十分にある。
だから、神殿が資源を譲ることなく全部持っていくことだって、ある。
クラリア王子は資源を山分けしようと考えているけど、神殿がそれを許さないとそもそも意味ない。
まだ腕を組み、唸っているクラリア王子に、私は――
「どうぞじっくり考えてください。では私、用事がありますので、しばらく席を外しますね」
考え込んでいる彼と部下達を室内に残し、リティと一緒に出ていく。




