「貴女は、一体何者?」
――貴女ですよ、リヴィエ・ソイアル。
……まずいわね。
とぼけてもいいけど、今更それも意味はないでしょう。この人には通じない。
「……それと、婚約とはどういう関連性でしょうか?」
だけどジャブは打つ。
バカ正直にうなずくではなく、できるだけ相手から多くの情報を引き出す。
「言ったろう? ここを欲しがっている国は複数。眠っている資源、拠点としての価値、領地の価値、色々あるさ」
そこでクラリア王子は人差し指で、私を指差した。
「今まで諸国を困らせていた危険な魔獣は大幅に減り、そこに村が出来上がっている。ならば手に入れるにはどうすればいい? 答えは簡単さ――キーパーソンとなる人物は、貴女」
「……だから婚約ですか? 失礼ですが、それはいささか短絡と言わざるを得ませんね」
私の返答にクラリア王子はフッと笑みを浮かべた後に、話を続けた。
「……それは違うな。王族の俺は、政略婚に抵抗はない。国のためならば、顔も名前も性格も価値観も――何もかもわからない女と結婚できる」
言葉を一区切りしてから、クラリアは再び口を開く。
「だが本音を言えば、傲慢で高飛車で、民のことではなく、己のことしか考えてない頭空っぽの馬鹿女と結婚するのは拷問だと思わない?」
身をわずかに乗り出し、私に問いかけてくるクラリア。
あまりにありのままを告げた告白に、彼の背後に一列に立っていた部下達は様々な反応を見せる。
クスクスと笑いを漏らす者。苦笑する者。うなずく者。
様々な反応だけれど、一つ共通点がある。それは――全員が王子の言葉に同意している。……人望あるんだね、彼。
「俺だって好みはある。どうせ政略婚するならさ――」
クラリアは私の顔を見ながら、いたずらっぽく笑い――
「――貴女のような、慈愛に満ち溢れた賢い女と結婚したいね」
「……そう仰っていただけると、身に余る光栄ですが、過大評価です。私は殿下が思っているような女性ではありません」
「ほう? 過大評価? 具体的にどこが?」
「……私は今こそ神殿に所属しておりますが、貧しい辺境の村の生まれです」
「神殿に拾われたなら才能はあるんだろう。言っちゃ悪いが、アイツラは無能は拾わん」
それは……そうだけど。
「……教育を受けておりますが、なかなか身につかなくて」
「安心しろ、俺も別に政務を任せるつもりはない」
随分寛大ですね? いいのか?
「……慈愛に満ち溢れておりません」
「ここの村人に聞いた限りでは、随分命懸けで助けたみたいだが?」
……しまった。
それと、助けたのは事実だけど、命懸けは流石に誇張しすぎ。村人の皆さん、勝手に話盛らないでくれる?
しかし、クラリア王子はなかなか引かない。
こうなったら最終手段。
「私、今は恋愛も結婚もするつもりありません」
「では貴女の気が変わるまで待とう」
――大変粘り強い方だね。
「一生変わらないと思います」
「構わんさ、それなら貿易条約や所有権認定を結べばいい。リラルにとって一番困るのはここが他の――それも敵国の手に渡ったこと」
クラリアは自信たっぷりに笑う。
なるほど、最終的に彼らがほしいのは魔境であって、私ではない。
それなら、まだやりようがある。
と私が口を開こうとした瞬間――クラリアが先に言葉を発した。
「もっとも、私個人的に貴女に興味がある。今まで軍の消耗を避けたくてどの国も制圧できなかった魔境に――村を作った貴女に大変興味ある」
正体を探るように、クラリア王子の視線は私に狙いを定め、
「……癒やしの加護では到底それができるとは思えない。部下の報告によると未発見の新種魔獣も確認されている。そしてソイツラは貴女に従っている……貴女は、」
クラリアは興味深そうな笑みを浮かべ、私を見つめながら尋ねた。
「貴女は、一体何者?」