いかがわしくありません!
「リヴィエちゃん、寂しかったよ……! あの時から二ヶ月三日五時間四十二秒の再会、もう寂しくて寂しくて私死にそうだわ」
聖女ライシェ――本物のバケモノはルア村の人達に見られているにも関わらず、私に抱きつき猛烈に頬ずりしてくる。
……だからなんで私を見つける度に抱きついてくるの? なんで頬ずりするの? 私はぬいぐるみか抱き枕かな? 離れなさい、もう。暑苦しいわ。
全力で引っ剥がそうとしている私だが、ライシェはなかなか放してくれない。ぐぬぬ……!
コイツ、外見は上品金髪美人のくせに、意外と怪力だよな……!
「……ライシェ様、みんなの前です。落ち着いてください」
流石にこれ以上力を加えたらじゃれ合う域から出るので、言葉のナイフに切り替える。
「えぇ~? なんで? 私、リヴィエちゃんに久しぶりに会えて嬉しいよ。ライシェ様なんて呼ばないで! ライシェちゃんって呼んで! いや、ライシェでっ!」
が、だめ……!
ライシェは抱きついたまま上目遣いで見つめてくる。
「それはいけません。ライシェ様は一級聖女、私は二級、天と地の差があります。ご自愛下さい、ライシェ様。また司祭長に叱られますよ?」
諦めてはいけない。続けるのよ、私。
言葉のナイフを振りかざして、奴の心の臓にぶっ刺して! 息の根を止めるのよッ!
ついでに階級だけではなく、距離も天と地ほど離れてくれればいいなと思います。
「あぁんもう、それがどうしたのよ、私はリヴィエちゃんのこと大好きよ、階級は関係ないわッ! ここは神殿じゃないし、それにリヴィエちゃんのためなら私、喜んで人を殺しますわ」
会話が一番大事なのはキャッチボールだと思います。……誰だよ、ドッジボールの奴を連れてきた人は。
それとあっさり自分の地位を捨てるな&殺すな物騒すぎる。
司祭長、早く来てください、猛獣が檻から解き放たれましたけどいいんですか? というか助けなさい、コイツはあんた達が飼ってる聖女でしょ? 責任取れよカルト野郎共。
「ライシェ様、お止めください。みんなが見てます」
「リヴィエちゃん照れてるぅ? かわいいなもう。それと様はやめてって言ってるのに、意地悪だなリヴィエちゃんは」
もともと泥棒騒ぎと光の柱を見にここに集まっていたルア村の人達は、すっかりライシェのペースに巻き込まれてしまい、野次馬になって、何だ何だと傍観し始める。
そんな衆目環視の状況にも関わらず、ライシェは私を抱きしめて放そうとしない。
私はというと、先からずっと抵抗しているんだけど、なかなか彼女を引っ剥がすことはできない。
「ライシェ様、貴女様は世間体というものを軽んじています。軽々しい行動はお控えになってください。公の場で私のような階級の低い者と親しく接してはなりません。ご自愛ください」
「敬語! 冷たっ! 態度の壁と言葉の棘を感じる!」
えぇ、そう感じるのは当たり前です。だって先からずっと言葉のナイフに悪意を込めて貴女様の心臓にぶっ刺して、ぶっ刺して、切り刻んで、突き立てているんですからねぇ!
なのにコイツはメタルメンタルと言いますか、弾き返す鋼を遥かに超えて、そのメンタルはブラックホールの如く私の攻撃を全部吸い込んだ。
絵面が微笑ましく見えるのか、傍観している村人の中に和んだ笑顔を見せている者も少なくない。
傍から見ればどう見えるんだろうか。
少し年上のデキる姉が妹を無理矢理可愛がっている?
それとも外見は完璧美人だけど中身がダメ人間の姉が見捨てないでと妹にすがりついている?
……どっちも嫌です。
と、突然傍観の人垣をかき分けて、ルナディムードの声が聞こえてきた。
「おい、先ここで大きな神力が落ちたが大丈夫か? まぁお前のことだぁ、死んではいない――だろ……う……な?」
私の戻りがあまりに遅いので、探しに来たのだろう。
が、私に抱きついているライシェを見た瞬間、顔色を変えた。
それはライシェも同様のようだ。
二人――いや、一人と一匹が互いを認識した瞬間、ライシェが妖しく笑った。
「あらあらぁ、こんな所にも異端が……。うふ、うふふ……。リヴィエちゃん、下がって。さあ、異端、死になさ――――」
「……てめえ……ッ! こんな所に俺達龍族レベルに達している人間がいるとは……!いいぜ、ぶち殺してやらぁ――――」
――やばい。
何がやばいかって?
別にこの二人が怪獣大決戦やろうが戦おうが私は知ったことじゃない。
殺り始めたら私は隙に乗じて逃げるだけだし、むしろどんどんやってくれて構いません。
ライシェはともかく、ルナディムードは一応味方だけど……。それでも戦いが始まったら私は躊躇なく彼を置いて逃げる。迷わず逃げる。
薄情? いやいや、怪獣バトルは二級聖女の手に余るって! 私、人間。あちら、化け物。
止められるかっつーの。その場から速やかに撤退がベスト判断。
だからやばいのは私ではなく、この場にいるルア村のみんなよ。
私は逃げ切れるけど、ルアの人々はそうは行かない。
それに、二人が戦ったらルア村は間違いなく地図から消える。それは困る。
もう少しで私の旅費が溜まりそうなところで貿易拠点を潰されるのは何が何でも阻止せねば。
戦いが始まる前に。
「あ、あの……ライシェ様! 待ってくださいッ! 彼は、その――」
「リヴィエちゃん……? ううん、わかるよ、リヴィエちゃんの言いたいこと。仕方ないよね。――」
言葉を探していると、ライシェは状況を把握し、慈愛に満ちた表情で私を見つめ返してきた。
え? わかるの? と、一瞬ドキッとするが、
「仕方ないよね。――リヴィエちゃんは優しいから、そう言うの。でもだめなの、異端は異端、死あるのみよ」
ライシェは悲しそうな顔でルナディムードに向き直り、手にしている杖を向ける。
あ、良かった、全然わかってなかった。
心読む加護持っているの? ってヒヤッとしたが、よく考えたら私、コイツの加護知っているし。
でも状況は好転していない、一触即発のままだ。
止めないと――
「ライシェ様、待ってください! そういうことじゃありません! 彼は――私の下僕なんです!!!」
ごまかす言葉を選んでいる場合ではない。
私は、止めるために大声で叫んだ。
効いたのか、ライシェの手はピタッと止まった。
良かった、と安堵したのも束の間。
「……下僕?」
「……あら、まぁ、今時の若い子は」
「すげぇな……」
「……下僕って……いかがわしい響きだな」
「え? あの子とアイツは……そういう関係!?」
「アブノーマルだわ……」
「姉ちゃん、ゲボクって何?」
「シッ、知らなくていいわよ」
「あの子って確かリヴィエ……? たまに買い物に来るエリスミーラの……?」
ザワザワ……。
ヒソヒソ……。
ガヤガヤ……。
……私は忘れていた。
周りに、たくさんのルア村人がいるということを。