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そのまさかよ。




「機嫌が良さそうだな……」

「だって、もうすぐ目標の金額が溜まりそうだよ?」


 私はルア村へと向かう馬車の荷台に座りながら、今回の商品を眺めてニコニコ笑っている。

 そんなご機嫌な私とは対照的、御者担当のルナディムードはだいぶ面白くない表情を浮かべていた。


 コツコツやってきた成果というか、ルア村との定期貿易で得られた私個人の収入は、当時の目標にかなり近づいていた。


 最初、ルアから購入した肉の質に不満を感じていた私は、暇な時間にちょくちょく肉の品質向上を目指していた。

 加護によって品種改良された作物と、その作物を食べて質が上がった家畜の肉の味は、ルア村の人々と定期的に来る行商人の間で密かにブームになっている。


 私の商品の虜になった行商人はいい値段で大量に購入したいと提案し、おかげで収入は大幅に上がった。


 実のことを言うと、なんとなく最初からこうなるんじゃないかなと予想していた。


 不幸なことに、私は神殿でいい肉を食べて育った。

 だからこそ知っている、人間は一度いいものを口にしてしまうと、なかなか後戻りできない生物。

 特に、食べ物に関しては。

 まずい肉より、うまい肉のほうが良いに決まっている。


 ……うふふ、私の野菜と肉なしでは生きられない体にしてあげますわ。






「……で、お前、光の欠片は売るのか? 金がほしいならあれが一番手っ取り早いんだろ」


 ルア村で今回の貿易を済ませた後に、それまで無愛想に黙って見ていたルナディムードがまた話しかけてきた。


「あれは争いの火種になりそうで怖い」

「……それもそうか。っと、どこ行くんだ?」


 ルナディムードは馬車に乗らず歩き出す私を見て、慌てて尋ねる。

 荷台の上には今回購入した荷物が所狭しと置かれていて、その後ろに数匹の家畜が縄で繋がれている。

 すでに用は済んだし、そのまま魔境へ帰るのが普通だけど、久しぶりにルア村に来たこともあり、市場を少し見て回ろうかなと思う。

 なので彼に少し悪いが、ここで待ってもらおう。


「ちょっと色々買いたくなった。ここで待ってて」

「……はいはい」


 慣れたのか、呆れた様子で私を見送るルナディムード。

 さあ、色々買うぞ。






 とは言ったものの、流石辺境の村、品揃えは期待できない。

 読みたい本はないし、アクセサリーも粗悪品が多い。

 結局、購入したのはインクと紙と裁縫道具だけ。

 ……そして相変わらず高い。


「……日記を書くのにインクと紙が必要とはいえ、この品質はどうかと思う」


 何より本の品揃えが少ないのが納得できない。

 仕方ないことだとわかっていても、愚痴りたい。

 馬車に戻ろうと歩いていると、突然背後から、


「泥棒だ! 捕まえろ!」


 と、さっきいた市場から声が聞こえてきた。

 つられて反射的に振り向くと、


「どけッ!」

「――キャア!?」


 購入した物の袋を抱えている私の前に人影が高速に迫り、そのまま私を突き飛ばした。

 衝撃で袋の中身が地面に放り出され、転がっていく。


(もう何なの!? 治安悪いな流石辺境の村!)


 内心で悪態をつく。

 同じく辺境の村出身であまり他所のことも悪く言えないが、実際その通りだった。泥棒するなら私が去ってからやりなさい……!

 突き飛ばされて倒れた私は上半身を起こし、徐々に遠ざかっていく泥棒と、地面に転がっている私のものを交互に見ながら、捕まえるか拾うか、どっちを優先したほうが良いか迷う。


(……あぁ、もうっ)


 そうしている間も、泥棒の背中はみるみるうちに遠くなっていく。

 迷っている暇はない、私は瞬時に立ち上がり、走り出そう――とした瞬間、


 ドゴオォン!


 空から真っ白な光の柱が落ち、大地を大きく揺るがした。

 泥棒を捕まえようと、追いかけてきた人達は何事かと悲鳴を漏らし、頭を守っている。

 視界は白に染まり、耳鳴りがやまない。


 やがて、長く感じたそれが収まると、その場にいるみんなは光の柱が落ちた根本に、恐る恐ると近づいていく。

 そして――


「何……これ?」


 一人、また一人、困惑の声を上げる。


 それも当然。だってそこは――何もなかった。

 あるのは燃え尽きた灰に似た何か。

 泥棒は、どこにもいなかった。


 その光景にザワついているルア村の人と違い、私は――この光景に覚えがある。

 過去に何回も見た記憶がある。


 まさか、ね。


 そう思い、その場所から急いで離れようとした時、

 記憶の中のアイツとリンクするかのように、


「ああぁ、リヴィエちゃん! 会いたかったよ!」

 

 やはりか、こっちは全然会いたくなかったよ……!

 今一番会いたくない人物が、私を発見した喜びの声を上げながら、抱きついてくる。

 血塗れの処刑人と呼ばれ……エリスミーラ神殿、現役十人しかいない一級聖女の一人、ライシェ……!




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