集え、魔境へ(下)
「……ワイバーンの数が減っている?」
「はい。国境にいる観測隊からの連絡報告によりますと、境目に出没している群れの数は昔と比べて減少しています」
「それと隣のヤツらが何か企んでるらしいな? 獣人の分際で……相変わらず小賢しい悪知恵だけは回るようだな」
「はい、こちらも潜入したスパイの報告によりますと、我が国と戦争状態にある獣人の国、その王子フェロアは極秘裏に信頼できる部下達と近日、魔境へ出発するんだそうです。おそらく、前述のワイバーンの件とは無関係ではないかと」
「……獣は獣らしく地を這いつくばっていろ。と言いたいね。……で、そのワイバーン減少の原因は?」
「これが……国の精鋭を派遣しましたが、どうも妙なことになっていまして……」
突然、言いよどむ部下。
その様子に、報告を聞いていたリラル王国の第一王子クラリアが不愉快に眉をひそめる。
「妙なこと?……構わん、申してみろ」
「……はい、クラリア・リラル殿下。精鋭達はその調査の途中……魔境の境目で村を発見しました」
「は? ルア村なら昔から……」
「ルア村ではありません。別の――それも時の回廊と大森林の交差点にある岩山の麓に、村人らしい人間を何十人も見かけましたと」
「は? いやいや、あそこは――」
「はい、A級魔獣がうじゃうじゃいます。とても人が住めるような場所ではありません――ですが、報告ではそう書いてあります」
「……今日は冗談に付き合う気分ではないぞ?」
「私も冗談で楽しませるつもりありません」
「……幻か幽霊見たと言われたほうがまだマシだぜ。あそこに一晩過ごしたら翌朝骨になってたような場所だぞ?」
「精鋭もそう思い、村人に話しかけてみました。……どうやらあの村にはエリスミーラの聖女がいるんだそうです。時折近隣のルア村と交流することもあります」
「ふっ、嘘ならもっとマシなのをつけッ! エリスミーラだと? 治癒しか能がないヤツらはどうやって最上位魔獣退治するんだ? それに襲われたら致命傷だぞ? まさかヤツは数十人の村人を一斉に治癒でき、更に二十四時間治し続けられる……歴史上有数の聖女や大教皇並みの化け物だとでも言いたい?」
「違います。村人に接触した精鋭の話によると、あの聖女は奇妙な妖精、……いや、新種の魔獣を大量に従えている……だそうです」
「……魔獣を従える加護はねえぞ? いや、あるにはあるのだが……従えるのは獣だ。魔獣も従えなくもないが……今まではせいぜいD級まで。だがあの聖女はA級魔獣がうようよいる場所で平然と生きている? D級をいくら従えたところで、A級のワイバーンに太刀打ちなどできる道理もない。……それに新種のと言ったな?」
「はい、ですので私共もかなり困っています」
クラリア第一王子はため息をつき、頭を抱えた。
前代未聞だ。
聞けば聞くほど、不可解な話。
まず部下はリラル王国が長年欲しがっていた土地に村ができたと言った。それだけでも信じられないのに。
更にその村の中心はエリスミーラ神殿の者――治癒しかできない聖女と言った。
最後はあろうことか、その女は新種と思しき魔獣を大量に従えている。しかも最上級魔獣がたくさん生息している場所で、五体満足無事というわけだ。
「……その女は本当にエリスミーラの聖女か?」
クラリアはバカではない。
未知の魔獣を従えている以上、そこに疑問を抱くのは当然だ。
もしかしたらエリスミーラ神殿の名を騙っている詐欺師だってありうる。
世界で一、二位の勢力を誇るエリスミーラ神殿に所属しているって言えば、色々と便利だから。
「……村人達から聞いた話では、欠損した体も治せた。なので間違い無いかと……念のためエリスミーラに問い合わせてみます?」
「いや、いい。それよりもっと大事なことがある」
部位欠損も治せるならほぼ間違い無いだろう。
エリスミーラ以外にも、メインが治癒の加護ではなく応用になるが、体の循環と代謝を促進させることによって、最終的治癒の加護と同じ効果を得られる加護はある。
けど、一定以上の部位欠損までは治せない。
そこが、癒やしの女神との決定的な違い。
「大事なこと?……何でしょう、クラリア様」
「報告にあった隣国のアホの行動だ。魔境は危険な魔獣が多く出没する土地故に、手に入れるのを断念してきたが、事情が変わった。獣人のヤツらが向かった情報が入った今、先越される可能性がある」
それに、獣人だけではない。あそこの権利を主張している人間の国は、リラル以外にも二つある。
知能が低い獣人はどうでも良い。問題はこのことを知った他の国だ。
未だに未開の地の魔境は、膨大な資源が眠っているのでは? と囁かれている。
先に手に入れれば――。否、先に手に入れなければならないのだ。
全ては我が国のために――。
交渉材料は――私。
「候爵様、お呼びでしょうか」
「……魔境に配置していた盗賊団から連絡が途絶えた」
「裏切り、ですか?」
「さあな。だがどの道、私はペラペラ喋る人間が嫌いでね」
「……承知しました。始末してまいります」
暗殺者は退室していく。
その様子を、ダラリム候爵は温度を感じさせない目で追っていた。
情報を探り、周辺国の撹乱、人さらいなどを任せていた盗賊団は連絡が途絶えてから数週間経った。
――死んだ。と考えるのが妥当だろう。
……それならまだいい。
だが問題は生きている場合だ。
私は、秘密を守れない人間が大嫌いだ。それも、相手を殺すほどな。