後に伝説と呼ばれるマンドラゴラ隊
O月X日 晴れ
魔境に来て三日目。
昨日採ったマンドラゴラの一部に加護を使ったら、再生し始めた。
伝承上の希少な植物にも問題なく効果を発揮することを確認。未だに限界は知らない。困る。
再生したマンドラゴラは元気にうねうねしている。気持ち悪いので、再び石で潰した。試しに土に埋めて加護発動したら、絶叫殺人植物の復活。
また、バルティア様の加護は直接ではなくても、植物の媒体を使えば間接でも発動できることを確認。
試しに枯れた木の枝を地面に突き立て、その木の枝に加護を発動したら地面に花が咲いた。それよりマンドラゴラをどうにかしたい。
せめて見た目をなんとかしないと、食べる意欲も湧かない。大問題です。
品種改良を考えているが、他の植物と合体させていいのか悩む。もっとやばい植物になったらどうしよう。死ぬ。
とはいえ、現状では二匹が美味しそうに食べるのを、指を咥えてみ見ているだけのもなんだかなと思う。
そもそも私が食べたいから収穫した、なのに食べられないのは由々しき問題です。
まずは見た目と感触から改善していこう。
O月X日 晴れ
四日目。
罠と防衛線を張った。
ミミズ草で洞窟の地面を掘り、落とし穴を作る。その中に落ちたら即死するように猛毒の茨を張り巡らせている。
入り口の前に大量に昏睡と記憶喪失効果のある毒草を生やし、誘導し侵入されないように備える。
いざというときに洞窟を崩せるように細工もしておいた。よほどの大型魔獣以外は、おそらく大丈夫。
ボロ屋の改築も着手し始め、屋根を雨漏りしないようにし、壁の補強を行った。内部も住みやすいように改良する。二匹はとても喜んでいてしっぽをふりふりし続けていた。可愛い。
花や草、蔓などを使ったおかげで、全体的に見た目が素敵になった、嬉しい。まさに森の中の隠れ家。
マンドラゴラだが、見た目をデフォルメしたいと思う。あの顔はキモい。
そろそろ街に行って工具を調達したい。でもまだ早い。
O月X日 晴れ
五日目。
二匹に天気について聞く。雨季を予測する。
一応盆地の中に湧き水があり、そこに浄化と殺菌効果ある植物を入れて、濾過し水を確保している。変な虫とかないよね?
本格的に栽培も始めて、二日目で見つけた作物を育てている。加護を使えばあっという間に増えるけど、それじゃ面白くないし、楽しくない。食べる分以外はのんびり育てていこう。
ちなみにマンドラゴラを大根と合体させていたら、大根の特性を引き継いだからなのか、顔の部分は固くなっていて、フニャフニャの時の気持ち悪い顔が凶悪な顔つきになっていた。どうしてこうなった。
悪化? 改善? 相変わらずジャッジが難しい。
感触は、フニャフニャから大根になった。うーん……食べられなくもなくなったけど、顔が気に入らないから、さらに改善をする。
月日 曇り
六日目。
雨降りそう。
湿度が上がり、なんか朝からモワっとしてて、不快。二匹も同じ感想のようだ。
洞窟の入口付近に行ってみたが、侵入の痕跡がない。外は相変わらずワイバーンが飛んでいる。私美味しくないよ。
そろそろ毎日お芋は飽きてきた。料理したくても包丁がありません。鍋もありません。調味料がほしい。塩ってどうやって作るんだっけ。
確か海が近い国ではよく市場で売っているよね。
味付にいろいろな香辛料がほしい。貿易したい。でもあの街、危なそうだしな。二匹を追い出すろくでなしの人でなしが住んでいるもん。
あと本も読みたい。神殿で本に囲まれた生活が恋しい。
二匹は気にならないかもしれないが、私、夜になると暇で暇でしょうがありません。星空を眺めている間寝てしまったなんて最近良くあります。
日記を書くにもインクが必要だし、買い物しないと。
マンドラゴラ? 色々実験中だ。
月日 雨
七日目。
降ってきた。土砂降り。
二匹は大喜びで服を脱ぎ捨て、雨の中に身を投じた。そして初めて明かされる驚愕の事実。なんとウマも女の子だった。あまりにもボーイッシュだから、男の子だと思っていたわ。エマはわかりやすい女の子だから、余計にそう感じる。
植物で傘を作り、盆地の巡回をする。
畑は大丈夫かな?
月日 晴れ
いちいち何日記すのも面倒になってきた。インクの節約という大義名分のもとに手抜き工事を行う。
畑の様子は……多分大丈夫?
マンドラゴラは花が咲いた。土に埋めて様子を見ていたんだけど、これどうなんだ……。聞いたことないわよ、マンドラゴラの花なんて。
変異? なんか葉っぱがいつもより元気に揺れているし、怖い。あの土の下に一体何が起きているんだろう。掘り出して大丈夫かな。
月日 晴れ
マンドラゴラに足が生えた。
意味不。
どうなってるんだよぉおお。
私は羽毛筆を置き、視線を再びマンドラゴラに戻した。
”奴ら”は縦横無尽にボロ屋の中を走り、飛び、動き回っている。
そう、奴ら。
「なにこれ」
これ以外の感想は見つからない。
足が生えたマンドラゴラの大群は、無邪気な子供のようにあちこちに走り、駆け回っている。
マンドラゴラに足なんて、もともと生えているとツッコむ人もいるだろうけど、その足は歩行能力がない。せいぜいうねうねと動かして見ている人を気持ち悪くさせるだけのふにゃふにゃした手足が、今は高い運動能力を獲得している。
ヴィジュアル的に完全に大根に足が生えたしか見えない。
「動くマンドラゴラですか……食べるのにまず捕まえないといけませんわね」
絵面があまりにもカオスすぎて、私までおかしくなりそう。
不幸中の幸い、というべきか、私の努力の結果、マンドラゴラの顔面偏差値は著しく向上し、デフォルメキャラクターのように可愛くなっている。具体的に言うとハニワくんみたい。
「わぁッ!?」
「ガ、ガルルゥ……!?」
起床したエマとウマはリビングに足を踏み入れる瞬間、走り回っているマンドラゴラの大群を目の当たりにし、驚いて声を上げた。
ウマに至ってはびっくりしすぎて、威嚇までし始める。
「おはよう、ふたりとも」
二匹に挨拶をすると、一部のマンドラゴラも反応して、二匹に向かってよっと片手を上げた。おや? この反応、意外と知能高い?
「リヴィエお姉ちゃん、なにこれ」
エマは自分の周りにいるマンドラゴラたちを警戒しながら、私に尋ねる。
「私もわからない、朝起きたらこうなってた」
頭を左右に軽く振り、エマに返事する。
むしろなにこれはこっちの言葉。私が聞きたいよ。
考えられる原因としては、品種改良を施したのがまずかったのかな。でも特にやばくなるような品種改良はしてなかった……よね。
私がやった改良といえば、主に顔がキモく見えないように他の植物の特徴を入れ、デフォルメしたことと、感触と食感が良くなるように改善したこと。
相変わらず元気に走り回っているマンドラゴラたちに目を向けながら、どうしようかと考える。そもそも土に埋めていたマンドラゴラは二匹のはずなのに、なんでこんなに増えているんだ?
「……えー、マンドラゴラよ。とりあえず整列しなさい」
さっきの反応を鑑みるに、それなりの知能はあるように見えたので、命令聞くかどうかを試す。
すると、徐々に――徐々にではあるが、マンドラゴラたちはおとなしくなり、私の言うことを聞いて目の前で整列し始めた。
やがて――そこそこ時間は費やしたが、全員? がおとなしく軍隊のようにきっちり整列していた。
「……意外と頭いいんだな」
全員? が私を見上げ、次の指示を待っている。
動く度に頭上に生えている緑の葉っぱと花が揺れ、不覚にも可愛いと思ってしまった。
色々ツッコミたいが、ツッコミ所があり過ぎてツッコめない。頭の中は言葉の洪水に飲み込まれ、様々な感情がないまぜになり、渦巻いている。
「……よし、マンドラゴラたちよ、とりあえず土に帰れ。今日はここまで、一旦解散!」
私に残された正常な思考力は少ない。完全に無くなる前に奴らに今日最後の指示を出そう。
命令を聞いたマンドラゴラたちは列を乱すことなくボロ屋から出て、我先にと土を掘り始め、そしてできた穴の中に身投げする。
更に器用に頭の葉っぱと花を使って、掘り出された土を穴に戻し――自分を生き埋めにした。
「「「……」」」
私と二匹は、そのあまりにもシュールでカオスで狂気な光景に言葉を失っていた。
ちなみに後日判明したことだが、我が家に住み込みで働き始め、言葉わかる上に命令に忠実なマンドラゴラ・改たちに愛着が湧いてしまい、食べられなくなっていた。
我ながら痛恨のミス。なので保存していた改良前のマンドラゴラに色々と試し、良い食感のマンドラゴラを目指して改造――コホン――再び改良を始めた。