最初のマンドラゴラ畑
思わず二度見する。
――マンドラゴラ。伝承によると猛毒を持ち、人のように顔と手足があり、引っこ抜く時に悲鳴を発し――無防備にそれを聞いた者は即死する。
またかなり希少で、古来より毒殺によく用いられているが、毒抜きをすれば上質で多様な薬の原材料として有名なところも特徴。
そんな植物が、目の前に生えている。……さすが魔境やわ。
まあ、私は毒殺とか薬とか、そんなことより――
「食べられないのかしら」
――真っ先に食べることを考えていた。
すでにお芋を大量に確保しているから、食糧不足というわけではないが、一度も食べたことのない食材故に、正直マンドラゴラの味に興味ある。
こんな魔境でなければ、こういう考えも起きなかったのだろう。
だが、引っこ抜こうにも、悲鳴を聞くと死んでしまう恐れがある。
どうしたものかと、腕を組み、策を考える。
ウマとエマはマンドラゴラの前で立ち止まる私を見て、不思議そうに首を傾げている。
(確か伝承の中、マンドラゴラは犬を使って引っこ抜いたって話よね……?)
思い出した私は辺りを見回し、犬を探す。当然、見つからない。
まあ、こんなところに犬なんている訳――。
そう思った時。目の前に立っている二匹の小さな獣人の姿が視界に入った。それはまるで閃きのよう、パズルのピースがハマっていく感覚。
……行ける、か?
「……エマ? ウマ? ここでの生活、そこそこ長いよね?」
確信半分博打半分、そんな心境で二人に尋ねる。、
「うん?」
「そうよ?」
二人は、素直に頷いた。
「これを、引っこ抜いたことある?」
私は地面に生えているマンドラゴラを指差し、確認する。
二人は顔を見合わせ、首を左右に振った。
「……そうか」
まあ、なら仕方ない。犬はいないが、獣人なら行けると思っていたけど。
だが次の瞬間、エマは予想外のことをさらっと言った。
「でも、お母さんは引っこ抜いたことあるよ」
「え?」
補足説明するように、ウマが、
「食べたこともある」
と付け加える。
「……美味しい?」
私の問いに、二人はコクンと同時に頷いた。――よし、マンドラゴラちゃん、待ってなさい。今日の晩飯、決めたわ。
「じゃあ私、耳塞いでおくから、二人……エマのその足じゃ駄目か。ウマ、引っこ抜いて頂戴」
私はエマの左足に視線をちらっと向け、ウマに頼んだ。
一応、飲ませた薬はメインの栄養回復、感染防止、免疫向上、止血以外に、成長促進の効果もある、だからと言って、足がすぐに生えてくるわけではない。
私の指示を聞いたウマは、マンドラゴラの葉っぱを掴み、元気に笑いながら頷く。私が耳を塞いだのを確認し、ウマはニィっと白い歯を見せ、一気に――
――ヤツを引っこ抜いた。
『――ピギャアァアアアァアアァアアアァアアァアアアアアァアアアァアァァアアァアアアァアアァアアアァアアァアアアァアァァアアァアアアァアアァアアアアアァアアアァアアアアアァアアァアアアァアアァアアアァアアァアァアァアアアァアアァアアァアアァアアアァアアァアアアァアアァアアアァアアァアアアァアアァアアアァアアァアアアァアアァアアアァアアァアアアァア―――――――――――――――――――――――ァッ!!!』
瞬間、辺り一帯を震わすほどの断末魔が発され、皮膚が波打つ。音波の津波は薄い皮膚を突き破り、内臓まで浸透し、全身を揺する。
耳を塞いでも、まるでシェイクされたかのような気持ち悪さを感じる。なるほど、こりゃ塞いでなかったら確実に死んでいたわ。
しばらく耐えていると、音の波は収まり、その中心にウマはマンドラゴラを掲げ、白い歯を見せながら、まるで褒めて褒めてとでも言いたげな表情でニィっと笑っていた。
「……すごかった」
素直な感想が、ポツリとこぼれた。
「今日はこれ、食べるの?」
引っこ抜かれたマンドラゴラを見て、嬉しそうにしっぽを振っているエマ。
「食べるというか」
私はゆっくりとウマに近付き、その手にあるウネウネと手足を動かしているマンドラゴラを観察し始める。
正直な感想と第一印象、キモい。
伝承通り大根のような形で、その白いボディに人間と同じく手足が生えていて、真ん中の部分に顔? がある。顔というか、空洞になっている両目と、口。
次に視線はウネウネと動いている手足に行き、また同じ感想を抱いた。
見ているだけで食欲がなくなる見た目だ。
「ご飯、ご飯」
しかし獣人はそんなこと気にしていないのだろうか、ウマはマンドラゴラを見つめながら鼻歌を歌い、上機嫌になっている。食べる気満々なのは見るまでもない。
「晩御飯の前に、案内お願いね」
まだウネウネ蠢いているマンドラゴラを極力視界に入れないように目をそらしながら、二人に他の場所の案内を頼む。
ボロ屋に戻った私は、二匹に料理の準備をお願いし、マンドラゴラと格闘している。
格闘というか、触りたくない私が考えた策は、ヤツを石で潰す作戦。地面に置いて、上から石を落とす、ジ・エンド。
砕け散った時にヤツは僅かに悲鳴を漏らした気がしたけれど、多分私の気の所為。そう思いたい。
バラバラになったヤツの死体(?)を回収し、じっくりと観察する。
(……バラバラになったとはいえ、気持ち悪い感触は健在、と。この感触どうにかしないとね)
人間のような手足と顔という特徴的な部分を除いて、見た目は大根とそう変わらない。なのに感触がぷよぷよで、どちらかというと大根じゃなくこんにゃくを連想させる。
乾燥とか燻製とか、水分抜いたら改善されるのかしら?
(獣人は気にならないけど、私は気になるわ。美味しい以前に、食欲が湧かないのは問題よ)
腕を組み、うーんと考え込む。
見た目もそうだけど、感触も引っこ抜く時に発する断末魔も、問題は山積み。
たとえ私の加護で増やしても、毎回二匹に頼んで引っこ抜くのも何だし、、人間のような顔と手足は気持ち悪いので、なんとかしなければ。
とまあ、マンドラゴラのことは一旦放っておいて、料理の準備を始める。
ウマとエマに導かれて、人参、とうもろこし、かぼちゃ、大根、ナス、アロエ……他にも色々ゲットし、持ち帰ってきた。当分の間、食べ物には困らないだろう。
ただ、それを料理する道具や、生活必須品が足りない。石のナイフで代用するのもいつか限界が来るし、まともな家具が欲しくても、自作する工具はない。
幸い、二匹に聞いた話によると、どうやらあの荒野の向こうには複数の小規模な村が存在している。
(まあ、物々交換したくても、持っていくものには気をつけないと。こんな魔境だし、鴨と見なされて――村人が盗賊化するか、もしくはもともと盗賊のパターンだってあり得るわね)
私はマンドラゴラの品種改良、日常生活の必須品、物々交換の場合など、解決すべき問題を考えながら、二匹の手伝いに向かう。
――とりあえず、明日からマンドラゴラ飼育日記でもつけとこうかな。
少し早いですが、夜の予定分を投稿します。