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カオスな空間




 ……突然の糞女呼ばわりは流石にひどいと思わない?


 心の中のビクビクは一瞬でピキピキに変わり、額に青筋が薄っすらと浮かぶ。

 しかし私は悟られないように抑え、余裕の姿勢を崩さずにニッコリと笑顔で対応する。


「……今の暴言は許して差し上げます。――まず、失礼ですが、どちら様でしょうか」


 まずはこれを聞いておかないと。

 目の前の彼――黒い服の青年の正体について、予想はだいたいついているが、それでも聞く必要がある。


「……あん? 見てわかんねぇのか? っていうか相変わらずムカつく女だぜ。暴言を許して上げるだぁ? それはこっちが言いてぇよ」


 青年は質問に数秒戸惑った後、悪態をつき始める。


 ――見てわからないから聞いてますわ!

 私は改めて青年を観察する。


 上半身は胸元を開けさせていて、半袖のベストのような――何の材質かはわからない、だけれどとても上質に感じ――夜の闇を思わせる、漆黒に近い服。

 下半身はくるぶしまで覆う長いふかふかのズボン。同じく星の輝きすらも飲み込むような漆黒の色。

 材質だけ見れば、どこかの大国の王族に見える。


 そして特筆すべきは、この大陸では見たことがほとんどない黒い髪。

 と、日焼けした褐色の肌。


 私の観察する視線を青年は不愉快そうに受け止め――

 一通り見て終わった私と目が合い、さあ答えよ! と私の答えに期待している表情で見つめてきて――


「……どちら様?」


 という私の言葉に盛大に脱力した。


「――先殺し合った相手を忘れるとはどういう神経してんだ糞女ァ! ルナディムードだよ!」


 ……だから、どちら様?





「……なんのつもりだ?」

「いえ、グラシスさんならば目隠ししている状態でも問題ないかと」


 私はグラシスさんの顔から手を放し、目隠しがちゃんと機能していることを確認する。


「……目隠しされなきゃならん理由は? それと買い被りすぎだ。俺はそこまで剣の達人ではない」」

「えぇ、グラシスさんは剣の達人じゃありません、英雄です」


「……目隠し取っていい?」

「だめです。待てもできないんですか、英雄さんは」


「……俺はしつけを受けている最中の犬か何か?」

「そういう趣味ですか英雄さんは。気持ちわるいです――目隠し取ったら、英雄さんは村の女子の裸を覗きまくる変質者という根も葉もない噂を流布しますよ」

「――ちょっ,おまッ」


 普段築いた信用はこう使うんです。

 神殿のでっち上げの英才教育を受けた私に死角ナシ。


「シャラップ!」

「……ぐ、…………」


 まだ何か言いたげなグラシスさんを黙らせ、ベッドの青年へと振り向く。


「……イカれてやがるぜ」


 一部終始を見ている青年――ルナディムードは苦笑を浮かべ、ぽそっとつぶやいた。

 と、見計らったかのように部屋の扉が開き、痴女が入ってくる。


「さあ、話を始めよう」




「と言われてもなあ、どこから話せばいいのやら」


 私の言葉に、青年は視線を室内にさまよわせる。


「まずあなたの正体。あなたは一体何者?」

「見ての通りの者だが?」


 両手を広げる彼。


「そうではなくて――あなたがどういう存在なのか」

「どういう存在ね……おっと、その前に」


 青年はなにか思い出したかのように指を弾いた。


「……?」


 今の何?

 疑問符を浮かべる私に、青年はいたずらっぽく笑う。


「ちょっと部外者に聞かれたくないんでね」

「聞かれたくないって、何かした?」

「――ああ、ちょっとこの部屋の時空を外部と切り離した。ついでにあの人間も」


 青年――ルナディムードはベッドの縁に座り、軽くストレッチしながらグラシスさんを指差した。


「へぇ……はい?」


 何言ってるんだこの人。


「わからねえのか。魔法だよ魔法」

「なるほど。――私を騙すには努力が足りないわね。こう見えても、不幸なことに教養と知識だけはあるわ」

「……クックック」

「……何がおかしい?」


 あざ笑うような、小馬鹿にしたような声を漏らすルナディムードに、思わず口を尖らせてムッとなる。


「……創造主様、本当です」


 唐突に、部屋の隅で控えていた痴女が口を開いた。


「またまたぁ、魔法なんて、今の時代にあるわけないでしょう。ねぇ? グラシス――さ……ん…………?」


 笑い飛ばそうと、私は目隠し状態で待機中のグラシスさんに振り向いた――が、違和感に気づく。


 動かないのだ。グラシスさんが。全く。

 普通、待機と言っても、少しは動くのに、だけれどグラシスさんは――微動だにしない。

 まるで、固まった彫像みたいに、動かない。


「グラシス……さん?」


 死んだ? と心配になる。

 声をかけても、返事がない。


 私は再びルナディムードに振り向き、問いただすような視線で尋ねる。


「死んでねえよ。なあに、古代龍にとって、このくらいの魔法なんて造作もない」


 彼から返ってきた答えの中に――今、私が二番目に知りたかったことがあった。




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