全力
いや、間に合わない。
そう確信した。
女の勘か直感かはわからない。
だが私の命令を聞いたガーディアンゴラは忠実に回避しようとしていた。
腕から生えている蔓や蔦を離れたところの木に引っ掛けて、瞬時に移動しようと。――それでは間に合わない。距離が足りない。
だから、体は本能的に動いた。
回避は間に合わない。
そう確信した瞬間、私は手に握っていた植物の中でも、特に固くてでかいタイプの木の種に――”私達を守る盾となれ”、純粋にそう願い、加護を発動した。
理屈も何もあったもんじゃない。
思考する余裕も、回避する時間も、呼吸する暇さえも、ない。
私は――おそらく一瞬後に迫りくるであろうブレスの直撃を防ごうと、乱暴にありったけの力を種に注いだ。
――ありったけを。
文字通り、リミッターが壊れたかのように、私自身でさえ把握していない全力を。
危機に瀕している。だからなのか――雑念は一切なく、ただただ加護に自身の思いをそのまま載せた。
その純粋な思いを受けて、複数の種からは一斉に芽が出て――太い幹になり――枝が絡み合い、一秒にも満たない刹那で私とガーディアンの背中を覆う屋根となり、直後――
――轟音と共に、世界が揺れた。
「――キャっ!?」
思わず小さく悲鳴を漏らす。
体を震わす揺れが止まらない。
様子を確認しようにも、視界は舞い上がる土煙と埃で白く染まり、キーンと耳鳴りがする。
――何が起きた?
状況を理解する時間もなく、
(――えっ?)
突然体は引っ張られ、白い幕が後ろへ流れていく。
(――あ、)
晴れたと同時に、ようやく私は状況を把握できた。
相変わらずガーディアンゴラに抱えられたまま、移動している。
肩には連絡係の子が振り落とされないように必死にしがみついている。
だが私を抱えて走るガーディアンゴラの体は、所々に斑模様のように黒く変色し、溶けている。……酸だ。古代龍の酸を受けたんだ。
それを意識した途端、ずっと鼻を刺激している匂いがあることにようやく気づけた。
舞い上がる土煙と埃の中に混じって、溶解する音と、不快な匂いが充満している。、
背後――先にいた場所を振り返る。
空から降り注ぐ強酸の雨によって、生命力あふれるジャングルは一瞬で地獄と化した。
酸の雨から無事に逃れられた植物はなく、溶かされて、まだ生きているのか、死んでいるのかもよくわからない。
その惨状は高速移動し、数百メートル離れたここまで伸びてきていて、
あちこちにできた酸の沼に着地するガーディアンゴラの足は、瞬く間に溶かされていく。
「………ッ!? 大丈夫? 待って、今治すからッ!」
慌ててガーディアンの巨体に加護を注ぎ、傷を癒やす。
(――それにしても……、)
……広い。
私は再び周りの様子を確認し、心の中でつぶやいた。
見渡す限り、視界のほぼ全域に酸のブレスを受けている。
直径にしては、およそ3キロ前後か……?
……馬鹿げている。
こんなの、軍隊一つがすっぽりと収まってしまう範囲だ。
中にいたら、それこそ文字通り、一瞬で死に絶える。
もう一度、振り返る。
私が作り出した巨木の遮蔽は、まるで最初から存在していなかったかのように、跡形もなく溶かされていた。
たったの十数秒で――。
防御は、意味を成さない。……普通のはね。
(……賭けになるな)
ちらっと背後に目を向け、奴の位置を確認。
器用に木々を避け、しっかり追ってきている。
ガーディアンゴラは全力で移動しているが、向こうのほうが早く、差は縮まるばかりだ。もうかなり近い。
……ん? 気の所為だろうか?……奴の体、小さくなってないか?
目の錯覚? だと疑い、二度見してしまう。
『なってるよ』
肩のマンドラゴラに尋ねると、肯定の返事。
――どういうこと? まさか、古代龍はでかくなったり小さくなったりする生物なのか?
だとしても、なぜ今?
頭の中はクエスチョンだらけだ。
(ブレスの影響ではないよね?)
『初撃でそれは観測されなかったから、おそらく違う』
と答えるマンドラゴラ。
良かった、ブレスを放つ度に弱体化するのか、と一瞬思ったが、どうやらそうではないようだ。
――そんな間抜けな生物だったら、ここまで追い詰められた私は豆腐の角に頭ぶつけて死にたい。
……古代龍は賢い。
対峙していてわかる。
最初のブレスは、遠くにいる私を狙い撃ちするために放った。その意図は、二回目のブレスでわかった。
あの距離で撃ってきたのは、届く確信があるから。――私を確実に殺せる、と。
だが私が予想外の方法で回避した。
それで二回目、奴は広範囲の攻撃に切り替えた。
一回目のデータをもとに、獲物の回避性能を分析した上での選択。
貫く酸の槍が殺せないならば、覆う酸の雨からは逃れられまい。――なんて考えていたんだろう。
今度は、確かに回避は間に合わず、やむなく防御した。
だがここで双方にとって、予想外の事態となった。
私が防げるとは思っていない古代龍。――しかし私は防いだ。
防ぎ切ったと思っていた私だが、防ぎきれなかった。
(――まずいわね)
徐々に、徐々に距離を詰めてくる黒龍の表情は、心なしか怒っているように見える。
『二撃の必殺を放っても、相手を仕留められぬ』、
そう言いたげ表情、
同時に、
『コヤツ、なかなかやるな』
更に好戦的な笑みを浮かべ、そう言った気がする。、




