それはさながら神話の一節
「状況は?」
家を飛び出たと同時に、ひょいっと私の肩に飛び乗ってきたマンドラゴラに尋ねる。
『カクカクシカジカ』
「なるほど、十分前から世界樹の上空で旋回していて、去る様子はない……と。今もいるの?」
その子の説明を聞き、状況を把握。私の質問に、その子はうなずく。
(……まずいわね。単純にご飯を食べに来ただけなら、十分以上も旋回する必要はない……はず)
盆地の中を走りながら、考える。
古代龍がどういう種族なのかはよくわからないが、食事の行動とは思えない。まさか奴らは食べる前ダンスをし、餌に感謝を捧げる習慣があるというのか?
「ん? 何?……長い首を伸ばし、下を覗き込んでる?……何かを探しているようだ?……ますますまずいわねそれ」
現場の実況中継を聞き、速度を更に上げる。
(下は何もないわよ、ドラゴンさん。そんなとこに興味持たないで)
嫌な予感がする。
世界樹は大きく、その範囲は盆地全体をを覆っている。盆地全体ということは、開拓民の居住区も含まれている。
古代龍は一体、下を覗き込んで、何を探している……?
嫌な予感は徐々に確信へと変わり、焦りと不安が大きくなっていく。
急かされるように、私は全力疾走する。
――世界樹に近づくように連れ、緑がより一層深くなっている。
その根本へと続く森の道を駆け抜けていると、乗っているマンドラゴラが肩を叩き、見上げるようにと促す。
そのままマンドラゴラが指し示す方向に目を向けると――
(――何あれ)
何あれ。
脳が一瞬、白くなる。
いや、頭ではわかっている。理解はしている。あれが何なのかを。どういう存在なのかも。
だが想像していたのとは違う。
それは――世界樹の枝と葉っぱの隙間に、木漏れ日の向こうに――真っ黒な物体が遥か上空に浮かんでいた。
すぐに、理解する。
古代龍だ。
距離があまりにも遠いから、小さく見えるだけ。
また、最近ワイバーンを間近で見たせいで、緑の体という先入観を持ってしまっているが故に、把握するのに一瞬遅れた。
(黒龍だ、間違いない)
走る速度を緩めないまま、視線は古代龍を捉え続けている。
龍は、色によって分けられている。
脳裏に、昔神殿の書庫で読んだおとぎ話の一節が浮上する。
赤龍は、炎のブレスを吐く。
蒼龍は、水のブレスを吐く。
碧龍は、風のブレスを吐く。
紫龍は、雷のブレスを吐く。
――息が、上がる。
「――ハァ、ハァ――ッ」
――心臓が、バクバクする。
白龍は、氷のブレスを吐く。――ならば、黒龍は……?
「――ハァ、ハァ――思い、出した……!」
いつの間にか、上空で旋回している奴は、私の方向をずっと見ている。私を、見ている。――錯覚じゃない。
その長い首を伸ばして――口を開けて、
黒龍は、――酸を吐く。
正解にたどり着いた同時に、視界は音を立てて迫りくる液体に埋め尽くされた。
詰め込むと長くなるので分割します。