世の中は金と聖女は言う
(……ワイバーン、来る様子は今のとこないみたいだね)
テーブルの前で四人――ウマ、エマ、ミイラ、モイラ――と朝食のパンをかじりながら、ぼんやりと寝起きの頭を徐々に稼働させていく。
あれから襲撃に備え、開拓村民のみんなに避難や緊急時の対応などを一通り教え、訓練した。
当然、中には、
「リヴィエ様が撃退したのでしょう? ……もう襲って来ないのでは?」
と、楽観視している人もいたが、
「撃退はしましたが、いざという時の訓練は必要です。皆さんは盗賊に襲われた経験がありますから、対策になりますよ?」
って言うと、黙って言うこと聞いてくれた。効果覿面ですね。
ここにいる人は皆、盗賊に襲われた経験があり、その恐怖と痛みをよく知っている。
だいたい、その発言は私への全面的信頼が大半を占めている。
嬉しいことは嬉しいのだけれど、それで警戒心が薄れては本末転倒と思う。
効率的に開拓を進めるために加護を惜しみなく使っていた私を、この人達は救世主と崇めるようになり、絶対的信頼を寄せている。
神殿に仕えている私が言うのもなんだけど、宗教はこうやって出来上がっていくんだなと実感する。
――頼むから散策中の私を見かける度に『聖女様』と言いながら五体投地はやめなさい、逃げ出したくなるわ。
(今日の予定……訓練は、昨日で一通りやったかな。そう言えばルア村へ貿易に出かけたウルクラとリスのバカップルはそろそろ帰ってくるね……出迎えは……グラシスさんに任せるか)
パンにジャムを塗りながら、寝起きの頭でぼんやりと考える。
あのカップルは隙あらばいつでもどこでもいちゃつくから、お望み通り存分にいちゃつける任務を二人に与えた。
これで私も道のど真ん中で唐突に濃厚なキスシーンに出くわすこともなくなり、まさに一石二鳥。
唯一の心配はあの二人……いちゃつきすぎて任務忘れてないかくらい。
まあ、護衛のために二人についていったマンドラゴラからは定期的に報告が来るので、今のところ忘れてないみたい。
――だがいちゃつくシーンと何回いちゃついたかまでは報告しなくていいからッ!
他の子たちを集めて――
『ウルクラ、駄目よ、こんなところで。誰かに見られちゃうわ』、
『リス、許してくれ。だがこれは言わせてくれ。貴女の瞳は、この星空に輝くどの星よりも明るく、そしてきれいだ』、
『もうウルクラったら……ッ』、
『リス、好きだ』、
『わ、私も』
――その後のチューまで再現しなくていいからッ!
そういうことに興味ある年頃なのか、マンドラゴラたちは最近、外見の観察だけではなく、人間の内部――心理について観察もし始めた。
……のはいいが、同胞を集めてマンドラゴラ劇場を開演するのはいただけない。
開拓民のみんなは人形劇のように見えて微笑ましい光景かもしれないんだけど、この子達と意思疎通できる私はいちいちアダルティなシーン見せられて困るわ。
「リヴィエお姉ちゃん、はい」
パンを食べ終わると、モイラが熱々の野菜スープを私の前に置いた。
「ありがと、モイラちゃん」
ニコッと笑顔で礼を言い、一口啜る。美味しい。
やっぱ、普通の野菜もいいけど、自分で栽培したのは格別だわ。だって味は自分好みに調整できるから。
(……それに比べて……この肉のまずさよ)
フォークでザシュッと、容赦なく皿の上の肉を刺し、目の前まで運び、じーっと見つめる。
形は雑。色も食欲をそそらない。そして味も当然のようにまずい。
だがそれは別にシェフの腕前が悪いとか、そういうわけではない
むしろよくあの粗悪な肉をここまで人が食べられるものにしたなと感心する。
(……辺境の村に期待しすぎたのが原因ね)
ルア村から仕入れた肉は、品質は全部ひどかった。
保存処理、血抜き、乾燥過程、その全てが雑。味がそれを物語っている。
最初はバーベーキューだわと喜んでいたのも束の間、口に入れた瞬間ゴムみたいな感触に驚いて吐き出しそうになった。
……これなら味がないほうがまだマシとすら思った。
肉なのに全然肉とは思えない感触と味だもん。詐欺だよこれ。
(でもルア村を責めるのも酷だわ)
辺境の村はまず食料の確保、味はその次。食えればいいの精神。
実際、同じく辺境の村出身の開拓民のみんなは、気にならなく普通に食べていた。一瞬、自分の味覚を疑ったわ。
(神殿に拉致される前までは私もザ・ど田舎の辺境村人だったけど、神殿の生活で舌が肥えたのが失敗だったわ)
子供の頃はなんとも思わなかったのに。
神殿で生活している時期、見習いでも食べる料理は全部そこそこ上質なものだった。
もともとエリスミーラ神殿は世界中でも一、二位を争う規模のでかい神殿だし、色んな国の貴族や王族と深い繋がりを持っていたおかげで、上質な食材は定期的に献上されている。
(……それに私がいたあそこはエリスミーラの総本山で、王都の中にある神殿だしな)
あのまろやかなハムの味が恋しい。……逆恨みなのは知っている、けど――
(私を贅沢な肉でしか満足できない体にした神殿のみんな、許さないわよ)
神殿の面々を思い出しながら恨み言を述べ、パクっと煮込みすぎてよれよれになっていた肉を口の中に入れる。
野菜なら自分で調整できる、けど――肉はそう行かない。
本格的に味の改善をしたければ、大量の家畜を購入し、食事管理から放牧を逐一行わなければならない。
(王都から上質な肉を頼もうにしても、ここに来るまで腐ってしまう。そもそも魔境に荷を運びたい行商人はいるのだろうか?)
いないね、断言できる。
(……どうしようかな)
貿易ルートの拡大は少しずつだけど、広がっている。ただ、一番近い領地までの道路整備は、早くても一年以上かかると工事担当マンドラゴラが言っていた。
(工事自体はゆっくり進めても構わない。後に村人の役に立つから。でも私はさっさと金を貯めて、ここから出たい)
金は道路整備と同じく、少しずつだが、溜まってきている。
今は693ゴールドで、最低限の目標の2000ゴールドはまだ達していない。
本音を言えば、10000ゴールドはほしい。
場所にもよるけど、王都で一ヶ月の生活費は慎ましく暮せば2ゴールドくらいになる。――すでに家を持っている場合は、ね。
土地を購入し、新しく家を建て、家具を揃える……となれば、500ゴールド以上はかかるだろう。
(光の欠片を売るという手もあった……が、少量でも余裕で数万ゴールド、扱うには慎重にならざるを得ない)
最悪の場合、開拓民の中でカネに目が眩んだ奴が現れ、仲間割れになる恐れがあるし、不必要な争いを呼び込む可能性だってある。
ここが惨劇の村になった日には、悔やんでも悔やみきれないし、何より彼らを助けた私の努力がすべてぱぁーだよ。
「リヴィエお姉ちゃん? どうしたの? 難しい顔」
考え込んでいる私にウマとエマ、モイラとミイラの四人が静かに声をかけ、見つめる。
「……いえ、なんでもないわ。ちょっと将来について考えてるだけだわ」
安心させるようにニコッと笑う。
しかし、理解していないのか、四人は『……???』とはてなマークをいっぱい浮かべている。
「それより――」
話題を変えるべく、明るく切り出す。
「――あの神殿はどう思う? 木製だけど、なかなかでしょう」
四人に開拓村の中に新しく作った神殿について感想を尋ねる。
流石にここに長く居すぎたな……と前から薄々思っていた私は、二日前にカモフラージュのためにエリスミーラ神殿魔境支部を建造した。
こんな魔境に監査官が来るとは思えないが、用心に越したことはない。
だって派遣されたはずの二級聖女が、毎日食っちゃ寝の生活を送り、布教活動は何もしてないでは疑われるだろう。
「きれい」
「美しい」
「かっこいい」
「すごい」
私に問われ、四人が嬉しそうに各々の感想を口にした。
「でも宗教は慎重に選んだほうがいいわよ? 特に癒やしに関する神殿は」
特に癒やしに関する神殿は――騙されてはいけない。
四人に信仰の大切さを教えるべく、私は真剣に口を開く。
その時――
「リヴィエちゃんッ」
ドンと、ドアがいきなり開けられた。




