禁忌の領域よりお芋が食べたい
二匹の獣人――の子供、その中の一匹が私を睨んで、低く威嚇してきている。
ここに獣人がいることはすでに私の予想外だったけれど、その上に普通の獣人ではなく、獣人の子供と来た。
なんでここ獣人が? しかも子供? 親は? というかどうして? 頭の中色んな疑問が駆け抜けるが、向こうは今にも襲いかかってきそうなので、いつでも逃げられるように構える。
しかしそんな私の緊張とは裏腹に、数秒経っても声で威嚇してくるだけで、そこから動く気配はなかった。
――襲いかかって、来ないのかな?
その可能性が頭をよぎり、若干の余裕を取り戻した私は、目の前の二匹の獣人を観察し始める。
「……ガルルルゥ……!」
よくよく見ると、子供獣人にしてはかなり小柄で、痩せ細っている。
それに、威嚇してきているのは厳密に言えば一匹だけで、もう一匹はボロ屋の床にぐったり横たわっている。体中包帯だらけで、左足がない。切り落とされたのか、事故なのかはわからないけれど、その生々しい切断面には同じく包帯が巻かれていて、赤い色がじわじわと広がっている。痛そうー。
視線を先から声で威嚇している獣人に戻すと、体に明確な欠損はないものの、やはり所々に傷付いている。
手負いの獣、ね。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
獣人と言えば、屈強な肉体と高い身体能力、独自の文化を持ち、人間とはあまり関わらないことで有名。まあ、凶暴で気性が荒いことも有名だけれど。
神殿の奴らは知性なき下賤な獣と罵って、見つけたら即処刑のスタンスを取っていた。
そしてそれは別にエリスミーラ神殿に限った話ではなく、大陸中の多くの国と神殿は皆、そういう方針を取っている。
中には殺すじゃなく、奴隷にする国もあるが、総じて迫害されている印象。なら向こうは私を見て、威嚇してくるのも頷ける。というか問答無用で襲われないだけでもありがたい。
「ふう」
「ガルルゥ……!……ガルルゥ……!?」
私は息を大きく吐き出し、床に腰を下ろした。その行動にびっくりしたのか、小さな獣人はビクッと身を震わせた。
細かく観察し、状況を分析した結果、私が出した結論は――襲われる心配はない。
そしてたとえ襲われても、無事逃げ切れることは可能。
獣人は同族を見捨てないことが有名で、情に深い種族と聞く。現に、傷付いて動けなくなっている同胞を体で庇い、守っているように見える。
襲われても、逃げれば追ってこないという確信は、私の中にあった。
相手は突然床に座った私を、警戒しながら姿勢を低くし、仲間を庇うように睨みつけてくるが、当然無視する。
神殿の奴らなら話は別だが、私に迫害趣味はない。それにせっかく見つけた避難場所、争いを起こしてどうする。
何より疲れた。お腹空いた。休みたい。
――というわけで。
バッグの中から乾パンを取り出し、食べやすいように小さく分ける。子供獣人は私の行動にまたびっくりし、身を震わせる。相変わらず唸り声を上げているが、襲いかかってこない。
「……もぐもぐ」
人間、慣れてしまえば意外と大胆な行動に出るもんだなと思う。相手は相変わらず威嚇し続けてきているが、気にすることなく食べ物を頬張りながら観察する。
落ち着いて改めて見ると、二匹もともにかなり痩せ細っていて、栄養不足が一目瞭然。年齢は……見た目が酷く汚れているせいで、正確に判断できない。
と、よほどお腹が空いているのか、突然――キュルルと、威嚇している獣人からお腹の音が聞こえてきた。
「……ガルルゥ!……クゥーン……」
すると、威嚇を続けていた獣人はぺたんとへたり込み、ピンと立てていた両耳はしゅんと力なく垂れる。
どうやら空腹には敵わないようだ。
もはや威嚇を続ける気力もなくなったのか、獣人の子供は膝を抱え、黙り込んだ。だが今度はお腹が口の代わりに音を発し続けていた。
鳴り続けている空腹の音の中で、私は黙々と二匹の子供獣人を観察し、乾パンを食べ続けていた。
「……クゥーン」
時折子供獣人は、食べたそうな視線をちらっと向けてくるが、無視する。
そしてとうとう乾パンの半分を平らげた私は、残りの半分をかばんの中にしまい、立ち上がる。
その行動に対し――最初の時と違い、子供獣人はただちらっと視線をよこしてくるだけで、ほぼ無反応だった。
私は意に介さず、そのままボロ屋の外へ出る。
振り返らずに、歩く。
記憶を頼りに、盆地の中を歩き回って、キョロキョロと探す。私の見間違いでなければ、あれは確か――。
「――あった」
記憶の中にある植物を発見した私は、ニィと笑みを漏らす。
「まあ、でもこれだけじゃ足りないよね。あれと、あれが必要ね」
幸い、これさえ見つけられれば、残りは大体近くに生えている。
神殿の奴らはろくでなしの人でなしだけれど、本の知識は本物だ。
エリスミーラ様、貴女の信奉者に慈悲深き天罰を与えてください。ついでにバルティア様と仲直りしてください。そのせいで私、謂れなき迫害を受けそうになっているんです。
「よし、これで全部かな」
目当ての植物を全部引っこ抜いて集めたので、戻ろう。
戻ってくるとは思わなかったのだろう。鼻歌を歌いながら入ってくる私に、子供獣人はビクッと身を震わせる。
私はというと、いちいち反応することもなく、かばんに詰め込んだ植物を逐一取り出し、床の上にでかい葉っぱを敷いて、途中で拾った石で植物を磨り潰し始めた。
量は、ちょっと足りないけど、まあ、大丈夫。
まだ磨り潰してない部分に手をかざし、加護を発動すると、植物は再生を始め、みるみるうちに元の形を取り戻していく。
その一部始終を、子供獣人は口をあんぐりと開け、声を発するのも忘れて、驚きながら見ていた。
子供の頃はまだここまでの力はなかったが、成長すると共にできるようになっていた。
自分でやっておいてなんだけど、そりゃ迫害されるわこんな力。カルト野郎から見れば禁断の領域なんだろうね。
特に、聖なる力と彼らが言い張っているエリスミーラの加護でも、人の蘇生は無理となると、植物とはいえ、蘇生できる私の力は妬ましいのだろうね。
「このくらいでいいか」
蘇生で増やした部分を足していき、混ぜて、磨り潰す。その作業を繰り返し、ようやく出来上がった。
ちらっと獣人の様子を窺い、どうやって飲ませるかを考える。そもそも言葉、通じるのかな。まあ、いっか、後で考えよう。いざという時の最終手段もあるしね。
「火打ち石、火打ち石……」
完成した薬を置いて立ち上がり、家の中を探す。
いくら辺境辺境と言われていようが、神殿支部の建物くらいはあるだろうと考えていたが、まさかこんな予想を遥かに超える魔境だと思わなかった。
「流石にないか……こんなボロ屋だもんな。ねぇ、あなた、火打ち石持ってる?」
探しても見つからないので、先からずっと私を視線で追っている子供獣人に尋ねる。
すると――子供獣人は、首を左右に振った。
お? この反応……言葉わかるんだね。となると、色々やりやすい。
「……火を起こすの、手伝ってくれる?」
私は子供獣人の目を見ながら、語りかける。
最初はポカンと、口を開けて私を見つめ返している獣人だったが、首を左右に振り――返事してから、返事したことに気づいて、慌てて自分の口を両手で塞ぐ。
もう何その行動、可愛いんだけど。不覚にも可愛いと思ってしまった。
「言葉わかるのバレバレよ。さあ、手伝いなさい」
ニヤリと笑い、話しかけるが、子供獣人は口を手で塞ぎながら、激しく首を左右に振る。
「獣人は火を通す習慣ない?」
その私の質問に、子供獣人はしばらく考え込む。返答に窮しているのね、可愛い。
「病人に、生で食べさせるのはどうかと思うよ?」
私はかばんからお芋を二つ取り出し、ずっとぐったりしているもう一匹を指して、言う。
それで私の行動を理解したのか、子供獣人はしばらく躊躇してから、ようやく口を開く。
「……お姉ちゃんは、良い人? 悪い人?」
「答えるのが難しい質問だね」
カルト野郎に殺されそうになって、逃げ出してきたという意味なら、私は(世間の正義に背く)悪い人でしょう。
神殿の奴らに誘拐――ゲフン、拉致……コホン、保護? されたという意味なら、良い人?
でも彼らに育ててもらったし、結局神殿の一味という意味なら、悪い人?
「……多分、良い人寄りの良い人?」
我ながらジャッジが難しい問題。ダウト。疑問形だし。
「……良く、わかんないよ」
子供獣人は、困った顔で私を見る。
「そんな哲学じみた問題は今考えなくていいわ。手伝いなさい。今は晩飯のことだけ考えればいい。お芋、焼くわよ」
「は、はい」
私にそう言われ、急いで立ち上がろうとする子供獣人。だが――途中で力なく転び、床に倒れた。
「クゥーン……」
獣人らしい鳴き声を漏らし、また立ち上がろうとするが、手足に力が入らない様子だ。
「……あなた、生でも行ける?」
私はゆっくりと近づき、その子の目の前でしゃがんで、お芋を手に持ち、見せながら尋ねる。
「う、うん」
「よし! 私が食べやすいように細かく砕くから、待ってて。食べなさい! 生き延びるのよ、私達」
「う、うん!」
ジャンルは恋愛ですが、男性は序盤では殆ど出てきません。




