人生をやり直しますか? YES / > NO
――座れ、だと?
(魔女め、一体何考えてやがる)
エドルは視線をちらっと短くテーブルに向け、観察する。
木製のテーブルの上に置かれている複数の皿からは湯気が立ち上っていて、一目でできたての料理ということがわかる。
だが――
(――毒か)
エドルはすぐに答えを導き出した。
というか、これしか考えられない。
仲間の変貌と理性の喪失、事前に推測していた答えと一致する。
(……迂闊に食べてはいけないな、こりゃ)
エドルは最大限に警戒心を剥き出し、目の前でニコニコ笑っている魔女の動きを注意しながら、言われた通りにゆっくりと椅子に座った。
「さあ、食べて食べて」
案の定というか、想像通りというか、魔女はすぐに料理を勧めてきた。
「……その前に、取引をしないか」
食うわけには行かない。エドルはなんとか話の主導権を握ろうと、時間稼ぎと先制攻撃を仕掛ける。
「食べながら聞こう。料理が冷めちゃうわよ?」
(――ぐ。コイツ、俺の先制攻撃をいとも簡単にいなしやがる)
主導権握ろうと繰り出した様子見のジャブが、相手が事も無げに軽々と受け流した。そのことにエドルは焦りを感じる。
だがここで引くわけには行かない。
「まあ焦るなって。俺の話を聞いてからでも遅くはねぇと思うぜ?……お前の目的はあれだろ? 俺たちを支援してた貴族の、」
「好き嫌いとかある? 大丈夫、全部美味しいよ」
「そのことについて、喋ったら解放してくれると約束するなら、……」
「あ、これなんかどうです? 自信作ですよ? とりあえず一口でもどうぞ」
「……知りたい情報を教えるから……」
「お茶飲みたい?」
……だめだ。話が噛み合わない。
魔女め、何が何でも俺に食べさせる気か。
奴はあろうことか、甲斐甲斐しくお茶を淹れ始めた。それも毒だろうな、騙されんぞ。
「まあ待て、俺は――」
「――もしかして……食べたくないの?……”私の料理”」
あからさまな時間稼ぎに気づいたのか、それとも遅々として食わない自分に痺れを切らしたのか、魔女はガクッと項垂れ、俯いたまま地獄の底から響いてくるような陰鬱とした声で尋ねる。特に最後の、”私の料理”のとこを強調して。
ここに来てエドルは初めて気づいた。自分はどうしようもない過ちを犯していたことに。
下を向いているのに、その俯き姿から凄まじいプレッシャーを感じている。有無を言わさぬ圧力をがひしひしと伝わってきている。
――私の料理、食べたくないの……?
どうしようもないクズだが、エドルの体に残っていた欠片ほどの良心は土壇場で気づいた。
このセリフを言った女性に、逆らってはいけない……ッ!
(――気づいたはいいが、それで素直に食うわけにも行かねぇしな)
クズは結局クズだった。
良心の呵責で改心するような人なら、そもそも盗賊なんてやってない。
エドルは考える。
(どうしようか、時間稼ぎもこれ以上続けられそうにないな……だが食べてしまえば、喋りたくない情報を喋ってしまう恐れがあり、それに最悪、用済みになったら殺されるような毒だって……)
なおも思考し、最善の手を模索するエドルに、突如リヴィエは――
「……そう。食べたくないなら、食べなくていいわ」
俯いたまま、ぼそっと呟いた。
――食べなくていい、だと?
その言葉を聞いたエドルは驚き、訝しむ。
(……罠だな。俺を油断させといて、その隙に自分に有利な条件を持ち出す気か)
と、すぐにエドルは頷ける答えにたどり着いた。
(ふむ、最初はあまりにも予想外の光景に面食らったが、なんだ。落ち着いて対処すれば大したことじゃねぇな。魔女め、俺の交渉の手腕を舐めるなよ)
駆け引きはそれなりに心得ているつもりだッ、とエドルはリヴィエを見ながら内心ほくそ笑む。
幾分の余裕を取り戻したエドルは素早く推測する―おそらくすぐに魔女からは何らかの交換条件が提示されるに違いな――
「料理を食べたくないというのなら」
エドルの推測が正しいと告げるかのように、下を向いていた魔女は言いながらゆっくりと顔を上げ、
「――食べなくていいわ。他の盗賊に食べさせる」
と、頬をぷくっと膨らましながら、明らかに不機嫌な表情で言った。
(毒婦め。脅しに来やがるッ。フン、何が聖女だ。よく言うぜ……俺が食わねえなら、仲間に食わせるって? だが残念だな、俺はお前の欲しがる情報を最初から喋るつもりなんて更々ない――偽の情報をそれっぽく渡して、脱出の機会を――)
「待てッ、わかった。仲間に食べさせるのは勘弁してくれ。喋るから。……そうだな、カーラント様が支援していたのは嘘だ。お前の勝ちだ、畜生。こんな簡単に見破られるとはな……」
こんな時でも、時間稼ぎを忘れないエドル。
怪しまれないように、無駄な情報を織り交ぜながら話す。
そしてそれら全ては、後に伝える偽の情報が嘘だと見破られないカモフラージュ。また嘘だと悟られても、結局渡したのは偽の情報だから損は絶対しない。
相手が逆上して怒りに任せて俺を殺してくれれば、これ以上ないくらいの上出来だ。
エドルが恐れていることはたった一つ、本当の情報を渡すことだ。
自身の勝利を確信したエドルは、心の中で小さくガッツポーズ。
そう、彼女の言葉を聞くまでは――。
「あ、いいよ? もう知ってる。ダラリム候爵でしょう?」
――え?
まさに、え? の反応。
敵に知られたくない本当の情報が、いつの間にか敵が当たり前のように知っている。エドルは慌てて聞き返す。
「い、いや? あの? えーと、それをどこで――あっ」
口に出してから気づく。完全に自分から墓穴を掘った。
だが時既に遅し。
どうする? 誤魔化しても遅いと思うが、一応なにか言ったほうがいいのか? とエドルは内心の焦りを抑えながら思案するが、次のリヴィエの口から発せられた言葉を聞いて、思わず目を大きく見開く。
「貴方が喋ったんでしょ。まぁ、ダラリム候爵程度では驚かないわ」
魔女は抗議の視線を送る。本人が覚えてないでどうするのよと咎めるような視線だ。
――俺が、喋った? あり得ん。 いつ、どこで?
無数のはてなマークが一斉にエドルに襲いかかり、彼を混乱状態へと陥れた。
だがそんなことより――終わった。とエドルはぼんやり感じていた。
知られてしまった。
もう、これ以上の抵抗に意味はない。
……終わったんだ……。
尋問なんて、柄じゃないのにね。と、心の中で溜息を吐かずにはいられなかったリヴィエだった。
種明かしは簡単。盗賊だって人間だ、なら寝てる時に自白させる薬物を吸い込ませ、聞き出せばいい。
(正直イライラするわ。コイツラが予想以上に粘るせいで)
すっかり冷めた料理を前に、絶望し、ガクッと項垂れる盗賊団のリーダー。彼のその様子を眺めながら、グラシスさんに彼を牢屋に連れ戻すよう指示する。
(……黒幕の話より、私の料理拒否られたことのほうがダメージ大きい)
ガクッと項垂れたいのはこっちなのに。
せっかく丹精を込めて作った料理、それを味見もせずに頑なに食べようとしないなんて、なんかむかつくわ。
(まぁ、仲間の様子を見れば、無理もないかもね)
料理を食べた盗賊は皆、正気を失っている。だがそれは別にエドルの推測のように、料理に毒があるわけではなく――どちらかというと、その逆だった。
(人が善意で作った実験……コホン、栄養満点の料理なのに)
盗賊団の処置については、開拓民の皆と相談した結果、気が済んだから判断任せると言われた。流石あの地獄絵図を見てしまうと、みんなもこれ以上痛めつける気にはなれないようだ。
が、素直に同じところに住む気にもなれん。
となると、処置に困るわけだ。
そのまま解放しても面倒だし、かと言って解放しないわけにも行かない。
開拓民の皆さんとグラシスさんに面倒事を押し付けられ――コホン、泣きつかれた結果、私が考えたのは――。
(名付けて、改心料理)
そう、食べたら何もかも忘れて、人生を新しくスタートさせられる料理です。
これまでの悪事を忘れたらまともな人にはなるかな? と考え、記憶喪失効果のある毒草を色々混ぜ合わせた薬が、私の料理に入っている。
(まぁ、効果が強烈過ぎて、調節には手こずったけど)
自白剤の実験も兼ねて、色々混ぜたのがまずかったのか、あの正気を失った状態になっていた。
更に言えば、あの状態も最初だけで、時間が経てば徐々に収まるもの。
だから、あの男――エドルは盛大に色々と勘違いをしていた。
(しかし、ダラリム候爵か……)
小さく溜息をついた。
名前は聞いたことがある。顔も知っている。……何せうちの常連客だからね。
でも向こうは私のことを知らないはず、だってその時私はまだ神殿のその他大勢……つまり候爵から見ればモブってこと。
そこそこ面倒な人物が出てきたな……とぼんやり考えながら、そろそろ道路整備も終わる頃かと気になり、私は拠点の盆地へ戻ることにした。