阿鼻叫喚の地獄絵図
あの日から――。
「うへへ……、うへへへ……ッ。イヒヒヒ……」
最初の仲間が、牢屋から連れて行かれた日から――。
「うひゃひゃ、アヒャヒャ……! うえぇ……ッ。おううう。アヘ……」
その仲間が、帰ってきた日から――。
「ギギギイイ、アァ……アウアウオウエア……ほしい。……うがぁあああああ……ウヘッ……美味しい……ッ。俺、食う……」
次の日、別の仲間が連れて行かれ、帰ってきた日から――。
「うへっ、うへへ……♪、ウハっ。うは……っ、うはは。……いぎゃぁああぁあああ、最高だゼ……ッ!!! うへへ、くれ、もっとくれ。うへへへへへ……うぐぅおぉ……! アギャギャヒャハハッ……」
――牢屋のあちこちからは狂気に満ちた呻き声が発せられていて、さながら地獄のような様相を呈している。
次々と連れて行かれては、変わり果てた様子で戻ってきた仲間。
――その変貌っぷりを見て、正常だった仲間たちは戦慄を覚え、一人、また一人、ぎりぎり保っていた正気を失っていく。
「嫌だッ! 俺は行きたくないッ! 放せ、俺に何する気だぁああああ!……うわぁあああああ近寄るなああああああああああ!!!」
「頼むッ……言うことを聞くから、連れて行くのだけは、勘弁してくれぇえぇ……ッ……う、うわあぁあ?!」
「そうだ、アイツが行きたくてしょうがねえぞ? アイツ連れて行け」
「なんだと? てめえ、ぶっ殺すぞ」
正気を失い、取り乱し――絶叫。
裏切り、裏切られ――同士討ち。
あれから一体何日が経ったんだろう……。
牢屋の中を見渡せば――意味不明の絶叫を上げる者、恍惚の表情でだらしなくよだれを垂らす者、心を閉ざし他人との交流を断つ者、隅でガタガタ震える者――もはや誰が正気なのか、誰が狂気なのかも見分けがつかない状態。
最初は強気の態度を崩さなかったエドルも、この惨状に顔を青ざめている。
(……あの魔女め……俺の仲間に一体何しやがったんだ。クソ)
死人が一人もいない。それが却って不気味だった。
指示が行き届いているのか、定期的に食べ物を与えに来てくれる。
正気を失った仲間には、嫌な顔をしながらも強引に口に突っ込んで、食べさせる。その御蔭で、誰もくたばっていない。……いっそ、死んだほうがマシだが。
エドル自身も、いつ自分が連れて行かれるかわからず、怯えて日々を過ごしていた。
(何が聖女だ、魔女も真っ青だ。クソ。肉体を痛めつけるだけでは飽き足らず、精神をじわじわと追い詰め、挙句の果てにその人の心を壊す)
拷問の訓練を受けた事があるエドルは、知っている。
精神を痛めつけても、肉体をいたぶっても、結局情報を引き出せないようでは、全てが無駄な努力。
だから――エドルがもっとも恐れていたのは――相手が自白させる手段を持っている場合。
(……持ってるな、これ。間違いなく)
仲間の様子を見ればわかる。
強引に正気を奪い、理性がない状態で情報を聞き出す。
(だが自白させるような薬物、簡単には作れないはず。……あのどう見ても十代の小娘が、知識を持っていたというのか)
頭を悩まし、考えるエドル。
敵はあまりにも正体不明すぎる。新種の魔獣を従え、肉体欠損を治せ、国家機密級の薬物知識を持っている。
(……アイツは一体何者なんだ)
――そんなエドルの疑問は、
「出ろ、今日はお前だ」
――魔女の手下の声で遮られた。
長い廊下。
自分たちのアジトなのに、まるで知らない場所のような錯覚に襲われる。
どこへ連れて行かれるだろう。
「なぁ、あんた、確か……グラシスだっけ? どこ連れて行く気だ?」
内心ではすごくビクビクしながらも、表面上は強気の態度を維持し、尋ねる。
「……黙ってついてこい。リヴィエ様がお呼びだ」
前を歩いている男は振り返りもせずに、ただ低く、冷酷に答える。
(ああ、そうかよ。はいはい、ついてけばいいだろ。ついてけば。ったく。……リヴィエ様、ね)
あの小娘は、様付けで呼ばなきゃいけない人物なのか。謎はますます深まるばかりだ。
「殺すなら今のうちだぜ? 俺は逃げる、ここから――」
話しながらちらっとグラシスの反応を窺う。だが彼はただただ冷たく、短く言い放つ。
「生憎殺しはない。リヴィエ様の命令でね」
――それが、逆に絶望感を増す。
(この先に、一体どんな生き地獄が待ってるのか。クソガァ……ッ)
そしてたどり着いた先は、アジトの一室。
見慣れたはずのその一室が、今は地獄の牢獄に見えてしょうがない。
自分がよく知っているその部屋は、どこか見知らぬ場所のように思える。
ろうそくや松明に頼り、弱々しい光に照らされたアジトの通路は薄暗く、寒い。
吐き出す息もが、白い塊になるのではないかと錯覚するほど、熱を奪われている。
グラシスは何も言わずに扉に手をかけ、開けた。
「どうした? 中へ入れよ」
奴は俺をジロリと横目で一瞥し、入るように促してきた。
「お、俺がビビると思ってんのか――ッ!?」
「お前がどうなろうが俺の知ったことじゃねぇんだ。ったく、なぜこんな奴らを歓待せねばならんのだ……」
歓待……拷問の隠語だろう。
さては油断させておいて、情報を思う存分引き出す気だな。
……どうやら腹をくくる時が来たようだ。
エドルは深呼吸をし、意を決してから部屋に足を踏み入れたが――自分を出迎えていたのは――全く予想外の光景だった。
「あ、遅かったわね。さぁ座って」
待ってましたと言わんばかりに、あの魔女がエプロン姿で、熱々の料理をテーブルの上に載せていく。