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金は要りません、食べ物を恵んでください




「どないすんねん」


 流石にこれはない。


 人どころか、建物すらないんですけど。

 辺境だとは聞いていたが、まさかこれほどとは。


 見渡す限り、眼前は荒廃した大地が続き、背後は延々と鬱蒼な森が続く。わーい、やった。到着三秒も経たないうちにもう帰りたい。


 下ろす場所間違えたのでは? と尋ねようにも、馬車は何かを恐れているかのように、着いた瞬間私をぽいっと放り出し、そそくさと逃げてしまった。


「とりあえず住む場所――もとい、避難場所探そう」


 このままだと確実に死ぬ。すでに手遅れな気もするが。

 しかし、避難場所を探すにしても、目の前の荒野は見るからに期待できない。というかこれ、半ば砂漠と化しているんだけど、大丈夫でしょうかね。


 となると、実質選択肢は一つ。





「……これは辺境というか、もはや未開の地と言ったほうが正しいのでは?」


 森の中を彷徨うこと一時間、ようやく見つけた洞窟に逃げ込むように入り、外の様子を窺う。

 私が生まれた村でもいわゆる辺境の地の部類に入るが、ここまで酷くないと思う。


 聞いてよ奥さん、なんとここに来る途中、ワイバーンとグリフォンと遭遇しましたわ、おほほ。――いや、ほんっと、笑えないんですけどね!


 危うく捕食されるとこだったわ、ガッデム。何がたまに温和で無害な魔獣が出没する程度よ、嘘っぱちじゃないか。あんなの、軍隊呼んでこないとどうしようもない。神殿の書庫で読んだ情報は当てにならないって痛いほど思い知ったわ。

 道理で誰も赴任したがらないわけだ。ここに来たら命がいくつあっても足りないとわかっているから。


「はぁあ……」


 まあ、来てしまったものはしょうがない。前向きに生きていこう。人生、生きてればいいことがある。カルト野郎に処刑される趣味はないが、魔獣のディナーになる趣味はもっとない。


 しばらく外の様子を観察し、変な魔獣がうろついてないことを確認する。

 一応、入る前ちらっと地面を観察した結果、魔獣の足跡らしき痕跡はない。また、洞窟の入り口の大きさを見て巨大な魔獣は入れないと判断し、危険があるとすれば、人間と同等サイズの魔獣くらい。


 ――となると、この洞窟の内部が気になる。


(そもそも私は秘密がバレなければ、それで良い。神殿の目が届かない国に逃げてもいいのだけれど……)


 ただ逃げたくても、周辺各国はエリスミーラ神殿の支部が点在しており、完全に神殿の影響がない国へ行くには、かなり長い旅になる上に、どうしても一時的にその国の支部に滞在する必要がある。その間バレたら本末転倒なので、この派遣地を選んだわけだが。


(まさか想像を遥かに超える魔境とはね)


 着いたときに見たあの荒野の向こうは、別の国が存在している。しかし、行くにはあの荒野を越えなければならない。隙を見てさよならバイバイしようと思っていたけれど、なるほど、逃げ道は遠いってわけね。


 司祭長や神父の皆さんは、大丈夫だと力説していた。今思えば、あれはこういうことだったんだね。危険だと知りながらニコニコ笑顔で私を送り出したのね、鬼畜すぎる。


「――細かいことは後でゆっくり考えよう」


 私は洞窟の奥へと歩を進める。

 どの道しばらくここで生活しなければならない。戻るにしても、進むにしても。ならば周辺の状況を把握しておくに越したことはない。


 と、歩き始めてすぐ、洞窟の中が異様に明るいことに気がついた。

 なんだろう? と思い目を凝らして観察すると、岩の壁が淡い光を放っていることに気づき、その光に照らされた中は神秘的雰囲気を醸し出している。


「……え? なにこれ……」


 試しに手を伸ばし触ってみると、サラサラと粉みたいなものが剥がれ落ちた。

 手に付着したそれを鼻に近づけて、スンスンと匂いを嗅ぐ。


「……無臭。洞窟、光り輝く、粉。……」


 キーワードを一つ、また一つ並べていく。その度に、記憶が呼び起こされる。

 神殿の書庫で、これについての本を読んだことがある。確か、これは――


「――光の欠片?」


 思い出した。

 昔、太陽がまた二つ空に浮かんでいる時代、邪悪な神たちはそれが気に入らないから、片方を打ち砕き、破片を地上の至るところに撒き散らした。――というのが、この光り輝く粉に関する伝承。

 ……なのだが、正直そんな眉唾に近い神話より、私は別のことを考えていた。


「……これ、確かめちゃくちゃ高いんだよな?」


 暗闇の中で光を放ち、神秘的な雰囲気を醸し出すその特性と、かなり希少で採掘は難しい故に、嗜好品として好まれており、少量でも王族や貴族に売れば、一生遊んで過ごせる金が手に入る。


 私は、視線を奥へと続く光り輝く岩壁に向けた。少量でも一生遊んで暮らせるなら、この内部を覆い尽くすほどの光の欠片は一体、いくらになるのだろう。


「……まあ、取らぬ狸のなんやら、だね」


 かき集めて売ろうにも、その前に魔獣の晩御飯になりそうだしね。それにこんな魔境で、金を持っていても意味がない。まずは生き残らなければ。


 再び洞窟の奥へと歩き始めると同時に、心の中で色々考え、納得した。


 希少で高価な原因は、安全なところの光の欠片はほとんど掘り尽くされているからだ。そしてこの魔境は、危険すぎて誰も足を踏み入れたがらない。だって、普通にワイバーンとグリフォンが飛んでいるもん。怖すぎ。


「……ん? 光……?」


 と、洞窟の奥へ数分歩いたところ、風が吹いているのを感じ、視線を向けると、夕日の光が差し込んでいる。

 出口かな? と思い、近付いてみると――。


「……家?」


 洞窟から抜け出すと、高い岩の壁に囲まれている盆地のような場所に出た。所々に生い茂る大木は天蓋のように空を覆い、隙間からこぼれ落ちた木漏れ日はキラキラ輝く粒子となり、多様な植物が生えている地面を幻想的に照らしている。


 そして何より真っ先に目を引いたのは、出口の近くにある家? にギリギリ見えなくもないボロ屋が建っている。


「……お邪魔しまーす…………ん? え!?」


 こんなとこに人が住んでいるとは思えないが、一応。そもそもこれ家なのかも怪しい。


 しかし、恐る恐る扉のない玄関を潜り、中に入ると予想外の光景が待ち受けていた。

 相手は――突然現れた私を見て、驚いた表情を浮かべるが、すぐに臨戦態勢を取り、威嚇の声を上げる。


「……!?……ガルルゥ……ッ!」


 ああ、人は住んでいなかった。そう、人は。


 私を出迎えたのは二匹の――獣人だった。




キーワードにほのぼの、ハッピーエンドを追加。あらすじに更新曜日を追加。また、日曜日にもう一本新作を投下します、更新速度はのんびりですが気長に付き合っていただけると嬉しいです。

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