むしろ空気読んでいる
「上機嫌だな」
グラシスさんが苦笑しながら素直な感想を口にする。
「当然です。この宝の山を前に、喜ばないほうがおかしいんです」
私は両手いっぱいに抱きしめている”それ”を、グラシスさんに見せつける。
何ということでしょう、あのなんとか盗賊団の積み荷の中に、貴重な調味料があった。
そこそこの量ということから、おそらくどこかの村を襲撃して根こそぎ奪い取ったものなんだろう。
調味料は商品として、地域によってはかなり高価で取引されているし、盗賊団がその価値を知っていて、略奪するのも納得がいく。
まあ、結果的最後は私の懐に入ったんだがね。
うふふ、これでしばらく調理料には困らなく過ごせます。感謝します、バルティア様。
人間の死体は骨も残らないほどぺろりと平らげられていたけれど、調理料など魔獣が食べないものはそのまま良好な状態で放置されている。
「鍋、鍋もある。イエス!」
拳を握り、ガッツポーズをする。ようやく念願の鍋を手に入れた。
更にそこら中に放置されている武器は、ちょっと改良すれば、包丁として使えなくもない。
この調子で調理器具全部手に入らないか。流石に無理かな。
「みんな、可哀想……」
ジェシカ姉さんは黒く変色し地面にこびりついた血液の跡を、悲しそうに見ている。助からなかった仲間のことを思っているのだろう。
グラシスさんも複雑な表情で辺り一帯の地面を見つめて、記憶の中の出来事を確かめている。
「塩確保。鍋確保。お、上質な羊皮紙と羽毛筆。盗賊のくせにいいもの持ってるね、これでまた日記書ける、没収。ん、なにこれ? プレートアーマー? いらないわ。今度は……宝石? 食料ないの?」
しかし私はというと、周りの仲間がセンチになっている中、嬉しそうに鼻歌を歌いながら盗賊団の積荷をバッグの中に放り込んでいくのであった。
「今後のことについて話したい」
それから数日が経過した。
今日の朝――私がリビングに足を踏み入れる瞬間、待っていたと言わんばかりの二人――グラシスさんとジェシカ姉さんは唐突に切り出す。
「今後のこと?」
少し寝ぼけ眼の私が尋ねると、
「はい。私とこの子たちの村は盗賊に滅ぼされた。帰る場所を失った私達は、これから一体どうすればいいのでしょうとみんなで話し合っていたら――」
ジェシカ姉さんはモイラとミイラを見ながら、二人の頭を愛おしそうに撫でる。
「どうせ行く宛もねぇから、しばらくここでお前に恩返しするかと決めた」
グラシスさんがジェシカ姉さんの言葉を引き継ぎ、私に伝える。
「いえいえ、礼には及びません。恩返しなんて重苦しいこと考えずに、皆様どうぞご自由に新しい人生に向かって飛び立ってください」
二人の提案に、私はニコニコと笑顔を見せて、丁重に返事する。
成り行きでそうなっただけで、別に見返りが欲しくて助けたわけじゃない。というか、本音を言うと居座られると逆に面倒くさい。
命の恩人と認定されている私は、たとえ加護の正体がバレたとしても、チクられることはないだろうと、ここ数日接してそう感じる。
それでも、いつかはここを離れる身としては、できればそういう余計な繋がりは作りたくない。
盗賊団の馬車からそこそこのお金も持ち帰ってきたし、四人に渡して新しい人生を送ってほしい。
火種が去っていくのは少し困るが、火打ち石を手に入れた今はさほど問題ではない。
「というのはどうです? 流石に遊んで暮らせるとは行かないが、しばらくお金には困らないと思いま――」
「盗賊団の脅威が去ったわけじゃない」
言い終わる前に、グラシスさんに遮られた。
他の三人も、コクリと同意の頷きを見せる。
「でもアジトの場所、わからないよね? 軍隊に頼んだほうが――」
「何度も頼みました。けれど派遣されることは……」
ジェシカ姉さんは、悲しそうに嘆く。
「だからといって、皆さんになにかできるとは思えません」
私は淡々と事実を述べる。
私一人なら、いくらでもやりようがある。罠を張り、マンドラゴラに見張りをさせ、襲ってくる盗賊を個別に撃破することはできる。
この盆地の中ならば、私の加護は凄まじい力を発揮する。
「……アジトに、俺たち以外にも捕まってた人がたくさんいる」
グラシスさんは私が述べた事実に若干押されながらも、しっかりと私を見据え、言いたいことを伝える。
「助けたいんだ。みんなを。ここにいさせてくれ」
彼の言葉に、他の三人がうんと頷き、賛同する。
「いいでしょう。ですが条件があります」
「条件?」
グラシス以外の三人も少し首を傾げ、私の次の言葉を待っている。
「まず最初は、一ヶ月。一ヶ月内にアジトの場所特定できなかったら、軍隊を頼ってください」
私は最初の条件を口にし、反応を窺う。
グラシスさんとジェシカ姉さんはしばらく考えた後に、頷いた。
「次の条件は、ここに留まっている限り、私の指揮下――コホン、エリスミーラ神殿の指揮下にあると認める」
第二の条件について、二人は躊躇することなく一瞬で同意した。
逆に言い出した私がちょっぴり複雑な気分になってしまった。
おそらくは私への信頼が大半を占めているのだけれど、エリスミーラ神殿を信用している部分もあるだろう。人でなしの集団でも、表向きは善良な組織だからな。
「最後は、私が作った料理を食べること」
最後、という言葉に身構えた二人だが、聞き終えるとホっと胸を撫で下ろす。だが私的には、むしろこの第三の条件こそが、最大の難関とヒヤヒヤしていた。
なぜなら……。
(みんな、すまん。改良マンドラゴラの味見役……頼んだわ、大丈夫、死にはしないと思う。多分)
恋愛ジャンルですが、主人公は恋愛しません。格好いい男の人にドキッとなる展開はありますが。




