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夢の実現




 ――な訳ないでしょーがッ!

『そこに、私は魔神を倒した大聖女として表彰式に呼ばれ、歴史に名を刻み――』? ありえないわ。

 

 だって、私は――――。





「リヴィエ大聖女様はどこですか、村長さん」

「……いやぁ、そうですね……俺もよくわかりません。申し訳ございません、殿下」


 かつて所属していた国の王子クラリア・リラルは不満そうな表情を浮かべながら質問するが、

 栄えある魔境開拓村初代村長グラシス・モルダはひたすら申し訳無さそうに頭を下げている。

 

 それもそのはず。

 今日という人間の歴史に永世語り継がれるべきであろう日に、主役が未だに顔を見せていないのだから。


「私のリヴィエちゃんはどこぉ?」

「知りません」


 横からヒョイッと尋ねたのは、エリスミーラ神殿の正装を身に着けている大聖女ライシェ。

 なんの予兆もなしに声をかけられたグラシス村長は体をビクッと震わせ、慌てて答える。


「私のリヴィエちゃんはどこぉお?」

「私がまさに今、聞いているのですが。大聖女様」


 ターゲットは村長のグラシスからクラリア王子に移り、同じ質問を繰り返すライシェ。


「私のリヴィエちゃんはどこぉお?」

「ヒィ……ッ!」


 答えられないクラリアをぽいっと捨て、ライシェは幽鬼のように運悪く通りかかる侍女に尋ね、そのまま次々とターゲットを変え、同じ質問を繰り返す。


「……いいんですか、あれ」

「好きにさせておけ、どこかの役立たず村長と違い、運が良ければリヴィエ大聖女様の所在を聞き出せるかも知れぬ」

「誠に申し訳ございません」


 クラリアの不満そうな声に、現村長のグラシスはまた頭を下げ、謝った。

 が、心の中で(アイツ、俺に尻拭い押し付けやがったぁ!)と、遥か彼方にいるであろう命の恩人に対し悪態をついている。


 今日から、一ヶ月前。

 討伐隊と共に村へ帰還したリヴィエ・ソイアルは、翌日に一枚のメモを残して消えた。獣人の子供、ウマとエマも一緒に。

 残されたメモには、こう書かれていた。






『グラシスさん、アンタ次期村長。(前に言ったでしょう)

 ジェシカ姉さん、村長補佐とその他色々。役割適当に振っといて。

 村人全員、栄誉村民昇進。

 トカゲとリティを万が一の時のために、残しておいた。


 村の皆さんの財産と資源は平等に分けたから、出ていきたい人には渡してね。



 ちなみに私は自分の貯金とこっそり貯めていたへそくり全部持っていく。

 探さないでください探しても無駄です。

                                  リヴィエ』






 メモを見たグラシスは、俺に全部押し付けやがったなアイツと思った。

 正直な第一感想だ。

 いくら救ってくれた命の恩人とはいえ、これはないだろ。


 何より――


「何より――――別れの挨拶くらいさせろよ、ったく」


 ポツリと呟いたが、届くはずもない。






 リティに聞くと、一匹連絡用のマンドラゴラを持っていった。


「ですが申し訳ありません、創造主様の現在地を教えることは禁じられています」


 やんわりとリティに断られた。

 つまり、あっちから一方的にこっちの状況はわかるけど、こっちからはわからない。連絡するのは緊急時だけってことか。


 まぁ、アイツのことだ、マンドラゴラ一匹あればいくらでも増やせるだろう。

 ちょっと寂しいか、すぐ慣れる。

 古代龍様もいる、大丈夫とは思う。


「なぜついていかなかったんですか、ルナディムード様」

「すんげぇ嫌がってた」


 その一言で、納得した。

 苦笑を浮かべ、グラシスは渋々、リヴィエが魔境を去った後の工作活動を始めた。






 長い間一緒に生活していた仲間だし、人に言えない秘密を抱えていることはなんとなく察していた。

 だから、マンドラゴラ経由で送られてきた指示に従い、リヴィエは一足先にエリスミーラの神殿へと報告に向かったと、ライシェとクラリアに説明した。


 彼女の足取りは、誰もつかめていない。

 目撃情報はもちろんないし、どこへ向かったのかグラシスも知らない。


 神殿に向かったという情報をみんなが信じている間、各国は魔神復活のことを知り、封印成功の朗報に喜び、此度の功労者達に栄誉と褒美を与え、祝宴を計画していた。


 その案に反対する者はいなかった。

 各々の思惑はあるだろうが、各国から見れば魔神を封印できる人間は希少で、扱い次第で操りやすいコマにもなる。

 歴史に名を残す聖女や英雄を抱え込むチャンスだ。


 神殿側も大いに喜んでいた。

 自分のとこに大手柄が降ってきたのだ。しかも一人はゴミだと思っていた二級の聖女。

 これは案外、良い拾い物をしたやもしれぬ。


 魔神は封印。

 世界の危機は回避。

 偉業を成し遂げた人間がいる。

 まさに、みんなハッピーエンド状態。


 各国と神殿は、魔神討伐に手柄を立てた者に栄誉を与える。


 もともと大聖女のライシェは更に昇進。

 ゴミと思っていた二級聖女は、いっそ大聖女に昇進させてやっても良い。

 二人を手元に置いておけば、強力なコマとして色々と使える。

 故に、エリスミーラ神殿は快く承諾した。


 また、今回の一件で最も得をしたのはリラル王国だ。

 封印地の調査により、未発見の鉱物や植物を見つけたクラリア王子に、様々なギルドからいい話があるとしつこく交渉を持ちかけられた。

 遺跡についても色々と資料が手に入り、考古学への貢献は凄まじい。

 魔神を討伐した精鋭部隊としても知られ、王国の地位は向上し、発言力が強くなった。


 おおよそ、クラリア王子の思惑通りに動いていた。

 だが――


「今日の授与式に大聖女様はいつ参加しますか。婚約を申し込みたいのですが」

「――わかりません。俺も知らされていません」 


 遅々として現れないリヴィエに、若干苛ついた口調でグラシス村長を問い詰めるクラリア。

 大聖女という肩書と実力、そしてバックには世界最大規模の神殿。

 彼女ほど、都合いい婚約相手はいない。


 しかし、待てど暮らせど、意中の女性は現れない。


 昇進と授与式の開催は三十分後に迫っている。

 一体、彼女は今どこに――――。





 どこって? ここだよ!


「あー、気持ちいい」


 港の風は、頬を軽く撫でる。

 その風に乗って、カモメたちは翼を広げ、水平線を目指す。

 市場に行き交う人々は活力にあふれていて、雇われている船乗りは急いで荷物を船へと積み込む。


「リヴィエお姉ちゃん、これ買う?」

「うーん、食べたことないけど、美味しいのかな。二人はどう思う?」

「「食べたいっ!」」

「じゃあ買おう。決まりね」


 二人は目を輝かせながら、謎の魚を見つめて涎を流していた。

 今夜の晩飯、決定。

 生贄は君ね異国の魚くん。


 あれから一年。

 私は元気です。

 いや、特に他意はない。

 貯めていた旅費を使って、エマとウマを連れて、ひたすら北へ移動。


 北のリラル王国を越え、獣人の国にたどり着く。

 そこから更に北へ。

 ひたすら北へ。

 最北端の港にたどり着ければ、船に乗り、人間の影響があまりない海を越えた北の大陸へ行ける。


 そこが、最初から決めていた、探し求めていた安住の地。

 そう、今私がいる、ここ。

 港町マークディル。


 途中いろんな国を経由して移動しながら加護で植物を増やし、商売もしていた。

 可愛い二人の売り子兼看板娘もいるし、おかげでそこそこ金を持っている。


 その金を使って、マイホームを建てた。庭付き。


 今は、庭を家庭菜園に作り変え、地下の一階をマンドラゴラの実験場に変えて美味しい食用に適したマンドラゴラを研究している。

 未だに成功していないが――。


 最近、リティからよく村長が色んな人に『大聖女様の行方知らないか』と問い詰められて、困っていると報告されるが、気にしない。

 がんばれ、グラシスさん、異国の地で応援します。


 ちなみにどうやら向こうで私は授与式当日に出席しない伝説の人物になっている。

 昇進をボイコットだとか、権力に興味がない崇高な人格者だとか、美人すぎて人前に現れると求婚されるだとか、噂が飛び交っている。


 実際、クラリア王子は私を婚約者に迎えたいと述べている、ふざけんな。

 その発言のせいで、一部の噂はかなり信憑性を帯びている。

 そしていつの間にか噂は勝手に歩き出し、今じゃ私は絶世の美女だと信じて疑わない人まで出てくる有様。


 まぁ、なにはともあれ、欲しがっていた夢のスローライフは手に入れた。

 今は、毎日が楽しい。




行き遅れは今週更新休みます。

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