英雄グラシス
「ってなわけで……納得したか?」
助けた四人の中唯一の男性――グラシスさんは事の顛末を説明してくれた。もちろん、片腕と両足が縄で縛られていて、椅子に座らされている状態で。
絵面だけ見ると完全に善良な一般人を拷問して情報を吐かせているようにしか見えない。
「……えぇ、一応。ウマ、拘束を解いて頂戴」
私の指示を聞いて、ウマはコクっと頷き、石のナイフでグラシスさんを縛っている縄を切った。
解放されたグラシスさんは大きなため息を吐き出し、縛られていた手首をほぐす。
「全く、リラル王国軍の暗殺部隊から逃げた先に、この一帯を根城にしている盗賊団に捕まり、A級魔獣の群れに襲われ、助かったと思ったら今度は変な女に眠らされて、縛られながら拷問されるなんて」
「壮絶な人生ですね。お悔やみ申し上げます」
セリフだけ聞くとね。
この人、ここ数日で一体何があったんでしょう。ジェットコースターのような人生はなかなか体験できませんわ。
スリル満点なライフをご堪能していらっしゃるみたいなので、ツッコんだら負けのような気がします。
「お前も当事者だよ――あの二足歩行マンドラゴラのボスで、俺たちを縛り、拷問した変な女ってのは!」
なにか言いたげな様子のグラシスさんは声を上げる。
「心外ですね。私はただ自分自身の安全のために、最善の手を取っただけですよ」
自分の命は大事。助けたはいいがコイツラもヤバイ奴だったら、責任を持って始末すべきだと思う。
具体的に言うと傷をこっそり治して、目が覚める前に外の荒野に放り出す……そんなとこかな。
「最善、ね……」
グラシスさんはまた、これみよがしに一つため息をついた。
そして猜疑五割、信用二割、その他三割の視線を私へと向けてきて、尋ねる。
「他のみんなは?」
ここで言う他のみんなは、当然言うまでもなく、残りの三人のことを指している。
「まだ眠ってるみたい。後遺症が残らないように胞子の量を調整してたんで、大丈夫だと思います」
私が答えると、グラシスさん僅かに眉を顰め、
「つくづくとんでもない女だぜ、お前さんはよ」
苦笑しながら感想を述べる。
「褒めないでください、照れてしまいます。テヘ」
私はわざとらしくもじもじと身を捩らせ、頬を赤らめると、
「褒めてねえよ――凶悪人の部類だ、お前さんはよ」
半ばヤケクソ気味にグラシスさんがツッコんだ。
「英雄グラシスさんのお墨付き、心強いです」
「……英雄はやめてくれ。もうただの用済みだ、俺は」
グラシスさんは、どこか寂しそうな表情で頬をポリポリと掻く。
英雄――それは文字通り特別な功績、もしくは何かを成し遂げた人に与えられる名誉称号。勇者や聖女もこの類の特別称号としてよく知られている。
基本的に国か、大きな組織が与える。
――とは言っても基本ピンキリなので、同じ称号でも落差が激しいことはよくある。
私が所属しているエリスミーラ神殿も称号付与の権限を持っているけれど、一口聖女とは言っても、一級は本物にしか与えられないのに対し、二級やただのシスターの三級はどちらかというと階級の意味合いが強い。
世知辛い世の中だね、全く。
えぇ、大丈夫です、私はこれっぽっちも根に持ってませんし、騙されたなんて思ってません。詐欺に遭ったとか思ってませんから。
だからエリスミーラ様、バルティア様、腐ったカルト野郎には裁きを。天罰を。
と一通り他力本願の制裁を願ったところで、私は再び視線をグラシスさんに戻した。
私と目が合い、グラシスさんが僅かに苦笑を漏らす。
先まで拘束されていたグラシスは、事情を詳しく教えてくれた。
彼個人の事情、他のみんなの事情、あの一党は何者かを。
まず彼がどういう人物なのか、それについて目が覚めたグラシスさんは私の質問に細かく答えた。
ここから遠く北方にある、獣人の国と隣接している人間の国――リラル王国がグラシスさんの生まれた国、と彼は懐かしむように語る。
子供の頃から王国は獣人の隣国と戦争状態にあり、そのためグラシスさんは最初兵士を志していたが、正式入隊の前に両国は休戦し、いきなり将来の収入を失った彼は仕方なく冒険者になり、少しずつ名を挙げていった。
その丁寧な仕事っぷりが気に入られ、冒険者の中でも一目置かれるようになって、このまま冒険者一生続けるのも悪くないか、とグラシスさんが考え始めた頃、リラル王国と獣人の隣国が再び戦争勃発。
そこで国から参戦の意を伺われて、晴れて軍に入隊。
戦場で手柄を上げ、国から英雄の称号をもらったのもその時だった。とグラシスさんは言った。
英雄の称号を得て、周りに尊敬されていた。幸福な生活を送っていたグラシスさんだったが、そんな夢みたいな時間は長く続かなかった。
実はリラル王国の上層部はかなり腐敗していて、階級が上がっていくに連れ、その裏側を知るようになる。
何度も残忍な任務を押し付けられ、拒んだ結果――上層部の不興を買い、暗殺部隊を向けられてしまう。
命の危険を感じ、国を脱出するが、追手の暗殺部隊に追いつかれ、戦闘になる。
多勢に無勢、五人の暗殺部隊を撃退するも、自身は片腕を切り落とされてしまい、重傷を負った。
それでも死にたくない一心で必死に逃げると、今度は魔境に出没している悪名高い盗賊団に見つかってしまい、奮闘の末に囚われる。
その後は殺されそうになっている時に魔獣が襲来し、ここまでかと覚悟を決めていたら二足歩行のマンドラゴラに助けられ、
『後は言うまでもないだろうな?』
とグラシスさんは私をジロリと軽く睨んだ。
失敬な。私に眠らされて、拘束したことを咎めるような視線はやめてもらえます? 絶対根に持っているよこの人。命の恩人なのに、ぐすん。
「俺から見ればお前のほうがよっぽど怖いぞ。いきなり誘い込んで昏睡胞子を吸わせるからな」
不満そうに抗議するグラシスさん。
「いえいえ、これでも最善の手だと自負しております」
カルト野郎と付き合い長いからね、思いきりが良くないとやられる。
「……はぁあぁぁ……女って怖えぇよ。……いや、怖いのはお前か」
「何を期待しているのか知りませんが、世の中の女性は割とこんなですよ?」
「……嘘だろう? 冗談だよな?」
「さて、みんなの様子見に行かないと」
「お、おい」
「あ、切り落とされた片腕は数日経てば生えてくるので、ご心配なく。私、こう見えてもエリスミーラ神殿所属の聖女です」
部屋から出る前に、グラシスさんに伝える。
嘘は言ってない。エリスミーラ神殿所属は事実。聖女も事実。
「エリスミーラ? 癒やしの加護? っておいおい、そんなに簡単に自分の加護を喋っていいのかよっ。……あれ? でもマンドラゴラたち従えてたよな? ……ん? ん、ん?」
勝手に誤解しているグラシスさんは放っておいて、あの盗賊団のことを考えよう。カルト野郎の次は無法者か……。
国から脱出する前に私の菜園を脅かすものは何人たりとも許さん。
美味しいご飯のためならば。そのうちデザートも作り始めます。




