野菜王国の始まり
この世界に生きている人々は皆、神々の加護を受けている。
どの神の加護を受けたかによって、その人の一生が大きく左右されることもしばしばある。
そして自分がどの神の加護を持っているのかを、軽々しく他人に教えてはいけない。知られては弱みを握られやすくなるからだ。
なぜこのような現状になったのかと言うと、神は皆仲良いわけではなく、お互い敵対している神も結構いる。
故に国と場所によっては、迫害どころか、見つかれば即処刑される場合もある。
――そう、私のような光の神殿で育ったのにも関わらず、真逆の敵対神の加護を受けた人のことだ。
「なんでやねん!」
――なんて、この物語はそんな暗い雰囲気とは全く無縁。最初のセリフがツッコミから始まって申し訳ないが、それ以上のセリフは見つからなかった。
私、聖女(予定)のリヴィエ・ソイアルはまさしく、そんな状況に置かれている。
四歳の頃から枯れた花に触れれば、花はたちまち生気を取り戻す。庭で本を読めば、いつの間にか周りに草の絨毯が出来上がっていた。木々に水を注げば、健やかに成長すること間違い無し。
そんな私を、村の人々は驚き、この国の神殿の司祭長を呼び、見てもらった結果、『間違いなく、彼女は聖女です。エリスミーラ神の加護を受けています』とか言って、当時身寄りのない私を強引に神殿まで拉致――ゲフンゲフン、保護してくれた。
そのせいで私は食うのに困らず、十分な教育も受けられて、衣食住すべて満たされている……が。お察しの通り、彼らも慈善でやっているわけではなく、より自分の勢力を広げるために、将来有望な人材を子供の頃から確保し、自身の利益になるように育てている。
えぇ、まあ。育ててもらった手前、恩を微塵も感じてないと言えば嘘になるが、それは彼らの本当の顔を知らなければの話。
彼らは敵対神の加護を受けた人を見つけてはすぐ罪状をでっち上げ、嬉々として処刑する輩ですから。
つまり私は今まさに、まな板の上にいる可憐な豚、殺される三秒前。
と、それはバレればの話。
あろうことか、この神殿が信仰する神様は、私の加護のバルティア神様と大変仲がよろしく、なんと生まれたときから今までずっと殺し合い……ゲフンゲフン、喧嘩をしている。
この驚愕の事実を知ったとき、呆れて言葉も出なかった。
では、なぜ敵対神の加護をもらっている私が、聖女と誤解されているのかと言うと、実はこの二柱の神様、本当は仲いいのでは? と疑うくらい、加護の力似ているんです。
似ているなら神殿側の人、気づくでしょう! と思うあなた、ここをどこだと思っている? 神殿ですよ? 敵対の神様の力なんて、邪悪なる神だとか言って、その詳細を記す書物なんてまったくないのよ。
人をでっち上げの罪で裁き、頭でっかちなんですよここの人。
刺激的な本が読みたくて、外に巡礼に出ている途中こっそり買ったのが幸いして、自身の加護の正体について知ることができた。刺激過ぎたのが玉に瑕ね。
逆に僥倖とも言えよう。
まあ、何ということでしょう、長かった禁欲生活も終りを迎え、私はあと3日で研修聖女生活から卒業し、監獄を離れて晴れて一人前の聖女として、現場に派遣されることになっているんですよ奥さん。
それはとても喜ばしいことですが、実戦投入されることはつまり、いつボロが出てもおかしくない状況だとも言える。
疑いを持たれたら最後、有罪に決定即処刑。
そんな結末は避けなければならない、私まだこの歳で死にたくはない。
故に避けるべく、私が所要時間一晩使って考えた末に思いついた計画は――。
「……ん? リヴィエの予定赴任地、おかしくありませんか。確か元は王都と記憶しておりますが」
数日後。私の赴任当日に、神殿のとある一室にて、三十代の男性司祭が報告書を見て首を傾げた。
「ああ、本人の強い希望により、急遽北の国境近くに変更したんだ」
それを答えたのは、本棚を整理している男性司祭長。
「そうですか。それは信仰熱心なことで喜ばしく思います。あそこは本当未開の地過ぎて、誰も近寄りたくありませんでしたね」
「ですな。もっとも、あそこは未開の地であるが故に、新たな入信者も期待はできぬ」
そう、私が考えた計画は、これです。
未開の地へと赴く馬車の中で、揺られながら得意げに微笑む私。
だいたいね、王都は便利でいいんだけど、至るところに神殿の支部があり、監視の目が厳しいのよ。
それにエリスミーラ神殿ならばともかく、他の神様を信仰している神殿の者に見られたら、勘付かれる可能性だって出てくる。何しろエリスミーラ様が授けるのは癒やし全般の力であり、私が受けたバルティアの加護はどちらかと言えば植物限定の力です。
本当、神殿にいる間、力の使用が禁止されていてつくづくよかったと思うわ。
晴れて自由の身ですっかりルンルン気分の私だけれど、このとき私はまだ知らない――誰も行きたがらないから監視の目もなく、好都合と選んだ派遣先は、予想を遥かに超えている魔境だった。