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「東京都港区で60代の男性から現金を奪って逃走した容疑で・・・」
自分にとってテレビのニュースはどうしようもないことを垂れ流すノイズでしかない。関係のないこと、関心の薄い話題、芸能人のゴシップやライブのイベント情報どれもこれも私の生活にとって邪魔にしかならない。だれがどうなった、当事者でない人が関与できないことを食いつくように見る人がいることに乾いた感想を持つように私はニュースを見る。見たくもないが知らなければならないことが一つだけあるのだ。
「続いては、磁力気象予報をお伝えします。気象庁による最新の磁力観測データによると本日午前から午後3時ごろまで磁力が徐々に強まり、周囲の環境に影響を与えるレベルまで磁力を持つ方が発生すると発表しました。磁力色は赤と白が色濃く発生し、夕方以降変化があるでしょう。赤適性の高い方は周囲に注視してお出かけください。」
この時だけは軽蔑する人々と同種になったようにテレビに食いつく。周囲の環境になじむために私の生命線だ。私はこの瞬間がなければ、目隠しをしながら平均台を渡るように心細く暮らしていかなければならないだろう。人に迷惑をかけないように、周囲の目と自分の状態を神経質に、敏感に、おびえながら自分を他人以上に軽蔑してしまうだろう。ニュースの内容を確認したこんな生活が始まってもう10年目に突入した。
(今日も寒い・・今日もカイロ3枚はもっていかないと)
黒のタートルネックの上にベージュのセーターを着る。もちろん防寒対策としてヒートテックの薄いシャツを挟むのを忘れない。予報によれば、帰ってくる頃には上着はいらないかもしれないから薄いコートがいい。自分のためにやっていることが季節に合っていないとわかっているが、やらなければならない。黒のストールと手袋、ニット帽をかぶれば準備完了だ。玄関前の姿見で忘れ物がないかを確認し、厚手のブーツをはいて自宅を出る。
「行ってきます。」
女の一人暮らしなのだから返事はない。しかし、長年の習慣になっている。私の職場は自宅から歩いて15分の所にある総合病院だ。千葉県の中でも比較的大きい病院で病床数が330床ある。病院関係者は病院の出退勤を管理する目的でIDカードを配られ、東京の大きな情報管理会社が関係者の入退室管理情報を逐一報告するシステムが導入されているのだ。それくらいの規模の病院に勤められることを誇りに思っている。私は病院につくといつものようにIDカードを取り出す。
「犬咲 奈々。君津総合医療病院 磁力障害治療科所属看護師 (磁力特性赤 ランクA 反発適正)」
看護師として働きだしてから7年目、中堅看護師として外来患者や入院患者のケアを担当する。人間関係が特別悪くもなく良くもないがどうしてもこの体質のせいで周りに気を使わざるを得ない。この体質のせいで苦労する日々を送ることは多々あるが、それでも私はこの病院に自ら望んで乗り込んできたのだ。