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日々の糧2

少女は最後の仕上げにかかっていた。

練り上げた塊をはかりに載せ、ほぼ、5等分の大きさにちぎる。それをさらに伸ばし、3センチ角くらいの角材状の長さ15センチの塊に切り分ける。

切りあまりをさらに練って、同じ塊にする、この作業を繰り返し、全部で20本ほどの棒状の物を並べた。

つぎに、内側にパラフィン紙を敷きつめた木の箱にこの塊を4本ずつすっぽり収め、最後に蓋をして、紙製の粘着テープで封をした。

5個の箱をこぎれいなポピーの花模様の化粧紙で丁寧にくるむと、さきほど兄に指し示したこれより小ぶりの黒いケースをやはり余った化粧紙にくるみ、最後に大き目のボール紙のケースに全てを収め、キャンバス製の厚いベルトで括った。

やはり本来の仕事を仕上げるのは気持ちがいい。

年端やあどけなさの残る顔立ちに似合わぬそんなことを思って少しタオルで顔をぬぐっていると、鉄扉の内側の豆球のシグナルが光った。


店番のおねえさんは笑顔で迎えてくれた。

少しくたびれた感じの作業服、太目のサスペンダー姿のしかし小柄な女は、帽子を脱ぎ、会釈してから名を告げた。

店番は少し奥に行ってまた戻り、今度は店の女主人を連れてきた。

「ご連絡いただいた方?アレフ商会のほうからも電話が来てますわ。」

女主人は柔らかな声で答えた。

女は封筒を相手に差し出した。

茶色の少しくたびれた便箋が出てきた。目を走らせる。

ついで、微笑みながら、

「今、お出ししますわ。どうぞ、少しそこでお待ちくださいね。」

促された先には、丁度ショウケースや何種類ものパンや菓子、そして瓶詰めのの置かれた棚、さらに奥に、こじんまりと、数脚の円卓と椅子があった。

ここではお客が店で購ったパンや菓子をそこで賞味できるようになっているらしい。当然、お茶なども出すのだろう。

「では甘えて。」

作業服の女は少しはにかみながら一番手前の椅子に腰を下ろした。

と、少し気が緩んだか、手に持った書類ケースから、何枚かの小さな紙片がふわっと舞って床を滑った。

「あ、いけない。」

女はあわてて腰をかがめた。紙片のひとつは、ショウケースの下に滑り込む。


幸い、手を入れれば取れる場所だ。すみませんすみませんと言いながら、女は棚の下に手を入れた。

主人と店番は心配そうに上から覗き、「これ、お貸ししましょうか?」一挿しのケージを差し出した。

お礼とともに受け取り、彼女はすーっとゲージを水平に引き、紙片を手繰り寄せた。

丁度、奥の部屋から、小柄な人影が出てきて、そのまま別の入り口から厨房へと消えていく。ハンチングを片手に持ったその細い影を視界の隅におぼろげにとどめながら、彼女は立ち上がった。


厨房の中で、髭だらけの親方はさっき少女が一番奥の作業場で用意していた包みを手にしていた。

「僕が持っていこう?」

親父は振り返って

「いや、俺が持っていこう。お前はそっちのをやんな。」

顔をすっと向けた先には大鍋と中でシロップに浮かんで煮え始めた果実。

「はいはい。」「一回でいい」

親父は目はそのまま、だが、少し口をゆがめて、包みを両手で持ち上げ、店に出た。


「お待ちどう様。重いですよ?」

大丈夫ですと言うと作業服の女は包みを細腕で抱え上げ、会釈しながら店の外に出た。


トラックはさっきの位置に止まり、しかし、運転台にはもう一つの人影が見えていた。

二台の幌をかきあげると、その包みを彼女は大きめの木のケースにすっぽり収め、これまた木製のふたをし、鉄製のラッチで留めた。


助手席に戻ると運転手の男に声をかけた。

「出して。」

若い女性としては珍しいことだが、その響きは人に何かを命ずることになれた口調。

はい、と短く答えると運転手はエンジンを回した。店の前で1回切り返してから、そこから離れるトラック。

店の区画を一回りして、街道に通じる道に入ったとき、女は思わず何かを感じて見返した。しかし、そこには何もいない。



店の外に出て、土埃とともに遠ざかるトラックを見つめていたのは、おさげ髪の少女。その目には特段の色は無い。

少年が現れ、すぐわきに立ち、肩に手を軽く添える。


「あの、ときの。」

「そうよ、列車であったわ。」

「あのとき、急所を撃ってれば」

ふっと顔を背けて「その必要はなかったわ。」


「厄介じゃないかい?これからいろいろと。」

「あら、むしろ好都合よ。」


少女はそのまま、入り口に向かう。

「次は本命だわ。急ぎましょう。」

「ああ、あれこそ、待望の一品だからね。」




「妙な具合ですな。」髭の職人はつぶやいた。

「びっくりだわ、あなたがそんなこと言うなんて。」

女主人は柔らかな笑みをそのまま絶やさずに少しからかい口調で答えた。

10代の頃からよんどころない理由でこの武器商売と言う道に踏み出して、幾星霜、すでに年齢と女性と言うギャップを乗り越えてこの商売では知らぬものとて無いところまでたどり着いていた。

職人も最初は彼女にてほどき、やがて、その下につくようになって長い。それを潔しとさせるだけの実績と何かが彼女にはある。


「王国軍の出先がこの帝國で必要なものを調達。それはわかります。しかし、特注の『商品』をカスタムメイド。しかも、この帝國領内で使用するかもしれない。不味くないですか?」

「帝國軍と治安省にはすでに手を打ってあるわ。むしろ、このまま泳がせ、ますます信頼させろ、という指示が来ているの。もちろん私は面白く無いわ。」

職人の灰色の目をじっと見上げた。

「彼らはだまって応じろと言った。今日のことも含めて、取引についてはすでに軍は把握しているはず。何もこちらはつむじを曲げる必要も無い。」

ふと肩をすくめた。

「それに、忘れたの?私たちにとってのまず信用すべきは」

「払ってくれる相手。神への祈りはその後で。」

二人は静かに、しかし声をだして少し、笑った。


「そう、あの子達もそれは同じね。」


田舎道を揺られながら、作業服の女はため息をついた。ただでさえ、疫病神のように帝都駐在の王国軍武官には扱われているのだ。いわゆる諜報活動について、こそ泥か何かの類のように考えている彼は、御難続きで近衛師団の新任士官から急降下、ついにこの隣国でスパイごっこをしに来たと思しき女性将校を押し付けられたのを怒りの対象にこそすれども、けしてその困難な任務に理解を示したことなど無い。

だから、こんな闇商人じみたことをしているなどとは報告はできなかった。

幸い、本国の情報部からは担当作戦の詳細については直に本国の情報部長に報告、武官室には一言も入れる要なしと指示されていた。

だがしかし、これがますます武官の敵愾心をあおったのもまた事実である。


いやなことを振り払おうと、またべつのことを考えた。さきほどの気配。たしか子供のような影も見たように思える。

多少、子供に対して神経過敏か。

なにせ、彼女は最初の身辺警護、そして国境警備隊において巻き込まれた事件でも、子供、に酷い目に合わされた。

今でも、あの照明弾のきらめきの中、叢で向けられた死んだ目のような銃口、負けずにうつろな目つきのハンチングの少年、そして、その銃を小柄ながら手馴れて保持した少女を忘れることなど出来るわけは無い。


帝都に届いた荷物は、武官がギャーギャー言うのを尻目に彼女によって外交行李扱いになって、その週のうちには、王国首都に届けられた。

それはそれから、郊外にあるさる研究施設に送られ、中の小分けの塊と信管に分類され、都合何週間かにわたる試験に使われた。

実験によりすべての試験データが出揃った段階で、その研究員たちは、今回のサンプルが充分なスペックをもつものと結論付けた。

早急に王国軍情報部は帝都駐在の情報アタッシェに指示、彼女にまたもや任務を発令することになるのであった。



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